隠し味、少々。

ようこそ。 このブログは 自然栽培での家庭菜園で育てた野菜で作る家庭料理や、暮らしの中にひっそり佇む美に触れたあれこれを元エステティシャンが綴っているブログです。           bizen.jpg          ☆インスタグラム☆⇒⇒⇒@michi.elegancestyle ☆HP☆⇒⇒⇒bizenjapan.com[既存客様専用通販サイト]

2019年04月21日

主婦の家庭料理で豪華さを演じてみる。

先日、新居への引っ越し後
初めてゲストを招きました。

これぞ、ホームパーティ。

引っ越し前まで住んでいた家では
ゲストを招けず、夫婦になって初めて愛の巣にゲストをお呼びするようで
なんだか、むず痒いような。

なんて、実は、収納スペースが未だにない必要最低限の電化製品だけで
殺風景な部屋でございまして。汗。

そんなすーすー風が通り抜けるリビングで
贅沢な’すき焼き’を披露しました。

割り下: 醤油、てんさい糖、酒、お出しを水筒に入れてシャカシャカ。
具材: 白菜、葱、こんにゃく、豆腐、キノコ類、牛肉+豚肉。

’すき焼き’なんて、豪華でしょう。
ホームパーティにはもってこい。

がしかし、上記の材料で4人で1500円かかったか、かからないか。

贅沢感を前面に押し出して
見栄を張ってみようかと過ったのですが
引っ越し費用でコストがかさみ、見栄を張っている場合じゃなかったという現実。

が。
まさか、まさかの予想していなかったサプライズが訪れたのでした。

7-1.jpg

なんたる美しいマグロさん。

誠にありがたいことに
お友達のお父さんから頂いてしまいました。涙。

梱包された現場に私も居あわせていたのですが
日本刀で見事にさばいておられました。

冒頭のホムパでは
このマグロさんのおかげで、豪華な食卓となったのは
まんざら嘘ではありませんが、正しく表現するならば、棚から牡丹餅。

皆の口は終始、脱帽。

いやはや、
何と御礼を申し上げていいのやら。

ということで、
見栄をも張れない
我が家新居の解禁ホームパーティーでございました。




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posted by Michi at 12:58| Comment(0) | 主婦の無添加家庭料理

【告知:2019年4月21日】隠れ家プライベートサロン再開に向けて準備に入ります。

※2019年5月24日、追記しています。

日頃より、ビゼンのエステティックや
コスメの通信販売をご利用下さっている皆様、
誠に有難うございます。

私が心の中でかねてより計画していた
ビゼン隠れ家プライベートサロン再開に向けて
準備に入りましたので、その告知です。

告知の前に・・・
営業エリアのご案内と
再開日のお知らせだけするのが従来です。

そもそも当店は、
フェイシャルやブライダルエステのエステティック業であり、
肌に直接触れる接客業です。

「どんなエステティシャンが私を綺麗にしてくれるの?」

美容師業と同じ業種で
’人(技術者)’に何かしらの魅力を感じ、
予約を入れます。

ですから、ビゼンとしてのお店以前に、
私が’人’として、なぜ再開をしようかに至った背景をお伝えするのが
大切なことだと感じました。

今後、隠れ家プライベートサロンで営業を再開してから
担当させて頂くであろう皆様への感謝の気持ちを込めて
少し長くなりますが、以下ご紹介します。

さて、当店ビゼンは創業以来、
技術者でもありながらエステティシャンを務めております私美知ですが、
昨年春の結婚を機に
沖縄那覇市で営業をしていた隠れ家プライベートサロンを締め、
5月より創業地でもあり、故郷でもある
嫁ぎ先の愛知県三河地区で

活動場所ががらり変わりまして
地元だけでなく、
南は沖縄からも引き続きご予約のお問合せを頂いておりました。

三河地区でのご予約は出張エステとしてお受けしていますが
沖縄の場合、いざ出張費を頂いての料金を説明しますと
現実には渡航出張には至りませんでした。

そもそも移転したのはこちら都合なので
私が採算ある集客を渡航先でもして、
金銭的にリスクを抑えながら
お受けできたのかもしれません。

私が独身時代で
自営業としてエステサロンを営業していた時、
まさに同じ状況で渡航出張エステを実施していた時があります。

当たり前ですが、
リスクを背負っていました。

それでも、
予約がある限りは精一杯対応したい、という思いで営業していましたが
リスクある限り、継続しません。

出張費など一切気にしない高い料金設定をせず、
あくまで良識のある健全なサービスで営業したいですし
そもそも今の私は、家族がいるため
当時のようなリスクを背負ってまでも単独営業は厳しく、
結果的に力不足となりました。

また、私自身妊活中でもあるので
この先、技術者として健全に続けられるか
方向性を模索することになりました。

どんな環境でもやりぬくんだ!
私の好きな仕事だからがんばる!
と私がどれだけ心に誓おうとやはりお仕事ですから、

’人(予約)’
’空間’
’経営(収支)’

このバランスは
エステサロンとして
お店以前に、いち仕事として
冷静にならなければいけません。

’人(予約)’ですが第一に、
メラメラ燃える野心があろうと、
宣伝広告を駆使しようと、
予約がなければそもそも営業は成り立ちません。

たとえば、
某老舗ブランドで養った技術やキャリアでもって
高価な石を仕入れて、ジュエリーを製作しても
お金を出してあなたのジュエリーが買いたいの!
というお客さんがいなければ、
自営業だった場合、お仕事とは言えないのと同様です。

また、予算の事情など
エステサービスを提供する’空間’が整えられないのなら、
出張やシェアサロンを利用するなどしなければなりませんし
やはり、賃貸成り、お店独自の空間があることは
一つの信用になります。

また、
’経営(収支)’を考えられなければ、
仕入れもできませんし、
環境も整えられず、
そもそも営業が行き詰まります。

そういったことを念頭に
先月、個人的に引っ越しをした環境がプラスに加わったことで

’人(予約)’
’空間’
’経営(収支)’

どれかが飛びぬけて優れているわけでもなく、
かといって欠け過ぎているわけでもなく、
エステティシャンとして、
エステサロンとして、
健全に無理のなく続けられる、という条件が整ったことに気づき、
隠れ家プライベートサロンを再開するに至りました。


空間作りには、
特に工事はしませんが
室内美化をしたいので
再開の準備にしばらく取りかかかります。

ということで、長くなりましたが
今のところ告知できる内容のみ、
以下詳細をご案内します。

隠れ家プライベートサロン再開日: 準備出来次第
サロン場所: 愛知県岡崎市井田西町
最寄り駅: 愛知環状線 北岡崎駅から徒歩10分
無料駐車場: 1台

住居賃貸内の1室を
エステサロンをします。

場所は町名までの公開となり、
詳細はご予約が完了した方へのみお知らせします。

お車でお越し頂けるよう
無料駐車場を1台ご用意しました。

電車を利用される場合でも
最寄り駅から徒歩圏内でお越し頂ける場所にあります。

重ねまして、
私自身が妊活中のため
「突然ですが半年後に産休のため営業をお休みします。」
ということもあるためそれでも、
「ブライダルエステ数カ月プランのご希望したい!」
と頂いた場合は、
お受けできるかできないかその都度、相談しながら
対応させて頂けたらと思っています。

隠れ家プライベートサロンとして
再開日が確定しましたら、再度
告知させて頂きます。

予めご了承下さいませ。

8-2.jpg

さいごに
つらつら綴りましたが、それでも
「ビゼンに予約したい。」とお声を頂けるまでは
数より質、を大切にしながら
足りないところは自分なりに補いつつ、
穏やかながらでも続けられればと思っています。

しかし、
私がどれだけ野心を抱こうが、
営業環境を整えようが、
健康上の問題、
家庭の事情が絡んでしまったら
エステティシャンとして続けたくても、続けられません。

その時は、遅かれ早かれ
いつか必ず来ます。

私がエステティシャンとして引退しても
エステサロンとしてビゼンは継続できるのか、
それともお店としても閉店するのか、
今はまだ分かりませんが、
私ができることは、目の前の事を丁寧にこなすことだけですので
日々の積み重ねを大切に務めたいと思っています。

いろいろありますが、このような環境が整っていることは
陰ながら支えてくれている主人や家族、
引き続きご利用頂く方や友人、
またこれまで私のキャリア形成に携わって下さった人や環境以外の
何者でもありません。

この場を借りて、御礼を申し上げます。
いつも、ありがとうございます。



※2019年5月24日、追記しています。






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posted by Michi at 09:21| Comment(0) | 告知・自己紹介

2019年04月20日

リフレッシュは大切です。

季節の変わり目から、でしょうか。

家でも出来ますが
スタミナをつける外食をしたい!となりまして
主人に近所の焼肉店へ連れていってもらいました。

18時過ぎれば平日だろうとほぼ席が埋まってしまうほど
地元の人であれば知らない人はいないのでは?
と思うような人気店でして、
早々17時に入店でございます。笑。

さあ食べるぞ〜。

牛ロースや牛ハラミが人気の美味メニューなのですが
個人的にはこちらの牛の心臓が好きです。

内臓臭さがまったくなく、
程よい固さと
肉とは言いがたい、何とも言えない動物性特有の旨みがGOOD!

レバーの変わりだわ、と鉄分の栄養を摂取するつもりで
しっかり味わいました。

ちなみに、私は牛肉系を食べ過ぎると
吹出物がお顔に出来てしまう残念な体質なので
私にとって焼肉と言えば、豚でございます。

豚ロースをたっぷり頼みました。
しかも牛ロースの半値。安上り。

ここのお店は、焼肉タレの定番お醤油でなはく
甘いお味噌タレが豚ちゃんにかかってございます。

三河ですね〜

ご飯がすすむ君です。笑。
7-2.jpg

7-1.jpg
自宅の冷蔵庫に
フレッシュな果実や漬物、野菜があったので
この時は、ひたすらお肉だけを食べ続けました。

地元の方ならお皿を見て、どこのお店かお分かりですね〜
三八さんでございます。

美味しい物を頂いて居る時って
本当に幸せに満ちあふれませんか。

お腹も満たされ、
毎日家事をする良いリフレッシュにもなり、
とても幸せな時間でした。

ご馳走様でした。







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posted by Michi at 10:15| Comment(0) | 穴場なグルメ店

2019年04月18日

縁の下の鍛え方。

冷える身体をほっこり温めてくれた暖房器具、
かたす時期ですね。

私は、寒さをしのぐには
エアコンの暖房より、断然灯油ストーブ派。

定期的に灯油を購入するのは手間で
小さい子どもが居たら管理はより大変になりますが
ストーブで燃焼される灯油の臭いは
火の温かさだけではない、
幼い頃に感じた家族団らんの温もりを
思い出させてくれます。

それだけでなく、
ストーブの上にやかんを乗せたり、
アルミホイルを巻いて焼き芋を作ったり、
煮込み料理のお鍋を乗せたり、何かと合理的。

そうそう、
私が育った三河地区の冬特有の郷土料理に
’モツ煮’があります。

赤味噌にたっぷりの砂糖と少々の酒で
下ごしらえをしたモツ、こんにゃく、大根、ゆで卵を入れて
くつくつ煮込むわけですが
何日も煮込むと、具材が黒いような真っ茶になり、
甘いお味噌の味と、モツの旨みが
いい塩梅になり、しっかりと染み込んで
お酒のつまみや、ご飯のおかずになります。

それをストーブの上に乗せれば、常時1品
維持できるわけですな。

母がしていた習慣を幼いながら記憶していて、
大人になった私が、
ストーブ活用法をちゃんと継承しています。笑。

この冬も大活躍だったストーブ内の燃料をすべて使って、
汚れをしっかり落とし、
電池を外し、包装まで、をしました。

あとは収納をして
次の冬の出番を待ちます。

7-2.jpg

季節ごとに当たり前にしていた親の習慣が
地味な生活の積み重ねが基盤で家庭は築かれていくんだなあ
と自分の事ながら実感していますが
そんな親はつい最近
一時ですが生活が荒れてしまいました。

私が沖縄へ引っ越した1年半後、
今から4年前の事。

母の体調が不良になり
元々痩せ形だった身体が
骨と皮ほどに痩せ細りました。

米一升すら持ち上げることが出来ず
家事の一切をしなくなりました。

一緒に住んでいる父が協力して
なんとか生活をしていましたが
父がもっとも嫌な掃除や片づけだけは
なぜかしませんでした。

当然の如く、父の食生活も一時乱れていて
家の中は荒れて
「あなたのせいで家が汚い。」と
父は母を責めてばかり。

その頃私は沖縄で独身生活を送っていたので
父は「実家に戻ってきてほしい。」と私に言いました。

「上手くいかないからって子を巻き込むのは間違い。
親は親の人生、子は子の人生だし、
自分が好きで夫婦になったんだから、
責めてばかりじゃなくて
嫌な事でも協力し合わないとダメだよ。」

と、父だけでなく、
横になっている母にも言い続け、
正直辛かったですが突っぱねました。

2年くらいかかりましたが
母の体調が良くなり、
家事も行い、今ではすっかり家庭らしく戻りました。

もし、あの時
親がしたくない事を私が変わりにやってしまったら・・・

泣いて、日に日に弱り、枯れ果てていく親を
可哀想だと同情し、
私が肩を持てば、私も、父も、母も、弟も
一時は穏やかになったのかもしれません。

もっともらしい正論ばかり並べる父を認めてしまったら
益々わがままになっていくだけですし、
何か問題が起こるたび、
子を頼りにし、それを繰り返す堂々巡り。

辛い気持ちから逃げまどい、
生活改善する努力を怠り、
夫婦で乗り越えるべきチャンスを
私が奪ってしまうことになっていたでしょう。

甘えを甘えである、と厳しく正し、姿勢を示せないようでは
加担している側も、甘えを認めた甘えの塊だと
子どもの頃、親が私に学ばせてくれた教えが
大人になった今、こうして私の中でしっかり活きています。

家庭の基盤を築く縁の下の力持ちは
家事を担当する人(母)だと
暖房機器の片づけをしながら
自分の事ながら思い出しました。

なんだかんだあっても
温かい家庭がいいな。






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posted by Michi at 09:39| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月17日

生活空間に美意識を養う。

お部屋のシュミレーションができるアプリを
CMで見かけました。

上手くできてるなあと
見入ってしまうのですが
模様替えのシュミレーションにもってこいですね!

日々生活をするお部屋は、
自分の身体を休め、
心を穏やかに保ってくれる人生空間です。

例のアプリを活かさなくても
プロのデザイナーに依頼したような
バランスの取れたインテリア空間にもし出来ても
必要な物、不要な物で溢れて
掃除を手抜きして汚れたお部屋で
毎日、毎日生活を積み重ねていきますと
不思議なもので
考え方も、人間性までも
乱れがちになっていきます。

そうなると人生までも影響をもたらす。

収納すべきものは整理整頓して
できる範囲で掃除をして、
100%理想通り、までいかなくとも
心地良いと素直に感じるインテリア空間で
日々生活を積み重ねていく。

美ばかりを求めすぎるのがいい訳はなくて
毎日を丁寧に生きる、ということが
大切なのかなあと思っています。

生活空間が与える人生の影響力について。

お部屋だけでなく
自分の外見すら気をつかうことに
まったく興味を抱かなかった、むしろ避けてきた人が
段ボールを早く片付けて、とか、
靴をそろそろ買い替えたい、
ジャケットが欲しい、など口にするようになり、
仕事に対する傾向も変化している
リアルな主人を横目に
生活空間が人に与える影響力の偉大さを
まさに今、実感しています。
(スピリチュアルではなくて。)

私自身は、
2015年夏までの5年間
東京都内の表参道で住んできて体感済ですが
美意識に限らず、意識というものは
五感で得る情報次第で
生き方、人生に
天と地との差が出来ます。

せっかく一度きりの人生ですから
心穏やかに、美意識を響かせながら
私なら生活を積み重ねていきたいな。

ということで私の理想は
生活観が出てしまう物は
目に触れない扉の中に常に収納して
植物や花を活けながら
シックなモダンな雰囲気。

そこへちょっとでも近づけるように
コツコツと整えています。

ただ、美ばかり求めすぎると
そもそも実用性が伴わず生活しにくくなるので
それには、収納スペースが物言います。

限られたスペース、
限られた時間や予算内で
既製品棚のサイズが合えば購入して、
お部屋のサイズに合わなければ
自作しないと、物を入れるスペースがない!

仮に収納スペースを確保できたとしても
次は、いかに賢く多くの物たちを収納できるか。

叔母から譲り受けた器たちですが
収納スペースを確保しないと
量が量だけにすべてが収まらない。

100均やホームセンターで売られている仕切や
収納ボックスを活かしながら
なんとかすべての器を
収納することが出来ました。

先月の引っ越し移動から
キッチンに限らず、収納スペースが足りないばかりに
段ボールに入ったままの書類やら雑貨やら
今だ手をつけられず床にそのまま置いている物たちも残っているので、
まだまだ終わりません。

ちょこっとへこんでいる壁の空間を活かし
2×4木材を買って
天井と床で突っ張って棚を設置しようか、とか
頭の中でシュミレーション。

せめて当月中には
収納スペースまでは完成させたいなあと
先日、来年引っ越しを予定している
ランチしたお友達と
引っ越し話で盛り上がったばかり。

7-3.jpg

7-2.jpg
ローストビーフにアボガド添え丼ランチ、
大変美味しかった〜

このブログにもたびたび登場してくれている
お友達ですが、私では比にならない
我慢して、我慢して、
やれることをとことんやり尽くした長い道のりを経ての
引っ越しを決意した彼女。

「自分でやれることはやり尽くした。」と
納得できる域へ辿りつけて
本当に良かったと思いました。

人生の大きな変化であり、
大きな前進だと
私は耳を傾けて聞いていました。

決意の後は、引っ越し先を決めることです。

希望物件の条件を定め
ひたすら物件探し。これがけっこう大変ですが
コツがあります。

インターネット上で
数々の物件に目を通して
気になった物件は、とにかく足を運び
内見へ行く。

アポイントを取って
実際に現場へ行ってと
時間もかかるしいろんな物件を見るって手間ですが
案外楽しいものです。

やがて内見慣れしていき、
自分なりの物件基準が出来ると
インターネット上の画像を見ただけで
ある程度の部屋の雰囲気がイメージ出来るようになり、
実際に内見した物件と、雰囲気がほぼほぼイコールになっていきます。

自分が気にいる物件なのかそうでないのか、
一瞬で取捨できるので
インターネット上の物件探しが楽、
それだけでもスムーズなります。

それが物件探しの
予備知識のようなコツで
時間をかけていいところなのかも
しれません。

自分のことだけで大変のなのに
わざわざ気を遣い
お菓子の差し入れしてくれて↓
いつもありがとうね!

7-1.jpg

引っ越し前に
避けられない課題は待っているけれど
逃げず、冷静に向き合えば、必ず穏やかな生活が待っています。

私自身も、その渦中だったからこそ
声を張り上げて
「先は明るいはずよ。とにかく頑張って!」と
心の中で、静かに応援しました。笑。

さあ、私は収納スペースを
DIYして設置しなければ。







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posted by Michi at 09:34| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月16日

一旦手に入れたら大切にしたい。

肌寒い冷えの気候は徐々に和らぎ
過ごしやすくなってきた三河地区。

私が熱がりのせいか
今日は半袖で過ごしました。

さすがにまだ早かったか
若干の肌寒さを感じつつ
心地良さすらあって
夏が駆け足でこちらに向かってくるよう。

さて、叔母が自宅の整理整頓を始めていて
破棄しようとしていた皿たちを一部
私が譲り受けることになりました。

聞き覚えのあるメーカー物から、
名もなき無名な私好みのデザイン物まで。

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7-7.jpg

同じような器が沢山あっても
すべては使い回せないので
使うものは収納スペースへ、
使わないであろう物はリサイクル店行きへ
と振り分けてから、洗いました。

これからは我が家の一員です。

本来であれば
お皿はお金を支払い購入するもの。

本当に助かります。

そういえば、去年の今頃私は
那覇から岡崎へ引っ越しに向け
準備に追われていました。

那覇での生活で
コツコツと収集してきたカップやソーサーも含め
結構量のお皿を持っていました。

破棄しようかリサイクル店へ持参しようか
悩んでいたところ偶然にも、
セラピストとして
独立しようとするセラピストのお友達がいて
施術グッズと共に、それら沢山のお皿を譲りました。

あの時、ごっそりと
かなりのお皿たちを手放したので
主人と結婚してから
必要最低限のお皿しかない状態で生活を始めたので
ちょっとばかり不自由さを感じていました。

あの時お友達に譲った物が
別の姿を変えて、叔母が譲ってくれたかと思うと
懐かしさだけでなく、感慨深いものがありました。

沢山のお皿ありがとうございました。
大切に使わせてもらいます〜

「人参頂いたからもってってね」と
人参もくれました。

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欲しいと思いお金を積んで購入した物でも
捨ててしまえば二束三文、ゴミになってしまうけれど
誰かに譲れば、再び生活の一部になることを思うと
ちょっと手間でも一度はリサイクル店へ持参してみるのもいいのでしょう。

だからこそ、手に入れる前に
使うか、使わないか、取捨しつつ
一旦手に入れてからは、大切に使っていきたい。

お皿を洗いながら
新しい生活が始まったと思うと
にんわり。





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posted by Michi at 22:42| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月12日

親しい仲だからこそ大切にしたい事。



昨夜主人が無事に台湾から帰国帰宅しました。

私が空港を利用する場合、中部国際空港が最寄りです。

空港まで伊勢湾岸道を利用すると
1時間かからずエアポートへ到着できるという
なんとも便利。(渋滞なければ)

ありがたいことに主人は空港まで
旅でご一緒したお友達が送迎してくれたのですが
帰国時、ほぼ予定通りに帰宅したのでびっくりしてしまいました。

そもそもスムーズに移動出来たのもお友達のおかげでして。

さすがビジネスマンといいますが
空港の駐車場を契約しておられます。

その駐車場は立体ではなく、従業員入り口側の駐車場なので
空港内のインフォメーション側に近い出入りのため
なんと、到着ゲートから駐車場まで近い。

もし、空港の利用が繁忙期に重なれば
帰宅するに2時間以上、差が生まれてもおかしくないほどの便利さ。

去年の夏、北海道旅行へ行った時にも
そのお友達にお世話になったのですが
本当にありがたい。

足早に帰宅した主人が
お土産を披露してくれました。

7-3.jpg

一昨年、台湾へ行ったお友達から
台湾土産を頂きまして、
台湾に限らず私は中国茶がかなり好きなので
お茶もリクエストしただけでなく、
食べ物だけにしてね、とねだっていたら、その通りにしてくれました。

あと、一瞬ガム?に見えるような
小さな箱は、男性が飲用する漢方です。

「あなたは未だ10年は必要ないわね。」と
ネタになりましたが一粒〇円!!

こんな小さな箱に10粒入り。
なので〇〇円でございます。

主人不在の
あっという間の2泊3日でしたが
夫婦となり
いつも当たり前にそばにいた主人が居ない空間。

一人(プライベート)の空間を持つことは
独身時代は当たり前でも
結婚すると贅沢な時間に変わります。

時には別行動。

結婚生活、もうすぐ満一年の私たち新米夫婦ですが
私にとって一年ぶりに独身生活に戻ったような感覚にもなり
良い3日間を過ごせました。

7-4.jpg

さいきん、そのお友達の自社ビル建設が完成し、
移転が無事完了したようなので
お祝い品を準備させて頂きました。

親しい仲すぎて照れてしまい、プラス
どことなく見え隠れするライバル心が私にも理解できるからこそ
主人に変わり、とは些か大げさですが
日頃の感謝の気持ちを
ささやかながらでも伝えられたらなあと思い
包装しました。

良い意味で刺激し合い、
ライバルは自分自身であることを
私にも気づかせてくれます。









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posted by Michi at 12:57| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月10日

チューリップも開花。

今日は寒かった〜
一日の三河地区でしたが
今、まさに桜満開です。

今日は実家へ行ったのですがその帰り道、
しんしんと降る雨の中
散った花びらが桜道になっていて
美しさのあまりつい車を停めて撮影したほど
雨のせいで人っ子一人おらず
その静寂な美しい光景にしばし、私の時は止まりました。

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7-4.jpg

昼間なのに雨で一日暗かったにも関わらず
満開の桜の下は不思議と明るいんですよね。


7-5.jpg

さて、桜中継はここまでで
私事ですが
先日から主人が台湾へ行ってしまい
明日まで不在にしています。

なので、留守番の私は
ためている洗濯物や
引っ越しの整理整頓など
家事に集中できています。

洗濯物と言えば
我が家の場合、主人が現場で作業することが多く
特に袖辺り、前身ごろ、膝部分は
埃や油で汚れがひどくなります。

汗もかきますので襟ぐりも。

なので、
汚れ物をすぐに洗濯機に回すのではなく
専用のたわしで予めごしごしと
手洗いしてから回すようにしています。

頑固な汚れは
どんな強力な洗剤を使用しようと
お湯を使用しようと
どれだけ優れた洗濯機機能を活用しようと
簡単には取れてくれません。

部分手洗いをしていますと
汚れで真っ黒になった水がたまります。

ふと、いつも当たり前にそばに居る人が
今居ないと我に返り
「毎日、生活のために頑張ってくれている」と
労いの気持ちがいつも以上に沸き起りました。

当たり前な毎日が
当たり前に過ごせる保障はどこにもない、という在り方を
改めて大切だと思いました。

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今、我が家のリビングには
桜に負けじと
実家の畑で蕾だったチューリップが
力強く開花中。

’水切り’がうまくいったのか、
翌日にすぐ開花しただけでなく
にょきにょきと成長している!

7-2.jpg

※水切りとは、
植物は枝を切った瞬間、断面に膜をはり、そこから水分の吸収を妨げるので
敢えて水に浸けながら枝をはさみで切ること。

「どこまで成長するんだ〜?」
と、今日はたわいのない日常ブログで
締めたいと思います。





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posted by Michi at 20:40| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月06日

運が良かった大渋滞。

数日前ぐっと冷え込んだ気候が嘘のように
暑いくらいの岡崎市。

先日、三重県の長島アウトレットパークへ
主人とお買い物へ行く道中のお話です。

午前中に家を出発しまして
高速道路伊勢湾岸道を利用しました。

岡崎ICを通過する掲示板に
「豊明から東海市間、車両事故のため通行止め」とありました。

主人は走り慣れている道路なのか
そのまま高速へ。

刈谷を通過した頃、
右車線1線を除いた2車線は
車両がすでに停止していた長蛇の大渋滞。

かろうじて右車線が流れていたのですが
豊明IC付近に近づきそうな手前から
右車線1線もいよいよ停止。

豊明ICから降りて下さい、という指示が見えました
私たちもその列に並びました。

トラック3台が前進すれば
私たちも下車する車線へ入るほんの手前での事。

「11:20に通行止め解除。警察車両について50キロ制限で通行出来ます。」
と、警備していた警察が伝え周ってきました。

7-1.jpg
警察の指示に従い、
走行車線に車線変更しようとする瞬間画像です。

目的を断念しようかと諦めかけた
まさに直前の通行止め解除だったため
奇跡のよう!

車両7台による玉突き事故が原因で
早朝から5時間以上通行止めが続いていたようです。

もし突然目の前で予期せぬ事態が起こったら・・・

自分なら機転を利かせて
とっさの判断で冷静に対応できるか?

簡単なようで
とても難しい。

だからといって
いつも緊張ばかりでいては疲労困憊してしまいますが
何に意識を向け、
何に気を付けて、常日頃から行動しているか
すべてがその瞬間に現れるものだと
渋滞の列を並びながら、
慣れた運転をする主人の隣で
ぼんやり眺めていました。

私はプライベート日のため幸いだったのですが
たとえどんなに気をつけて走行していても
不慮の事故に巻き込まれる恐れもあるわけで
このようなリアルな状況に初めて遭遇して不謹慎ですが、
渋滞や渋滞解除に関わる対応がどんなもなのか直視しましたし
渋滞解除の対応を目の当たりにして
その貴重な経験をブログに残しました。

事故を起こさないよう、
事故に巻き込まれないよう、
安全運転には心がけたいものです。

まったく余談ですが
20190405春休み.jpg
「言うは易く行うは難し。」と言わんばかりに
白ネギの千切りに苦戦する私に
「手伝ってあげよう。」とめったに
包丁を握らない主人が
豚鍋に使う白ネギの千切り中。

私にとっては、
ラッキーな出来事でした。

運の良し悪しは、日頃の行いの積み重ね。







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posted by Michi at 23:08| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月04日

論より証拠の40代妊活より。

久しぶりの妊活ブログを
書いてみようかと思います。

その前に。

最近、とある番組にはまっていまして。

その番組は毎日放送で毎週木曜日に放映されている
プレパト!!

俳句の才能を競い合う番組です。

たった5、7、5の十七音短歌で
作り手の気持ちや遊び心、そして配慮、
またその作品に読み手がどこまでも想像を膨らませて
その物語を楽しんでいくという
言葉の造形に美しさを感じています。

歴史的な作品は
私の場合、学が低くて読めませんが
柔らかい現代版のような
番組で作られる俳句と
それに順位をつけながら添削する先生の説明文が加わって
今、毎週夢中になって見入っています。

中でも
「句を作る際、
どれだけ俳句の基礎や定型があっても
作品の素晴らしさは実体験に勝ることはない。」のような
先生の解説があったかと思いますが
実体験だからこそリアリティが出て、それによって
作品のオリジナルさが醸し出され
知識や想像だけでは
雑さが出てしまい説得力に欠けてしまう
というようなところが私には心に残りました。

妊活にも同じことが言えるなあと思い
今日のブログです。

私には、血液検査の中で
引っかかってしまった項目を治療するために
具体的な症状はあえて端折りますが
婦人科プラス3月から内科通いを始めています。

本格的な治療というレベルではないのは幸いなのですが
念のために3カ月に渡って、数値の傾向をみて
結果次第では病名が付き、
薬を服用するなど本格的な治療にかかる、
という内容です。

先日、2回目の血液検査を受けましたが
1回目の検査は2月だったので
次の検査までの間に
生活で気をつけるべき点は何か、
担当の先生に相談をしました。

そこで指摘されたのが
・よう素を多く含んだ食材はなるべく避ける。
・ストレスなく穏やかな日々を過ごすよう務める。
・たばこは極力避ける。
でした。

まず、よう素を多く含む食材である昆布や海藻類プラス
個人的な改善として
間食やインスタント食品、菓子パンも極力控え、
多めの野菜を摂るようにしました。

次に、ストレスなく穏やかな日々。

これは、さいきん更新した記事にもありますように
さいきん夫婦だけで引っ越しをしたため
新しい環境での生活が始まりました。

なので、今はとても穏やかな毎日が過ごせています。

その下の、たばこですが
私はたばこを吸いません。

でも主人がヘビースモーカーで
引っ越す前は主人の実家に住んでいたので
家の中どこでも、たばこを吸っていたので
当然私もかなりの量の煙を吸い込んでいました。

ところが、先月から今の賃貸に引っ越しまして
ベランダか換気扇の下以外で
たばこを吸うことはなくなり
私の煙を吸う量が激減しました。

何が結果につながったのか、正直分かりませんが
指摘を受けていた数値が、基準値に近づき、良くなっていました。

先生曰く、
「その数値が前回同様変わらなければ
薬の服用を始めてもらう予定でした。」とのことで
本当に安堵した〜〜

前述の俳句ではないですが
元々は赤の他人がある日から同じ屋根の下で生活するわけなので
生活スタイルが違って当然。

ただ、あまりに違い過ぎると
静かに支障をきたしていくこともある。

これって、夫婦以前に
他人と生活する上で
難しい課題だと思っています。

たとえば、
今まで朝風呂派だったのがパートナーが夜風呂派で
ガス代や水道代を節約するために
どちらに合わせたほうがいいがどうするか、とか。

お肉が嫌いで魚ばかりを食べていたけれど
パートナーが肉が大好きで魚が嫌いだった場合、
どう対応するか、とか。

お休みの日は、どこ外出したい。
でもパートナーは、家から出ずに休みは絶対に家の中でゆっくり過ごしたい、となったら
どうするか、とか。

カーテンの色の好み一つとっても、
お互いの好みが全く違ったら、どちらに合わせる、とか。

ほんと、くだらないような些細なことで
お互い好きなように自由にすれば良いだけの話ですが
一緒に生活していると
同じ空間を共有するので
そうともいかないことがあるのですねw。

原因がこれだ!と明確になれば楽なのでしょうが
身体的に何かしらの不具合が生じていれば、
元気な側が弱った側に合わせる。

【ではあります】が
家って本来身体を休めるべき空間。

家がリラックスできる空間、環境で合って欲しいのは
自分もそうで、パートナーも同じだからこそ
毎日の生活ともなると、気持ちよく合わせよう、ともいかない。

ここは譲れないわ。でも、ここはあなたに合わせるわ。

お互いこういった相手を敬う姿勢があるからこそ、
生活は穏やかに成り立っていくように思いますが
ほんの小さな自分と相手との生活の違いに
バランスよく折り合いをつけるのも妊活の一つであって、
穏やかに話せないほど深刻な問題ならば
どうしても声は大きくなってしまう。

そこで仮説や感情を語っている内では
先ほどの俳句の先生の解説ではないですが
どうしても説得力が欠けてしまう。

女性側だけでなく、パートナーの協力も必須だなあと
つくづく実感しております。

先日受けた2回目の血液検査を
論より証拠にして
40代の賢い妊活に励みます〜











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posted by Michi at 21:47| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年04月02日

夫婦の在り方、いろいろ。

こんばんは。

先日は5月から始まる新元号が発表され、
TVをONすると
まるで日本全国お正月のような賑わい。

スクリーンからひしひしとその賑わいが伝わってきますが
私の生活はいつもと何ら変わりませんが
この時期は桜に魅了され、
ついつい山へくくりだしたくなります。

7-1.jpg

7-4.jpg

さて、私が今住んでいるエリアは
有名な岡崎市の桜観光スポットのすぐ近くで
まさに今、桜の開花真っ最中。

↓中央に小さく映っているのが、岡崎城ですが
夜になるとお城はブルーにライトアップされ
神秘的な夜桜と共に楽しめます。

7-2.jpg

が、とにかく寒い!

寒の戻りから寒暖差が大きく
夜桜にはなかなか足が向きません。

たまたま
↑の画像を撮影した付近には
岡崎市官庁ビルがありまして
8Fへ用があったのでその時窓を眺めてみましたら、
街の美しい景色が一望できました。

あと何回
桜を眺めながら、沖縄から引っ越してきたんだなあと
思い出すでしょう。

良い思い出もそうでない事も
時間と共にリセットされていくので
寂しさ残る。

7-3.jpg

私事ですが去年春に入籍をして
その翌々月に
愛知県三河地方へ私だけ引っ越しました。

花の新婚生活、始まりました!

には違いないのでしょうが
義親との同居を選んだ私にとっては
二人っきりの生活ではないし
家具や電子機器を新調していないし
(新ソファだけ実家が花嫁道具ともたせてくれたので新品。)
そうなると面白いもので
新婚さを、感じない。(笑)

ここから本題ですが
入籍後、相手の親と同居してから
それはもう、いろいろありましたわ。

そもそも、です。

一人暮らしを7年してきた楽楽生活を送ってきた私が
よそ様の方と一緒に生活するすべてが
新発見、新体験。

今までは自分のための空間に
自分ひとりの時間の満喫。

したいことだけに没頭し
面倒なら洗濯物を山のようにしてもよし。

食欲なければ何も作らないでいいし。
行きたいところがあれば、何時に、どこに、誰と行こうが
誰にも迷惑をかけない。

がしかし。
結婚したら、一変します。

やるべきことが増え
出来ないことが増え。

いやいや、それは非常識ですよ、というシーンも
たびたび訪れる。

それが、一番しんどいんですよね。

自分にとって非常識が
パートナーにとって常識だったとき。

なんてことが
私の場合は、日常茶飯事でございまして。


主人は似たような家庭環境のお友達の在り方が
どうしても基準になってしまうようで
長男はこうあるべきなのさ!との
思いや在り方が強い。

私は、真逆でございまして
そうなるとね、摩擦を生みます。

ということで切磋琢磨しつつ
一時的に同居を選択したものの
自分なりに手を尽くし尽くした結果
今では、環境を変えて
新しい生活が始まっています。

もう、別環境で
初々しい気持ち。

8-2.jpg

夫婦の在り方には
人の数ほど様々で
時に周りの夫婦関係は参考になるなるものだけれど
大事なことって
少し先の将来も見通しながら自分に置き換え
自分にとって心地よい在り方はどこかなと
探り探りしながら選択していけることが
理想、なのかもしれません。

自分の意志をもたず
相手のためなの・・・とぐっと我慢し続けるは
どうかと今は思っています。

だって、必ずどこかで無理が生じてしまうから。

ただ、見方を切り替えれば
その引き換えに、幸せって隠れているのかなあと
最近はつくづく実感しております。

それぞれの4月を
素敵な春と共にお過ごし下さい。









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posted by Michi at 21:36| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月29日

どう受け止めるか。


7-1.jpg
美味しそうなケーキ画像です。

以前、ダイエット記事を更新したのに
冒頭からまさかのケーキ画像でございます笑

実は、この画像をネタに数日前更新したかった記事ですが
完成出来ないまま、仮作成中に保存していました。

先日、幸いといいますか
とある事態が起こったので
そこに敢えてつなげた更新になります。

さて、こないだケーキを無性に食べたくなり
主人におねだりをして買ってきてくれたのが
上記の画像。

私は今住んでいる所が地元ではないので
お気に入り店を探索中で
ここで生まれ育った主人を頼りに
事あるたびお店選びをお願いすることが多いです。

冒頭のケーキたち、
あまりに美味しかったものですから
先日、引っ越し祝いをしてくれた実母に
新居を案内する前にそのお店へ立ち行ってみました。

ローカル感満載のレトロな店内とは裏腹に
1ケ500円もするほどの
今時風の美しい高価なケーキが並べられ
私の中のお気に入り店に見事ランクイン。

クレジットカードの取扱いがあるようだったので
清算はクレジットカードを選びました。

すると端末のエアー音がピーピー何度も鳴り
「端末の不具合がたびたびあり、お時間取らせてしまい申し訳ありません。」と
店員さんに声をかけられました。

10分くらい待っていても
ピーピー音が続いていたので
私を担当した若いレジスタッフとは別の方が替わって対応をしてくれた時の事。

「〇〇だよね?」と
先に対応した若いレジスタッフに
そのスタッフの方が何か確認を求めていて
私は何の事かさっぱり聞き取れませんでしたが
請求額が5千円から3千円に変わりました。
(記事では端数を端折っています。)

ここのショップは
お客さんのオーダーを取ったスタッフが
どんなケーキなのか一旦手書きでメモし、
そのメモ書きを見ながら
予め設定しているであろうレジボタンを人の手で選択し、
レジが精算していく、という流れ。

レジを打ち直し始めたことで
何のことか理解しました。

結局、
クレジット端末の不具合によって
先に担当したスタッフの方の計算間違いに気づいた
別のスタッフの方のおかげで
2千円以上もの計算違いが発覚し
私は助かりました。

この差額は大きい。

人の手書きメモと
レジボタンを押し間違えるというミスは当然あり得るわけで
私が相手を100%信じきらずに
ケーキを選んだ際に
ある程度頭で計算すれば事前に気づけたこと。

商品一つ一つにバーコードシールが貼られていて
それを機械に読み込ませて計算するくらいでないと
人の手ではどうしてもミスは避けられないかと思います。

今回のケースは明らかに相手側の過失ですが
敢えて相手側の立場にも立ってみまして
自分も過去にお仕事でレジ打ちをしていた経験があるからこそ
これからはできる範囲内であれば
頭で計算しようと、改めて認識しました。

もし店員さんの対応がひどければ
あんなお店二度と行かない!と
店名を堂々と公開しているところですが
お気に入り店になったからこそ
改善して欲しいという気持ちを込めて
敢えてブログに書きました。

100%相手の過失で
こちらがマイナスを受けたら
自分ならどう受け止めて対応するか?
でした。


話は変わり、
ようやく新居にwifiが接続でき
早速このブログを更新しています。

コスト面を考えてポケットwifiの契約を選びました。
いつか、その内容も更新しようかな。








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posted by Michi at 16:01| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月27日

40代になって強く感じるようになったこと。

ようやく冷蔵庫と洗濯機の搬入が完了しました。

これで元住んでいた家に残している
ソファ、書類、着物入りの桐箪笥、雑貨、収納棚、デスクPCやプリンターの移動できれば
一旦引っ越し荷物の移動がすべて完了します。

荷物の移動と搬入をすべて終えたら
次は収納です。

まさに、手間な作業のセットメニューですが
収納術サイトを時々ネットサーフィンしながら
5年、もしかしたらそれ以上住む事になりそうなので
「賢く収納するぞ〜!」とちまちまながら大切に作業しています。

先週の引っ越しから、こうした作業プラス日々の生活で
瞬く間に一日が暮れている毎日ですが
気持ちのリセットをかねて
近所に住む美容関係のお友達と
ランチへ行ってきました。

行こうと狙ったお店が定休日だったので
その近くのタイ料理店へ。

9-4.jpg

ここのタイ料理店の前を何度も通り
気にはなっていたのですが
一度も行ったことがなく、今回利用してみて
私的には当たりでしたよ〜

店員さんはタイ人で
店内のインテリアは見事にTHEタイ!

一瞬、リゾート地にいる気分になれ
いいリセット。

お料理は、どれも文句なしの美味しさだったのですが
見た目以上にかなりのボリュームで残してしまったあせあせ(飛び散る汗)

9-3.jpg
デザート付きにしたのですが
アジアスウィーツにありがちな
鮮やかな色のゼリーに魅かれ
日頃ほぼ食すことがない
カラフルなスウィーツを選びました。

上層はココナッツ。
ブルー色はソーダ味を期待していたのですが
ただ甘いだけの寒天。笑。

お友達は
タピオカココナッツミルクを選んだのですが
多国籍料理には無難な選択が一番安心できますな。

個人的に40代になり強くなっているのですが
浅く不特定多数より
自らの人生観を冷静に持ちながら
地道ながらも貫いている人に共感でき
人としての温かさや心地良さから
そんな人と出逢うと
個人的に友人関係を築きたいと
思うようになりました。

今ではほぼ無くなった
何も考えずにウェルカムと
軽いノリで友人関係を築いてきた頃が
自分のことながら遠い過去のよう。

一緒にランチしたお友達は
お互い妊活中で、
美容系のお仕事で、
引っ越ししたばかりの私とこれから家を建て引っ越しを控えているなど
こちらへ嫁いでから始まった友人関係ながら
偶然なのか共通点が多く、
彼女との新しい出逢いに恵まれことは
主人と結婚して良かったと思える一つです。

「引っ越し祝いだよ〜」と素敵な器セットを頂きました。
9-2.jpg
恥ずかしい話、
私はこれまで引っ越し祝い
ということをした経験がなかったのですが
お友達ご夫妻の気持ちが本当に嬉しかったです。

大切に使わせてもらいますね。

お返しは、新居が建ち引っ越しした時に
させてもらいます〜

来週には主人の仕事が休みになるので
残している荷物も移動させて
一日でも早く日常に戻さねば〜と奮闘中。

追伸:今日のブログもカフェで更新しました。




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posted by Michi at 12:44| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月26日

新しい場所で。

TVニュースでは

桜の開花をお知らせしていますね。


私が住んでいる岡崎市は

開花まであと少し!


沢山の蕾たちが今か今かと

咲かせる瞬間を待っているかのようです。


8-3.jpg


私は昨年まで4年半那覇に住んでいて

その前は9年間東京都内に住み

地元の開花を存分に楽しめるのは14年ぶりになります。


とっても楽しみです。


さて、桜の蕾を横目に

3月は期の始まり前月で

会社員だけでなく学生も引っ越しハイシーズンですね。


数日前、私も無事に引っ越しをしまして

今日のお題は、引っ越しブログです。


引っ越し、と言っても入居が始まっただけで

荷物移動はまさに現在進行中。


引っ越し先は、

主人が仕事で取扱う

資材置き場の倉庫がある実家を

これまで同様に活用する事情から

車で15分圏内の近隣です。


そのため、幸いというか

荷物の移動は自分たちでできるし

引っ越し費用もかけずに移動できるので

ちまちまやっています。


エステベッドや美顔器、

ソファや冷蔵庫や洗濯機やガラステーブルなど

大型家具はこの程度なので、力持ちの主人に任せて

その他の荷物の梱包と移動は、

今、時間の融通が利く私がすべて担当。


過去に自分の引っ越しでセルフ移動を経験しているので、

労力は想定内。

と言いつつ、すでに10回くらい往復をしていても

まだ半分荷物が残っている。先は長い・・・


時系列は入居前に戻りますと

契約日に仲介業者から部屋の鍵を預かり、

電気、水道、ガスの利用手続きを終えたら

次に私にとっての入居前準備作業にはいりました。


入居前準備とは

部屋のすべての床と、手の届く範囲内の壁を

手で雑巾がけ。


続けて、キッチン周り。

今回の部屋のキッチン台は人口大理石になっているので

そこと

木材になっているカウンターと

あとはコンロ周り、これらの場所に

汚れや傷防止のための保護シールを貼りました。


契約したこの部屋は20坪で

広めなのでこの作業に3時間くらいかかりました。汗。

ですが、実はこの手間は

除菌だけでなく、入居前の傷や汚れのチェックが細部に渡りできます。


例え、これから入居期間が長びこうと

退去時に蓄積してきた汚れを取る際の

片づけが本当にスムーズに進み、

過去に自分だけの引っ越しをしてきた時も

入居前の事前作業は手を抜かずにやってきました。


いざ、その作業が終わったら荷物の搬入。


床を傷つけないようにシートを敷き、

ちまちまと移動させている荷物をその上にガンガン置いていきまして

同時に引っ越し前に使っていた部屋も掃除をしつつ、

先日ようやくTV移動が完了しました。


8-4.jpg


このエリアだけ日常が戻ったよう。


PCのインターネットはWifi契約が未だなのでまだ使えず、

なのでこブログは朝にwordで記事を作成しまして、今近所のカフェに入りfreewifiを利用して公開に至っています。


シーサーも無事定位置に鎮座しましたよ。


8-1.jpg


この部屋の私のお気に入りスポットは階段窓。造花ですが、鮮やかなラベンダーの華を活けました。

朝、目覚めてからリビングへ駆け降りるたび気持ちよく過ごせそう。


8-2.jpg


生活に肝心な冷蔵庫、洗濯機は主人の手が空くのを待たないと搬入できないので

それまでは冷蔵庫がなくても調理できる食材をうまく購入しながら自炊をして、

洗濯物はコインランドリーを利用。


食卓テーブルの搬入も待機中なので、座椅子をテーブル変わりにしています。


ということでゲストを呼べるような整理整頓など

引っ越しが完了するまで

あと10日で終わるかなあ・・・という感じです。


そもそも業者に依頼すれば簡単なこと。


引っ越しの労力をいい運動だと思い、

荷物の移動は断捨離で

実は面倒とはあまり思っておらず、

むしろ楽しんでいるので

自分の性格にこういう時、救われています。笑。


引っ越しというものは、

プチトラブルは当たり前に起こりますし、

コストはかかるし、

例え業者を利用しても整理整頓という手間など何かと大変ですが

心機一転、いろんな意味でリフレッシュになります。


続きはまた改めて更新したいと思っています。




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2019年03月21日

ダイエット成功の秘訣。

私が住んでいる三河地区は
ようやく春らしいファッションを楽しめる
陽気になってきました。

オレンジやブルー、イエローなどの
明るい色に自然と目がいってしまい
ついお買い物やネットサーフィンをしてしまう。

春になると
肌の露出が増えてくるので
今まで隠れていた贅肉が・・・
たるみが・・・

夏までに引締めないと!
〇キロ痩せないと!

と焦るのは私だけでしょうか。

さて、ダイエットを公言し
すぐ行動できる人を見ると
素直に感心してしまうし、
結果を出せる姿勢には一目置いてしまう。

これをしよう!と思い立ち、結果を出すプロセスは
仕事でも、人間関係でも、
実はダイエットに限ることではなく

結果を出す時
結果を出せない時

この違いは何からきているのか
考えてみた。

さて、私の父は金型職人で
70歳を超えた今も細々ながらも自営を続けている。

金型には鉄を扱い、作業の中には
人の肌の毛穴までくっきりと映し出すほど
鉄を鏡面まで磨き上げる職人技を求められる仕事がある。

始めは、単なる鉄の塊も
機械で扱える形までカットしながら細分化するが
切断すればざらざら面になってしまうので
複数の機械を何度も使いこなし
磨き上げていく0.00ミリの単位の仕事。

顕微鏡がなければ
見えない世界です。

前後に動く研磨機に
丸い砥石が物凄い速度で回転し
火花を散らせながら
ステージに乗せている鉄の面を磨き上げ、
砥石の粗さを何度も変えていくことで
鏡面へと近づけます。

人の力がまったく及ばない鉄ですから
最先端の機械を駆使すれば
鏡面を完成できそうなもの。

しかし最終段階は
砥石でも敵わない
人の手でなければ出来ない繊細な行程を経なければ
仕上げられないと言います。

一か所だけに力が加わってしまえば
わずかな凹みができてしまうし
早く仕上げようとダイアモンド砥石を使ってしまえば
断面に傷が残ってしまう。

完成まで、手抜きも近道もできない。

父は指先だけの感覚を頼りに
埃1本より、きめ細かい傷も見逃さず
鏡面仕上げを完成させます。

数カ月かけて手間暇かける作業には
「この塊でこの売上?!」と
二度見してしまうほど
ウン百万円する大口制作もあったりします。

そんな父の自営を
私はエステティシャンになるずいぶん前に
2年間勤めていました。

油まみれにはなるし
気の遠くなるような地味な作業だし
指先の傷は日常茶飯事だし
どれだけ頭で理解できても
手先が思い通りに動かない。

シーンと静まり返った工場で
父と黙々と作業するのが退屈で
そうでなくても専門学校の進学を家業によって
断念せざるを得ない勤めだったので
そこに輪をかけて難しい仕事が
私には楽しすら見いだせなかった。

私の心境がどうであれ
長年、現場経験を積んできて
嫌というほど仕事の基本を叩き込まれてきた父の教えは
「見て学べ。場数しか上達はなし、習うより慣れろ。」
と終始、一点張り。

そんな父にも会社員時代があり、
サラリーマンの頃は
会社に与えられた仕事をこなす側にいて
自営になってからオーダー1件のありがたみ、重みを知ったと言う。

父のような製作所へオーダーする側のその先には
納品するクライアントの存在がある。

父がどれだけ社会的に尊いことをしていようが
どれだけ人間として優れていようが
どんなキャリアがあろうが
経営難で生きていくことすらままならないだろうが
こちらが製作所としてお粗末で
いい加減な仕事しか出来なければ
別の製作所にオーダーすればいいだけの話で
そうなれば父に元へ、オーダーが入ることはない。

そこに情けや賄賂もまったく通用しない。

仕事を出す側、もらう側、共に
的確に仕事をこなさなければならない責任が果たされてこそ
成り立ちます。

自営にとって、
オーダーは生命線であり、
入金がすべての結果。

父を見ていて感じたことは
結果を出すセオリーはシンプルで
職人としてのプライドや責任感だったと
当時を振り返っています。

これをダイエットにあてはめてみると
結果を出す時は、
目の前に好きな食べものを出されても手を出すことはないし、
「ぜったいに痩せるんだ」
というシンプルな目的と
誘惑にブレない断固たるプライドがある。

逆に結果を出せない時は、
好きな食べものが目の前に出されたら
「1口だけ。」「ダイエットは明日から。」と
都合よく言い訳をして、
目的すらままならず、
そこに意地もプライドもない。

そう考えると
結果は始める前から決まっていることが
はっきりと分かる。

妥協や自己都合、逃げや甘さがあればあるほど
結果から遠のいていくだけ。

結果を出せないのではなくて
出さない、という表現が本当は正しい。

結果を出したい目的が
自分の得意分野の好きなことだったり、
やり慣れていることであれば
結果は出しやすい。

問題は、結果を出せない時で、
面白さを感じられない、
不得意だからこそ、
そんな時は、結果を出せるプロセスを活かせばいいだけ。

といっても、そう簡単にいかないもので
つまり、なぜそうしたいのか。

そうしなければならない目的意識を
自分の中でとにかくはっきりさせていくこと。
自分への問いかけがマストになっている。

そこがぶれるようであれば
すべては崩れてしまう。

ダイエットであれば
あとは、自分の心の中だけにひっそり秘め
変化した自分の姿を周りに披露して
驚かせるくらいの人としてのユーモアさがプラスされたら
それもダイエットの秘訣に加えたいなあと
思ってみたりした。

春のファッションを楽しもう。










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posted by Michi at 08:54| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月16日

ほんの少しのゆとりを持てるようになると。

私が住んでいる岡崎市では
大木の桜が沢山の蕾を付け
開花の瞬間を今か今かと
タイミングをうかがっているようです。

開花してしまえば
瞬く間に散ってしまう桜。

蕾の期間が長ければ長いほど
感動を増すと分かっていても
それにしても待ち遠しいです。

個人宅の軒先や
小ぶりの木々は一部開花している桜もあり
タイミングが少しずれてくれたおかげで
鑑賞できています。

身近にある美しい自然に敢えて足を止め、
鑑賞するくらいの余裕を自分の中に持てたほうが
世話しなく多忙な日々を過ごすより
人生にゆとりを持って過ごせるような
気がしています。

桜の開花、もうすぐです。

あなたは今、ゆとりある毎日を過ごしていますか?

こう聞かれたら、どう答えるだろうか。

今の時代、’ゆとり世代’とか
ネガティブにピックアップされがちだけれど
ゆとりを私流にたとえるとしたら
’ゆとり=フェイシャルマッサージ’
に近いものがあるのではと考えている。

特にエステティシャンのフェイシャルマッサージは
メディカルではないので
それをしたからと言ってシミが途端に消えることはないし
やらないからといって急に老けることもない。

だとしても、
プロのフェイシャルマッサージを定期的に受けたり、
その技術を自分なりに活かし日々のセルフケアに取り入れれば、
リフトアップだけでなく、
素肌の恒常機能を整えたり、
リラクゼーション効果など、
それだけでも何かと素肌へプラスに働きかける。

少なくとも、
流行にのって買ったコスメや
奮発して買ったエッセンス1本も
使い切れず残ってしまったボトルたちが
シンク回りを埋め尽くすより
フェイシャルマッサージが物理的に
増えたり、減ったりすることもない。

また、マッサージを積み重ねれば
素人だろうとそれなりに技術は向上していくし、
自分だけでなく、パートナーや子どもに
喜んでもらうこともできる。

物にあふれて、良いことは無いが
手さえあれば、プラスをも生む。

生きつく間もない世話しない時間や、
金銭に余裕がないギリギリな生活、
仕事以外で気を使いすぎる人間関係や、
自分を抑えつけてしまう考えは
どうしても窮屈になってしまう。

少しでも窮屈さを感じることがあるなら、
実は自分の身の丈を超えてしまっていて
ゆとりと真逆の場所に立っていると気づきたい。

責任転嫁はあってはならないけれど
その時々に優先すべきは何か決めて、取捨しなければ
ゆとり(余裕)は生まれない。

今、自分に必要か?

不要であれば捨てるくらいの潔さも必要で
窮屈だと感じてしまうようであれば
身の回りを見直す良いタイミングなのかもしれない。

窮屈し過ぎると
自分の頭で考えて、自分の心で感じる感覚すら
鈍感になっていくので
自分の場合はどうなのか、
自分だったらどうするか、
あくまで自分自身で考え選択していくことが欠かせない。

私は過去に
忙しい自分=充実、と思っていた。

ファッショナブルな装いに身を包み、
華麗なる人に囲まれたパーティや催しの常連になって、
そこからビジネスをつなげ、
SNSから日々更新される世界を
自分と比較していた。

「隣の芝生は青く見える」とは
よく使われるたとえだけれど
心から充実した豊かな人生を送っている人ほど
自分で考え、選択した人生を歩んでいるし、
優雅に見える人ほど
敢えてその様を公にしないし、
自分は自分、人は人、
と他者との比較概念を持たない。

窮屈になりすぎると、
面白いもので、もっと、もっとと心が枯渇して
満足の域に達することはないし
向けるべき先は、他者ではなく
今の自分自身だという本質さえ見失っていく。

なくてはならない、というわけではなく
地味で目立たないフェイシャルマッサージを
毎日のセルフケアに取り入れるほうが
物に頼らずに、何かと活かせるシーンは増えていくし、
ゆとりも同じことが言えないだろうか。

それでも育児や介護、
仕事の繁忙期や納期を厳守したり、
医者などタイムリーにこなさなければならないハードワークなど
余裕さえ持てない環境は
ケースバーケース誰しもあるわけで
忙しい中でも、ほんのヒトトキのゆとりを持てるような工夫が
人生にどれだけの影響力を与えていくのか、と考えると
やはり、蔑ろにはできない。

春限定の美しい桜の木々の下を歩ける日がくるものか
とても楽しみです。







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posted by Michi at 08:25| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月15日

ほどほどの趣味がもっとも楽しい。

さらにすくすくと伸びています〜

4-1.jpg
4-2.jpg

先日更新した豆苗と同じエリアで
毎日日光浴させていて、
1つの枝がさらに
二つに分かれて伸びようとしている!

4-3.jpg

ああ、なんと感動的なのでしょう。

と、私の今のささやかな趣味なのですが
趣味って、無になり、時間を忘れさせますが
ほどほどにしておかなければ
大変な事態になりかねない域です。

趣味から始まり
気が付くと実益を兼ねる仕事になっていた。

そんな人生は素敵だけど
非日常くらいにとどめておけたほうが
本当の意味で楽しめるのかなあと思っています。

さて、私は、高校を卒業する頃に
人気絶頂期のスノーボードに興味をもった。

社会人になり、仕事休みの前夜から毎週雪山へ車を走らせ
自分の趣味になっていった。

山の傾斜を垂直に
1本の板の上に乗って颯爽と滑る。

始めた当初は、転倒ばかりして
滑るよりゲレンデで座っている時間のが長いほどで
そんな初心者の壁を乗り越えて
少し慣れると次にやってきた全身筋肉痛。

膝を少しも曲げられないほどの激痛の時もあって、
趣味で行っているはずが翌日の仕事に影響が出てしまうほど。

痛み以上に
長野県や新潟県へ遠出する旅や
ゲレンデに居る非日常や
趣味を通じて出逢う人達との交流が楽しくて
毎週行った。

だんだんと欲は増していって
より早く、より颯爽と滑るには
どうしたらよいか
考えるようになった。

雪山の傾斜に身体を合わせて滑るには
スノーボードの機能性を
しっかり活かす筋力もなければ転倒する。

普通に日常を送る程度では
鍛えられない上半身と下半身の筋力を
鍛えなければお話にならない。

素晴らしい滑りには
すべてにおいてバランスが取れていて
そのスタイルは本当にお見事、美しい。

上手い人を見ては真似て、
プロの動画を観てはイメージして、
ある程度上手に滑れるようになった頃に
冬が終わる。

雪のない季節にどう過ごすか。

私は、手っ取り早い方法はないか考えた末に
サーフィンを始めた。

自宅で腹筋と背筋とスクワットもして、
毎日身体を鍛えた。

そんな陰ながらの努力が芽を出し始め
それなりに上達をしていくと、次に週末スノーボーダーでは物足りず、
お金を貯めて友人と部屋を借り、
北海道に3か月住むほどになっていた。

やがて、春が来て、
短い北海道生活を終えたと同時に
スノーボードの趣味はサーフィンにシフトチェンジ。

勘の鋭い人にはお見通しだと思いますが
「仕事は趣味のためにある」と
平気で言い放てるほどの責任ない甘ったれた人生を
23歳まで過ごし、ある意味
恵まれた環境にどっぷり浸かっておりました。汗。

そんな環境から一変し、
エステティシャンとして
人生で初めて仕事に重きを置けるような業種と出逢い
サーフィンを健全な趣味程度におさえて
37歳まで過ごしました。

ゴンドラの手すりが冷凍庫のように凍る氷点下や
片栗粉のような白い結晶が風で舞う白銀の世界。

より良い波を日本全国に求めて
四国や日本海まで遠出して異国の地に触れ、
趣味を通じて、いろんな人にも出逢え、
土地土地の食や自然を楽しんだり、
世界が広がっていった。

「興味はあるけどやめておこう」
となっていたら未知な世界であり、
あの頃の時間は、今でも貴重な経験になっている。

趣味が洗練され、プロ(仕事)に開花すれば
そこには責任が伴うので
よほどの法外や、人の道から外れていなければ
周りに迷惑はかけることはほぼない。

しかし、もっと、もっと、と
のめり込むほどの魅力が趣味にはあるもので、
極めれば極めるほどに洗練していくプレゼントまでついてくるから
そんなプレゼントを一度でも手にしてしまうと・・・

ほどほど程に抑えるバランスすら取れなくなっていく。

散財したつもりはないのに
自分のお財布がいつの間にか空っぽになり
お金を借りてでも満たそうと
すべての時間も没頭している
自分に歯止めが効かなくなる。

もうブレーキが壊れてしまっている。

こうなってしまえばマイナスで
周りに迷惑をかけてしまい
いつの間にか、身の丈を超える。

趣味:
人が自由時間に好んで習慣的に繰返し行う行為、
事柄やその対象の事。

自由=責任

行き過ぎたばかりに責任が負えないようであれば、
それは明らかに負。

どこかのタイミングでブレーキを踏み、
線を引かなければ
趣味には、依存という影が潜んでいることを
肝に銘じたい。

もちろん、個々の性格なのだろうけれど
そんな怖さを孕んでいるからこそ
趣味はほどほど程度に楽しむのがちょうどよいバランス。

まず前提に、
趣味はまず周りに迷惑をかけない範囲で行うべきであり、
自由時間、と敢えて翻訳されているのが
妙にうなずけた。

そんなことをぼんやりと思い出しながら
今ある環境の中で
すくすくと力強く天に向かって伸びようとしている新芽を
眺めています。







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posted by Michi at 10:10| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月14日

にょきにょき育つ豆苗のように。

いつしか母がくれた豆苗です。

ほんのりと大豆の甘味を感じさせるような
美味しく頂きました。

1回目の収穫を終え、2回目の成長↓お見事。

5.jpg

始めは、
若干太陽の日差しが届く程度の
狭いキッチンに置いていたら
大した成長がなく
リビングへ移動させたら、こんなに元気に茂った。

あまりの茂り様から
植物も人のように
光がしっかり届くオープンの場所を選ぶのかしら
と思ってしまったほど。

実は、この画像は2回目の収穫を終える前で
今は3回目の成長を待っていて
新芽がすでににょきにょきと伸びています。

大きくなあれ。

さて、豆苗と同じで
人も光がなかなか届かない暗い狭い中に
自分を押し込めてしまうと
オープンでなくなり、心が枯れていくような気がしている。

なぜだろう。

心が枯れそうな時って
暗い所にとどまりたくならないだろうか。

どれだけ明るい人と接しようが
大勢の人で賑わう場にくくりだそうが
明るい洋服に身を包み、着飾ろうが
じめじめしている陰の気持ちから
なかなか脱しられない。

どうしてか、人との接点を絶とうとしたり
影に留まる自分に
心地良さすら感じてしまう。

だからこそ、そんな時ほど
自ら太陽の光がしっかり届くようなオープンな場所に
それらの力を借るくらい
強制的にでも移動できる身軽な器用さを持っていたい。

実は私はこれまで、
エステティシャンとして
本名がエステティシャンを
それなりにイメージしてくれるような気がして
敢えて、姓名を伏せ、美知という名前だけを
名刺に印字し伝えてきた。

源氏名ですか?と尋ねられることも少なくなかった。

堂々と自分をオープンに表現していた気でいたものの
ある時から中途半場さの影に気づき、
今のさくらのブログに移転してから
姓名と生年月日を堂々と公開している。

(スマホからだと閲覧できないので
下段の「PC版を見る」クリックすると
画面右手に私の画像とプロフィールを閲覧できます)

今の時代、個人情報保護法が云々かんぬんあるけれど
商売として自分の顔を出している以上、
保護法ばかりに捉われていたら何も出来ない。

それより、
’たった’フルネームと生年月日を公開した程度なのに
ブログの方向性が安定してきたし
美容業に携わる者として本懐を遂げているような
とてもすっきりした気持ちで更新できるようになった。

もちろん、社会人としての
良識ある範囲内を念頭に動いているつもりだけど
オープンで堂々と居る、という在り方の
自分の中の影響力の大きさに
正直驚いている。

結果的にそれだけでなく、
出逢う人も、人生の流れも変わりつつあり、
いつも穏やかに居られるようになっている。

光をしっかり届け、
自分を殻に閉じ込めないような在り方でいるって
ある意味、生きやすい秘訣なのかもしれない。

すなわち、美の在り方。

それが、自分の雰囲気となっているような気がしてならない。

綺麗だなあ、かっこいいなあ、と
心が素直に感じる雰囲気を漂わせている人って
やっぱりオープンだし、堂々としている。

にょきにょき育つ豆苗を眺めながら、
光をしっかり浴びて、すくすく育ってね。





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posted by Michi at 09:06| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月11日

迷うなら進むべき?

確定申告が終わりました。

所轄は岡崎市税務署になったので
今回初めてここで提出しました。

朝から車を走らせ、
受付の5階へダッシュで向かいましたが
朝一番からちょっと出遅れた8時半過ぎだったのにも関わらず
結構な人が並んでいる!

受付に近づき
でかでかと貼られたポスターに改めて目をやりますと
ちょっと小さめの字でこんな記載が。

「事業の確定申告書を提出するだけの場合は1Fの受付へ」
と。

完全に私の見落とし、リサーチ不足・・・

並んだ20分意味がなかったわ〜
と、一瞬がっくりしましたが
1Fの受付で並んでいた人は10名もおらず
すんなりと受領印を頂け、一瞬で忘れていました。笑。

こうした待ち時間や提出の手間を省く為に
e-taxというインターネットを介して
提出する便利な方法があります。

私も考えていましたが
マイナンバーカードを読み込むためのカードリーダーを
別途購入しないといけないので
そこまではいいかな、と思い
今年も窓口へ直接提出する方法を選んでいます。

あの後、館内にある別の機関での用事があったので
そのまま済ませ、駐車場に向かおうとしますと
1Fの受付には長い人の列〜

「申告期限前は大変混雑しますので申告はお早めに」
とは、これまで至る所で目にしてきた一文の意味を
目の当たりにしているようでした。

来年も迷わず朝早い時間に提出しよっと。

私の場合、会館を入ったのが8時半過ぎ、出たのが9時半だったので
すんなりと申告を終えることが出来て
ホッとしています。

確定申告の労力はけっこうなものがありますが
実益に直につながらないので
何も声を大にするほどの賢い作業でもなく
出来ればさくっと終えたいところ。

そのためには
あもすも言わず
月次で会計処理をきっちりこなし
常日頃から整えていれば
正直それほど手間ではなくなるので
迷わずとにかくやれ、と
これも自分次第なんですけどね。

さて、
今年に入ってからというもの
ためてしまった確定申告作業をコツコツとしつつ
毎日の家事、
エステのメール対応、
主人の会社の会計や銀行業務、
病院通い(妊活中のため)など
同時進行してきたので
充実した時間が長らく続いています。

今月末には引っ越し。

たった10カ月しか
今の場所に住んでいないのに
私物が結構な量。

靴だけとってもかなりの数で
それを×主人分と二人分まとめないといけないので
梱包もすでに始めています。

これも確定申告の作業と同じで
日頃からコツコツこなしていれば
少ない労力で完了するのにねえ。

形があるようでない
別の作業で大切な事と言えば
PC内のデータ管理でしょうか。

ほんと、あっという間に
膨大な容量になっていますから
定期的な断捨離は必須ですぞよ。

フォルダ画像を整理していましたら
懐かしい思い出が顔を出しました。

ブログのシステムに読み込ませた後は
御礼の気持ちを込めて
PC内から削除しました。

9.jpg
この画像は、東京都内の某所セミナールーム。
おそらく2012年頃。

お友達の親族(中央の赤いワンピースの女性)が
初の講師セミナーをやるから来て、と誘われて行ってきた
カイロプラクティック講座でした。

女性だけの小人数セミナーに
お茶菓子は必須でしょうか。

和気あいあいと和んだセミナーを受けた記憶があります。

7.jpg
この画像は、
アルバイトとして1年半勤務してきた
東京都内新橋にある某リサーチマーケティング支援企業内で
2009年頃です。

日頃はエステティシャンをして
兼業を希望した異職の私を
採用して頂いたのですが
採用理由を後日聞きましたら
’コミュニケーション能力’との事でした。

150名近い社員中の、確か7割以上が大卒者。

中には、新卒で採用されてから転職経験のないまま
勤務し続ける社員も多くて
なんだか学生時代を思い出させるというか
悪く言えば幼さが際立ったトラブルが裏ではあって
学生時代とほぼ変わらない雰囲気、空気感が
私にはある意味新鮮でした。

「エステティシャンだからこその接客スキルを活かして下さい」と
この会社の特色でもある
特定層の個人クライアントを束ねる部署に
私は配属され、
リサーチはおろか、ITの知識すら乏しいのに大丈夫かなあと
不安だらけだったのですが
美容業の経験がいろんな形で活きていくんだなあと
自分の価値について
客観的に考えたものです。

しかし、そこは数百万人の登録者を束ねる企業。

配属された部署では
Excel機能をフル活用しますし、
作業には必ず納期があるので
スタッフのデータ入力動作は、まさに神業。

半端なく早い!

しかも話しをしながら、当たり前に別の作業をこなすし、
「マウスを左で操作するよう叩きなおされた時代があったのよ。でないと、右手でキーボードの電卓弾けないでしょ。」
という現役時代は会社に泊まるほど激務を経験してきた
元正社員のパートさんも同じ部署にいて
別世界に自分の身をおいているような感覚に陥るほどでした。

他の業務には
ユーザー向けに毎週複数のメルマガを配信したり
メール対応をしたり
とにかく文章、数字を入力することが多かった。

ここでも自分の無力さが際立ったのですが
Officeスキルも文章力もマーケティングの知識も
恥ずかしい(;´д`)トホホな有様で・・・

そんな私に、1から丁寧に親切に教えてくれたのが
画像右手の女性、同じチームの先輩でした。

趣味とか、
ファッションとか、
ライフスタイルも私とはまったく異なるタイプの方でしたが
だからこそ、私には人としての興味を抱きましたし、
先輩から吸収したいことが多かった。

日頃の御礼にエステのモデルをお願いしたり、
沖縄に住んでいた時にはわざわざ旅行へ来て会いに来てくれたり。

とても思い出深い温かい先輩です。

555.jpg
この画像は、沖縄那覇に住んでいる時、
旭橋駅手前のゆいレール線を撮影したかと。

ハートなのか、輪なのか、
不思議な雲を撮ってみたかった。

沖縄って、一歩外へ出ただけの空が
息を飲むほどに美しく、
せっかく自分の身を置くなら
やっぱりこういった美しいロケーション地に住むのが理想だなあと
今でもよく考えます。

11.jpg
この画像は、中部国際セントレア空港のカフェ。
名前は忘れました。

この煎茶を飲みながら
沖縄へのフライトを待つのが
私の中の恒例になっていたなあ。

確定申告を終え、
気持ちにちょっとゆとりが生まれ
PC内の断捨離ついでに
思い出に浸ってみました。

振り返ってみますと
「こんな道選ぶんじゃなかった〜。」
「この選択、遠回りだったかな〜。」
と迷うような選択経験ほど、実は、
ずいぶん時が経った後に
自分の身を助けたり、
豊富なスキルを養っていたり、
自分が気が付けなかった別の価値材料になっていたり、
姿形をかえてチャンスに変わる瞬間がある。

マイナスと思っていたのに、実はプラスだった?

それ以前に、損得勘定ばかり考えて打算的になると
迷うばかりで自分が動けなくなる。

車を運転したいのに
運転免許証がなくても運転してしまえば
ルール違反(法律違反)と同じで、
踏み誤ってはいけないルールはありますが
それ以外、自分の中で迷うなら
ひとまず飛び込んでみると
無駄な経験って実はないのかなあと捉えています。

この絡繰りに目を向けられるようになり
心から自分が納得が出来れば
それからの人生は
とっても鮮やかな豊かさを帯びていくのかなあと
確定申告を期限内に無事終え
ちょっとばかり達成感にひたっています。

迷うなら進むべき?

まず迷いすぎると思考が鈍るし
動かなければ何も生まれない。

だからこそ迷うなら一旦は飛び込んでみるのも
一つの方法で
結局は自分がどうしたか?
であって
いざ飛び込んだ後、その経験を活かすも殺すも
自分次第なんですけどね。

さて、次の作業に迷わず動きます!








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posted by Michi at 14:02| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月10日

渡航での出張エステにつきまして。

先日、沖縄の花嫁さんから
当店へブライダルエステのお問合せがありました。

当店の公式HPをご覧になって頂いたようで
「ぜひビゼンへお願いしたいです。」とも
添えられており、
エステティシャンとして
この反響は冥利に尽きます。

このたびはご婚礼、誠におめでとうございます。
お問合せを頂き、有難うございました。

さて、私事になりますが
23歳にエステティシャンの扉を開け
この業界へ飛び込んできました。

良識ある大人へと成長している人が居る中で
20代前半の私と言えば
お世辞でも大人とは言えない
自分の中に持つ美容への信念はもちろん、人間性も然り、
自分というものがない、悪く言えば、中身の無い頃でした。

エステテクニックの美は、
人の内面と外面の両方バランスが整ってこそ磨かれ
輝きを放っていくもので
エステティシャンはその美を
追求するプロであるかと思っています。

これは、エステティシャン自身も
同様です。

しかしいざ業界へ飛び込んでみますと
私が入社した会社が異色だったのか
「エステティシャン=数字がすべて(強引な営業)」

この図式が当たり前に成り立っていたので
本懐を果たすべきはずの「美」とは
ずいぶんとかけ離れた現実に戸惑った記憶があります。

今でこそ、悪い側面だけだったとは言いがたく
エステティシャンとしての技量だけでなく
人間関係のいざこざや欲の表と裏が漂う矢面に立ち
できれば携わりたくないこの環境こそが
「エステティシャンとして、人として、何が必要なのか。何が人の道に外れたことなるのか。」
お仕事を超えて、人として、
確かに向き合うようになりました。

自分の中の信念が
逆に養われていったのはなんだか皮肉ですが
それをお給料を頂きながら経験できたと思えば
私にとっては無駄ではありませんでした。

とは言え仕事ですから責任がありますが
行き過ぎれば貪欲な空気感や雰囲気となって漂ってしまう。

隠そうと思っても隠せるものではなくて
お金を払う側へ伝わっていたはずだと捉えると
来店されるのはありがたいことですが
やっぱり個人の価値観で購入を選んでいるので
どちらがどう、とも言い難いのかもしれません。

エステティシャンとして4年目。

エステティシャンとしての仕事は
好きだったのですが
働く環境に正直疲労困憊してしまい
エステティシャンではなく
別の職業に変えようかという分岐点に立った頃。

まさにそのタイミングで
お友達から連絡があり
彼女の知人の地元蒲郡市で美容院を営む男性社長から
新規エステサロンを任せたい人を探していると
声がかかりました。

私は、エステティシャンではあるものの
人の上に立つような店長やマネージャーの経験すら
これまでの人生でありません。

自信なんて程遠いところにいたのですが
なぜか引き受けてみようと心が動きました。

表情は穏やかに。
内心は、責任を全うする。

毎月かかるコスト計を最低でも売上なければならない、
というのが私の立場の責任の一つで
常に数字がつきまといました。

当たり前のことを
当たり前にしても
思うような結果につながらず
簡単なものではありませんが
もがきながらも数字が安定していくと同時に
自営業という方向性を見出すきっかけになり
その経験がなければ今はありません。

あの時、覚悟を決めて
本当に良かったと思っています。

28歳で自営業者の扉を開け、
42歳になっても尚、エステティシャンとして
こうして公式HPを公にしながら
お仕事を続けられていますが
これまでの経験も然り、
私は恵まれているなあと最近、心から感じています。

昨年5月、結婚を機にこの岡崎市に嫁いできまして
エステサロンの店舗を借り
本業として、営業を続けようか
今でもよぎることがありますが
何事にも、理想と現実があります。

こうして、エステティシャンとして、
自営業者として、
私自身の心境や環境の変化があり
とても大切なことかと思い、
出張エステについての今後についてブログに更新致します。

私が東京都内から
沖縄へ拠点を移して生活を始めた2年の
2013年夏から2015年中は
東京都内からエステのお問合せを頂きましたら
多い時で月3回、
渡航でも関係なくほぼお受けしていました。

一番手の予約が入りますと
予約日を2〜3日定め、
その他の既存の方へ直接連絡したり
ブログで告知しながら
予約数を一定数確保し
出張にかかる航空券だけでなく、その他旅費交通費を
極力抑えられるようなアクションを
裏ではしていました。

当然、キャンセルもありますし
一定数予約を確保できない出張もあり
マイナスになる出張も
実は少なくありませんでした。

しかし、沖縄を拠点にしていた時と
今とでは
独身から既婚しただけをとっても
私のライフスタイルがまったく変化し
「交通費は別途かかります。」と
形式を変更し、提示しています。

そういったことを念頭に
先日のお問合せに自分がどこまで対応できるのか
シュミレーションをしました。

ブライダルエステ1か月プランであれば3回、
2カ月プランであれば6回、
一旦お受けすれば
その回数分、沖縄へ飛ぶことになります。

日帰りではまず無理なので
プラス宿代もかかります。
(宿代はこちらの負担)

しかし、第一に
エステテクニックは、旅行業社と違って
万が一前日や当日の予約のキャンセル者が出たら
予約した料金のすべてを100%を請求することは
ほぼほぼ難しいです。

事前振込という方法を取れば、
何の問題もありませんが
実はそれ以前に、

自分の身体なのに
体調がいつどうなるのか読めません。

エステティシャンもしたい。
母にもなりたい。
結婚生活も平穏に送りたい。

お店として、個人として、
どれだけ思いを込めても、
すべてを手に出来るほど甘くはありません。

こうして冷静になるよう務めていますが
昨年夏前に沖縄那覇サロンをクローズしても尚、
人の目に留りお問合せの流れが続いていること自体が
数に関係なく、大変ありがたいことだと思っています。

カタッ苦しく考えずに
「お問合せを受ければいい」
とも捉えられるのかもしれません。

しかし、
「お金を頂く’健全な環境’がプロとして今、自分にはあるか?」
というプロとしての軸にあてはめて考えてみますと
今の私の状況では曖昧さが際立ち
迷惑をかけてしまう可能性は拭い去れず
先日のお問合せには
お断りのメールを入れさせて頂きました。

’健全な環境’と
一言にしても受取り方は人それぞれですから、
今後、どこかのタイミングで
私が考えるサービスの’健全な環境’について
このブログでまとめてみたいと思います。

上記の諸事情から、
渡航(私が今岡崎市に住んでいます)での出張エステは難しくなるため、
どうぞご理解頂けますと幸いです。

このたびは、私自身の勝手な都合でお受けできず
誠に申し訳ありません。






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posted by Michi at 10:44| 告知・自己紹介

2019年03月09日

分かっているけどやめられない。

こないだ主人と
近所のカフェバーへ行ってきました。

知っている人ならこの画像を見て
あそこじゃん!とピンときているかもしれませんね。

はい、人情味あふれる個性的なオーナーの
あのバーです^^

13-1.jpg

バーと言えば
食事を済ませ、2件目や3件目にはしごして
軽く飲むお店だけど
ここはがっつり夕食を目的にできるほど
バーと言えど、食事メニューが本格的なので
個人的にはありがたい。

この日もお腹を空かせて行きまして
お店が静かなタイミングを見計らって
「がっつり食事をしたいのです。」
と伝えましたら
ステーキ定食を出してくれました。その画像です。

元々某ステーキハウスで修行を積んでいるオーナーなので
肉料理はお手の物。レア加減は抜群。

ちなみに画像左手の
異なる形状のお肉は
脂部位だけを切り取り、焼かれています。
(以前、牛脂が得意ではないと伝えていたので)

個人的にステーキを食す際は
ワサビオンリー派なのですが
この画像は
欧米人が好みそうなTHE赤身肉!だったので
ウニ醤油やおろしポン酢が良く合いました。

オーナー一押しなので
これを目的に来るお客さんも多いのでは
と個人的に感じるほど
大変美味しく頂きました。

とても美味しいステーキに食らいついて何なんですが
実は、私、牛脂が得意ではありません。

単なる個人的嗜好ではなくて
悲しい体質から来ています。

私は、牛肉(内臓も含め)を食べ過ぎると
必ず顔に吹出物ができてしまう。

おまけに、翌日便秘になる。

なぜか牛肉だけに限り
食べ過ぎるといっても大量を食すわけでもなく
一人前の半分の量を超えたら、ぶつぶつに(´;ω;`)。

銘柄ある高級霜降り牛だろうと、
もつ鍋だろうと、
ビーフオンリーのハンバーガーだろうと、
焼肉だって、牛肉は美味しい〜!と
舌は感じているのに
味見する程度の量しか楽しめず。

なので、頂いたステーキの7割以上は
主人の胃袋の中です。

牛脂が自分の体質に合わないということは
生クリーム、牛乳、チーズ、バターといった乳製品、
あとはインスタントラーメンやインスタント焼きそば等も
実は私の体質に合いません。

やっかいなのは、美味しいと感じていること。

生死にかかわるほどのアレルギーでないことだけが
本当に救いなのですが
ほどほどの量で抑えなければならないのは
さみしいものがあります。

20180711-3.JPG

なので、
大豆で出来た生クリームや
バターを使わないクッキーなど
自分なりに工夫して手作りするしかなく、
昨年、沖縄の大きなキッチンがある賃貸に住んでいた時に


過去にこの手のブログを公開していましたが
ダイエットは表面的な理由で
根本はここにあります。

外食をして、美味しく牛やスウィーツを食していますが
自分の体質に合わないと念頭に置きつつ、
ほどほどに抑えていますが
家ではそうもいかずあせあせ(飛び散る汗)

デスクワーク中は、
知らず知らずに食べ過ぎてしまい
なので、さいきんはほぼ手を出していません。

これは食物に限らず、所謂
ほどほどにしておけばいいのに
「分かっているのにやめられない。」類。

他者がどうのではなく、
自分がどうか、ということ。

「やめなさい。」と
幼い頃に家族に叱れてきた事や
社会人になってから回りの大人に注意されることって
無いだろうか。

親から自立し、
社会生活を積んでいく中で
一般常識が身についていくようになってから
これまで自分に注意をしてくれていた側の心が
気を回せるようになると
「やめなさい。」と言ってくれる背景には
実は自分を思いやっている有難い警告だと
気づく瞬間がある。

プラス、
病気や体調不良など、痛みを伴って
初めて、自分の体質に合わない、
自分にとって悪い(良くない)という
他者の声から自覚に変わる。

裏を返せば、
自分の体質に合っていない、
自分にとって悪い(良くない)ことを孕んでいるのに
痛みも症状何一つ表れず、
誰にも何も言われなければ
そもそも気づかないし、自覚すらない。

「言われるうちが華だ。」とは良い喩で
実は、自分にとって不都合な
耳の痛いことしか言わない周りの声は
有難い警告だったりすることが
歳を重ねるほど、多いような気がしている。

そもそも、嫌われ役を敢えて買ってでて
相手を否定するような事を言えるって
とても勇気ある行動ではないだろうか。

ただし、第三者のフィルターを通っていて
一概には言えないという
自分の冷静さは当たり前に必要で
やはり自分次第ということになるが
どれだけ自分が
回りの声に耳を傾けられるか
そこを試されているような気がしてならず
今回のブログは、
「分かっているのにやめられない。」に
フォーカスしてみたい。

例に挙げた私の体質に合わない理由は
吹出物や便秘の症状が原因を教えてくれた。

実はこれ、実験済。

そもそも、ニキビって
思春期の皮脂分泌が多い時期にできるもので、
大人になるにつれ、肌の水分量やコラーゲンの自然な低下と共に
吹出物はできにくくなっていく。

なので
30代をゆうに超えた大人の肌に吹出物ができてしまうこと自体、
自然ではないという理論を念頭にして、
確か20代後半の頃かと記憶しているが
自分の肌体質は、何を食べるとどう変化するか、
少なくともトラブルのない肌を維持できるのか
一定期間、実験したことがあった。

それで、牛(乳製品)にたどり着き
同時に便秘も改善したという訳です。

※これは、あくまで私の体質で、
牛肉は美味しいと内心は感じているので悪しからず。

理由や原因に目を向けるようになると
今まで気づけなかった
自分の行動パターンが見えるようで案外面白い。

話はずれるかもしれないが
今gyao!で無料配信されている
「クリミナル・マインド」を毎回視聴している。

FBIが異常犯罪をプロファイルにあてはめて
人的事件を解決していく短編物語。

「人の行動には理由があり、必ず原因がある。」

始めはぼやけていた犯人像も
加害者の行動パターンから理由を緻密に探っていくと
趣味嗜好は勿論、育った環境、住まい、職業、年齢、人種まで
おおよそ分かってしまい
原因にたどりつければ、犯罪の目的が明確になり
人物が特定されるという。

「知りたいのはなぜその犯罪をしたのか犯人の理由なんだ。」とは
印象深いセリフ。

フィクションのドラマだけど
様々な事件解決を通して、
心の闇となる原因を
行動から分析している様を垣間見ていて
現実にあてはめられるからこそ奥深い。

また、これも最近よく視聴しているのが
日本の非行、家庭内暴力、引きこもり問題に取り組んでいる’加藤氏’

私は、Youtubeからその活動を視聴している。

何度か、某メディアに
特集を組まれるほど信念と熱意を持ったやり手の事業家で
私が観ていて感じた
彼にも共通していたのが
「行動には理由があって、必ず原因がある。」という主張。

元暴走族の総長をしていたようで
自分自身の生い立ちの理由に目を向け
やがて虐待をしてきた実父を認めた時、初めて
自分の弱さが原因で
非行に走ったことに気づいた、と言っていた。

こうした実体験をすべてのベースに
今、向き合っている相手の痛みが嫌というほど理解できるからこそ
本人が自分の心の逃げや弱さだと
直視できるまで逃がさず、徹底的に向き合わせるという。

大げさにやっているシーンも
多少なり在るのかもしれないけれど
やらせではないことが
スクリーンを通して、すぐに分かった。

賛否両論も覚悟の上、という潔さも含め
会ったことはない人だけど
共感出来る点が多い。

クリミナル・マインドも然り、
加藤氏も然り、
子どもだけに限らず人の行動のきっかけが
たとえ他者が引き金だったとしても
結局は、自分の弱さが原因で
行動しているという共通点。

そこに直視できず
人生から逃げ、「これがワタシなの。」と弱さを自分で肯定し始めた時、
人の道を踏み誤ると言う。

だから、早く気づかせることが大切だと。

実は、非行や、家庭内暴力、引きこもりの理由は
育った環境(親)が引き金になっているケースが多く、
親が子に
「ダメなものはダメ」
「悪い事は悪い」
と躾けられない在り方に
弱さや逃げを生む根本の原因があると指摘している。

親に対して、加藤さんが厳しく伝えるシーンもあり
親としての在り方に、大いに問題はあるが、
結局は自分次第なんだと本質が
他人事ではないといつも感じている。

「分かっているのにやめられない。」
習慣はいつしか度を超えてしまう恐さを孕んでいて
言葉は美しくないけれど、これが依存の仕組み。

・食べ物、お酒、たばこ、ギャンブル、買い物、ドラッグ、暴力、恋愛

・趣味嗜好、占い、新興宗教、自己啓発

前者には形が有り、度を超えればいつか身体が警戒音を鳴らすが
後者には形が無い、度を超えても身体は警戒音を鳴らさない。

自分の身体が警戒音を鳴らすか、
それとも第三者が警戒音を鳴らすか。

いずれにしても
行動の行く末を冷静に読む目さえ養えれば
誰かに言われる前に、痛みを伴う前に
自覚できる。

のは、理想で
「分かっているのと出来る事は違う。」
と一筋縄にいかないのが
人らしい人なのだと思うし
大切なことは
右往左往しながらも
どこかのタイミングで行動に変えられれば
少なくとも自分の人生にとって
マイナスに働くことはないのかと感じている。

ダメなことはどこまでもダメであって、
何事も、度を超えず、ほどほどに。

「分かっているけどやめられない。」と
その理由や原因の本質を冷静に捉える人ほど
健康だけでなく、人生の豊かさやチャンスも
つかんでいくのかもしれない。






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posted by Michi at 08:06| 穴場なグルメ店

2019年03月08日

お味噌汁の旅。

お味噌汁って毎日(頂き)作りますか?

私は、嫁いでからお味噌汁を毎日作っています。
独身時代は、自分のための自炊なので
お味噌汁を作るのは月数回程度で
今、こうして毎日作っているなんて
考えられなかったなあ。

相手の好みに寄り添おうとすると
メニューが変わりますね。

いざ、毎日作り始めますと
毎日同じパターンでは作っているこちらが飽きてしまい
赤味噌が切れたら、次は白味噌と
ローテーションしながら
自分なりに工夫していました。

ある日、主人が仕事関係者と話したそうですが
「俺や周りの人間が三河人なのか男性陣はほぼ赤味噌派だよ。」
となり、以降、ローテーションしなくなりました。

つまり、白味噌の味噌汁をあまり好まないあせあせ(飛び散る汗)

35.jpg36.jpg

お味噌汁と言えば赤味噌!赤味噌と言えば、カクキューでしょ〜
と聞こえてきそうですが
これは三河人にしか通用しない常識なのかもしれません。

日本は味噌文化ですが
関東は赤味噌、
関西は(京都)白味噌、
その中間にいる中部は、赤味噌は、白味噌、ミックスでしょうか。

私はこれまで東京都内と沖縄、
そして今は岡崎市に住んでいるのですが
お味噌汁一つとっても
地域事に分かれるなあと食文化の違いを目の当たりにしました。

しかも、南へ向かうほど
調合が甘めのような。

お味噌は、
生産地によって大豆、米、麦など原料が異なり
発酵期間が短いと麹の甘味が強い白味噌、
逆に発酵期間が長くなると塩分濃度の高い赤味噌になるそうです。

ちなみに
前述しましたカクキューは、
地元岡崎市でお味噌を製造する
19代続く老舗有名企業。

愛知県で作られたこの会社の豆味噌のみ
「八丁味噌」と称される自信の商品だと伺えます。

赤味噌の色って、着色ではなく、
赤褐色になるメラノイジン成分が
発酵熟成中に大豆のアミノ酸が糖分と反応して起こる色。

その成分が
老化や血管の老朽化を促す活性酸素を除去する効果が強く
新陳代謝の促進を促すと言われます。

美容のためにも、積極的に食したい。

岡崎市民としては、断固八丁味噌!
と思いきやスーパー、コンビニでも
異なるメーカーから多種多様なお味噌が売られていまして
味噌量200gに対して100円代から600円代まで料金も様々。

嫁いでから
いろいろなお味噌に手を出した結果、
前述の画像にあるカクキューが一番口に合うと
夫婦共々同じ意見で
今はここに落ち着いています。

お味噌一つとっても
商品によって味が全く違い
カクキューの回し者ではないのですが
とにかく、美味しゅうございます。

ちなみに
我が家のお味噌汁のレシピ(お椀2杯分)は、
葱、お豆腐、揚げプラス、
以前更新したブログにある煮干し粉を小さじ2
を都度投入。

お出しは、
削り節を煮立たせ、使う日もあります。

あとは、
玉ねぎ、白菜、ニンジン、シメジ、椎茸、エノキ、あおさ、わかめなどなど
冷蔵庫にある材料を使い、
火にかけます。

野菜がしんなりしてきたら、一旦止め、お味噌を投入し、
10分程放置(野菜にお出しの旨みが染み込みやすくなる)してから
お味噌を溶かし、再度、温めて出来上がり。

ちなみに、
お湯を注ぐだけで
美味しいお味噌汁が一瞬で頂けるレトルトは
とても美味しく作られていますね。

今私は自炊に時間をかけられるので
ほぼ買うことがありませんが
パックってほんと、楽。

手が回らない時は、
レトルトを利用する日もありで
そのくらいお味噌汁は
一日1食は、なくてはならない欠かせない代表メニューです。

お味噌汁を毎日自分で作ってなんなのですが
こうした地味に思える日々の積み重ねで
家庭の味って
築き上げられていくのでしょうね。





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posted by Michi at 08:39| 主婦の無添加家庭料理

2019年03月07日

姿勢や雰囲気はお金で買えないからこそ。

おはようございます。

先日は、中学校の入学式でしたね。

入学式には欠かせない桜が
この三河地区では
満開かのような木々が所々咲き始めていて
先日は車で運転中に見かける生徒たちの初々しい笑顔に
こちらまでぴしっと
気持ちが引き締まるようでした^^

入学生のみなさん、おめでとうございます!


13-4.jpg
13-3.jpg
13-2.jpg
(画像の桜は祖母が入居しているホームのエントランス。
あまりに美しく、撮影しました。)

さて、初々しい、ご本人は
この先何が起こるのか、何が待っているのか
期待や不安が入り混じった心境でしょうか。

どんな毎日が待っているのだろう。
どんな人との出逢いがあるのだろう。
どんな自分の変化や成長があるのだろう。
何を学んでいくんだろう。

いいですね、こういう心境。

新しきを迎えるには’きっかけ(転機)’が欠かせない。

学生時代は、
学校がきっかけを設定している。

会社勤めであれば
会社がきっかけを設定している。

転職や引っ越し、
新しい人とのお付き合いや結婚や出産、
そして年の瀬も同じきっかけ。

まだ先が見えぬ不安や期待は
いざ始まった毎日の積み重ねでやがて慣れ
初々しさから脱皮し
自分なりへと成長していく。

去年の今頃はどんな自分だったか?

去年を振り返ってみると
自分の変化を見直すきっかけになり
案外面白い。

過去に執着する、というわけではなく
去年の今頃、自分は何を考え、何をしていたか。

ちなみに去年の私は、那覇で最後の独身生活を送っていた。

この月下旬に入籍をする予定で、
翌月末には引っ越しを控えていた。

方向性は決まっていたが
現実は慌ただしかった。

引っ越し業者を利用したくなかったので
大型家具の一部は
リサイクルショップに買い取ってもらったり
近所のお友だちが引き取ってくれたり
沖縄でセラピストとして起業の準備をしていたお友達に差し上げたりして
それ以外の仕事の物品や
私物の生活用品、衣類の全てを自分で毎日コツコツと
梱包していた。

20枚近い伝票を自分で手書きして
ゆうぱっくや、配送業者に連絡をして
回収に来てもらったり
そんな作業と確定申告の作業と引っ越しの諸手続き、
それだけでも手一杯なのに
ギリギリまで仕事をしながら
同時進行を2月から4月末まで続けていた頃。

汗を流し3キロほど痩せたけれど
遠距離中の主人との付き合いも、
これから嫁ぐ新生活も、
今の私から去年の私を見たら、とても初々しい。

今思えば嫁いでから10カ月だったけれど
関わる人や生活環境が一変したことで
自立とは何か、
夫婦としての責任とは何かを向き合い、
規則的な生活を送る日々を積み重ねながら
これまでまったく目を向けてこなかった自立や責任を
考え、初々しさから脱皮した。

嫁いだばかりの頃は、
主人の実家で義親と同居を続ける予定だったが
結果的に今月末、
私たち夫婦だけでの新生活の引っ越しに至っている。

ここまで至った過程は右往左往してきたが
自分なりに執着しない在り方を徹底してきて
本当に良かったと思っている。

執着は、これまでの在り方や1つの在り方にこだわり、
断固変えようとしない
変化や新しきを受け入れる姿から
真逆の在り方を指す。

たとえがずれるかもしれないが
以前こんなことがあった。

私のすぐ前を、
茶髪で巻髪にして、鮮やかな装いで
タイトのミニスカートと10センチ以上のヒールを履いて
20代?かと思う人が歩いていた。

でも、どことなく歩き方がぎこちなくて
なので目に入り、その人がふいに振り向き気づいた。

たぶん50代の女性。

逆に、肩にかかるほどの緩いヘアーアレンジで
少しゆとりある白いTシャツに
ゆとりあるGパンにスニーカー。

どこでもあって、誰でも着てそうな装いをした
なんとなく品よく歩く後姿で
この方も50代にみえた女性だった。

一見すると、
年齢関係なくチョイスできそうな衣類でも
ヘアースタイル、アクセサリーだけでなく
その人自身の姿勢や雰囲気が
実年齢の一部になっているのだと確信した。

もっと言えば、お金で買える物品はどうにでもなるが
姿勢や雰囲気はお金では買えない。

私も気を付けなければ、と思った。

若い頃のままの自分だと思っていないか?

こんな時に’執着’という二文字を引用する。

執着は、心地よい安定や安心を与えてくれるけれど
裏を返せば、
等身大の自分を冷静に見つめるきっかけだけでなく
新しい環境を受けれるきっかけを
自ら断ってしまうのと変わらない。

面倒な事、心が折れる事が起こるたび
その現実から目を背け、
自分を遠ざける変化は逃げで
単なるわがままだが
そうではなく人は、年齢的な変化、
社会的な変化、生活の変化、人の変化、
きっかけを自ら受け入れ、
そこから自分ならどう在りたいか考えながら変化を続けるのが、
人の成長なのだと思う。

変化したばかりの慣れない自分に
初めは違和感があり、
これが第三者には初々しく映る。

でも結局、元の自分に戻ってしまえば
同じこだわりや、同じ所に留まり続けることであって
視野が狭まるだけでなく
古い人として脱皮できない偏ってしまい
悲しいことに
それが姿勢や雰囲気に醸し出してしまう。

そういった意味で
断捨離はいい機会。

私にとって、関わる人や生活環境の変化は
厳しい教師に化しているかのように
まったく穏やかではなかったけれど
今まで見えてこなかった心の視野を広げ
考えもしなかった思考を巡らせた。

自分は安定安心を求めるのか。
変化を求めるのか。

自分がどちらを求め、行動をしているのか
その正しい答えは
自分の姿勢や雰囲気に間違いなく漂っているものだし、
答えの着地点は生きている限り、
今が着地点なのでしょう。

鮮やかな桜が開花する春を眺めながら
心をクリアーにして
そんな自分を物思いにふけるのも
いいのかもしれません。






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posted by Michi at 08:02| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年03月03日

新しいタイトル、何事もほどほどに。

もう3月が始まっていますね。

私は、日々の生活を送る中、
会計事務の作業をコツコツしたり、
これまで経験したことない病院通いで
あっという間に1か月が過ぎています。

実は、治療を始めて、新たに身体の不具合が発覚。
(数値が正常値から外れている箇所あり。)

それが原因で妊娠しにくい、という前提から
別の病院へ足を運んだりと世話しないですが
正直、痛みがありません。

独身時代の私なら、
病院通いをストップしているところですが
(病院が好きではない。)
そもそも万が一あった時、
そばに居る人に真っ先に迷惑がかかる。

私はこんなに元気(肉体はまだ若いつもり。)なのに
身体の中は、着実に老化し始めているんだなあと
ここへきてようやく冷静に向き合っております。

逆に、主人のお友達夫婦の奥さんが
私と同じ歳の42歳なのですが
自然妊娠から再来月に出産を控えた明るいニュース!

ということで
自分への励ましや
穏やかな日々を送るため、
そして、幸い実を結んだ時にアルバムを見返してみたい
自分の中の興味心と、
無事妊娠できても、出産に至らないケースが
40代高齢妊娠のリスクとも言われますので
「40代の妊娠と出産に向けて」という
新しいタグを今日から設定しました。

171218_080244.jpg
↑牧志駅前のシーサー。

さて、私ですが
今でこそ、専業主婦を軸に
ブログを更新したり、
エステや主人の会社の会計事務をしたり、
病院へ通う生活を送っています。

特に不妊治療は保険対象外に該当することもあり
何かとコスト高ですが
当店が扱う基礎化粧品を購入して下さっている方のおかげで
私の収入になっており、
何より基盤には、
主人が日々働いてくれているからこそ
成り立っている生活なので
私にはこの環境が
有難いとしか言いようがありません。

逆に、昨年の今頃は
那覇で一人暮らしをしながら
生活空間でエステサロンをしたり
アルバイトをしたり
働きづめの今とは真逆の生活を送っていました。

沖縄を発ったのが昨年の4月末ですがそれまでの2年は
母の体調不良が大きなきっかけになり
那覇と実家愛知県間を月2回、
出張エステ兼帰郷を目的に通っていました。

母が体調を崩すその前の2年は、
表参道でエステの営業を続けていたので
那覇と東京都内間を月3〜4回通っていました。

私の移動の労力は、
体力的には正直辛い時もありましたが
気持ちは、趣味と実益を兼ねたようなリセットで
楽しんでもいまして。

出張エステをご利用して下さったみなさん、
本当にありがとうございます!

基本、お休みなく働く。

敢えてこんなライフスタイルを
自分なりに楽しんできたつもりです。

セントレア1.jpg
↑中部国際セントレア空港

先日も、担当のお医者さんに
「生活習慣の変化やストレスから来る原因は大きいので、なるべく穏やかに過ごして下さいね。」
と言われました。

しかと心得ております、と内心でしたが
振り返ると、行き過ぎた生活が
自分の中で確実に度を超えていき
少しづつ体の中で体力的な負担が蓄積していったことが
今に持ち越されているのかなあと
無理が効かなくなるのは
確実に年齢かと素直に認めました。汗。

なので、当たり前のようで
私には当たり前でなかったので
穏やかさが大切なのかと。

体力も仕事も食事も
人間関係も
度を超えてしまうと
いつか必ずそのしわ寄せが
自分にくるという仕組みなのでしょうかね。

何事も度を超えないよう、ほどほどに。

まずは40代の健全な妊娠に向けて、
穏やかに日々過ごすことが基本中の基本。

ということを
今日のブログとして締めたいと思います。

さて、人参のしりしりでも作ろっと。





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posted by Michi at 10:43| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月24日

アラフォ同志の結婚の極み。


生活空間へ、春を呼び寄せました。

4-1.jpg4.jpg

私事ですが
ちょっとした区切りがあり
とあるアラフォ女の結婚記とします。

前編:出逢い

一昨年の夏に
’初めまして’と顔を合わせた私たち夫婦ですが
「自分は一生結婚しないだろう。」と
特定の女性とのお付き合いを敢えて10年絶ってきた主人が
初めてのデートで私との将来を築こうと
静かに心を固めた、と言います。

男が心を固めるって
何がきっかけで心が動くのか
純粋に興味を持った。

出逢った時、私は那覇に住んでいて、
主人は岡崎市に住んでいた。

岡崎市は、私の実家の隣町で
それぞれの生まれが他県でもないし
実は地元民同士の出逢い。

なので、後々に
周りには共通の知人友人だらけだったと
分かったのですが
私たちがなぜこれまで顔を合わせてこなかったのか、
それとも1度会ったことある?
と、不思議なくらい
近しい距離にお互いの存在があった。

チャンスは実は目の前ある、
という定説が
私たちのケースにはぴったり当てはまった。

でも、生活環境は、会いたくてもすぐに会えない
沖縄と愛知との立派な遠距離恋愛。

なんだか、へんてこな距離感だなあと思いつつ
その距離が逆に背中を押すかのように
関係はすぐ深くなりました。

なにせ私たちは
私、41歳で主人は一つ下のアラフォど真ん中。

人の本質に自然と目がいってしまう
人生の酸いも甘いも
それなりに味わってきた者同士。

相手との確かな感覚を
互いに嗅ぎ取ったせいか
婚姻届けのサインには大した抵抗もなく
いってみれば自然な流れ。

数年間、関係を温めるのが世間一般論なら
出逢ってから会った日数が1か月も満たず入籍に至った
私のケースは
世間とは逆を走っている。

こうしたケース、実は
私たち夫婦に限らず、私の周りの夫婦にも
いるにはいるアラフォ婚スタイル。

事の進み具合があまりにスムーズで
入籍はあくまで社会的なルールに則っただけのことで
まるで川の流れに順応しているかのよう。

ただ、結婚に伴う責任もそれなりに捉えていて
若気の至り、ともまた違う。

感情はたいして高ぶらず
動作は淡々と。

というのが分かりやすいたとえなのかもしれない。

主人との出逢いは、
共通の友人の紹介でした。

私と紹介者の間柄は、兄貴的な存在で13年の付き合い。

主人と紹介者の間柄は、紹介者が営む飲食店に
主人がお客として行ったのがきっかけから
友人関係に発展し5年の付き合い。

主人と出逢う2ヵ月前。

たまたま紹介者とのたわいもない会話から
男性の条件はないのか、と聞かれ
「20代でない健康な方ならどなたでも。」
と伝えた結果、主人が挙がった。

年収〇円以上とか、
仕事がどうとか、
立場がどうかとか、
大した条件は伝えなかった。

結果的に、主人は
会社を経営する社長だったのですが
(実は紹介者も知らなかった)
もし同世代の女性に
「年内には結婚したいけどどうしたら?」と相談されたら

「条件は一先ず置いておいて、人間性を重視したいと在り方を持てれば結婚は近いのでは。」って
今の私なら、迷いなくこう言うだろうな。

紹介の場合、
まず自分自身が
紹介者の第三者フィルターを通る。

つまり自分がどんなタイプの人間なのか
自分以上に客観的に見られているということ。

実年齢に合った聡明な女性でありたい
と心の底では務めているつもりでも
今日明日着飾ったからと言って
そんな敷居の高い自分を演じられるほど
器用にできるものでもないし。

まさに、紹介とは
信頼関係の末に繋がる縁、とも言えるし、
もっといえば、日頃自分がどんな人たちと交流しているか
自分の未来を色づけているといってもいいほど大事。

だからこそ、自分の居住まいは常に正し、
人付き合いも冷静にありたい。

主人を紹介した沖縄の知人男性が
「彼のような掘り出し者、よく見つけたねえ。」と
男視点からのコメントが
私には妙にくすぐったかった。

たぶん、普通に生活して
偶然主人と出逢っても
まず関係が深まる可能性は薄い。

そのくらい、お互いに
癖のあるタイプだと自覚を持っているから。

私は女なので
100%男心は分からない。

ただ、仮に自分が男で
それなりに社会経験を積んできて
それなりに日々の生活を営んでいる立場にいて
女性を選ぼうとしたら
どう考えても40超えた年増より
ぴちぴちの20代を迷わず選ぶだろう。

だって、これが生理的な男の本能だから。

男性が若い女性を目で追いかけてしまうのは
雄の本能からきているもので、
ある意味仕方ないというか
男として健康の証。

つまり、敢えて本能に逆らってもらい
感情ではなく理性を超えて頂けなければ
アラフォ女が選ばれるのは年齢だけ取っても
かなりのリスクを背負っている。

なので、自分に縁が巡ってきただけでも
御の字。

安くない化粧品にお金をつぎ込み、
プロの手を借りてメディカルやエステに通い
美の努力を影ながら積んできて、
「40には全然見えないよね。」と
周りに称賛されても
実年齢は年齢だという事実は
冷静に持っていたい。

私は自分がその歳になって
世間の目から見た自分という現実を
ひしひしと感じ、身の丈を知った。

そう考えると、
’結婚相手の条件’
なんて口に出す事が恐れ多くて
「紹介」という話題が自分の前をちらついただけでも
恵まれていると心底思った。

ようやく、目の前に表れた相手に対して
したたかな付加価値には目もくれず
ただただ人間性だけを実て
自分の心を真っ新にするように務めた。

これって私が特別でも何でもなく
これこそがアラフォ女性の賢い強みではないだろうか。

相手を知り、相手に寄り添う。
私はそこを自分なりに活かし
こうして1度目のデートは
ただシンプルに質だけを重視した。

条件って、
自分が一番良く分かっているもので
結局は、自己主軸なわがまま。

仮にお金が条件の一つなら
結婚してから、夫婦で築いていっても全然遅くはないし、
この条件だけは譲れないの!と走ると
実は、多くのチャンスが
自分の目の前から通り過ぎているのかもしれない。


後編:結婚生活

新しい出逢いが実を結び、
無事入籍したら、それからは結婚生活が始まります。

結婚は綺麗ごとでない毎日の生活で
結婚が人生のゴールインではなく、
まさに幕開け。

なので私は
恋愛と真逆な結婚が始まり、
避けられない責任が伴う、というブログを過去に更新しました。

私自身、この10か月間の結婚生活で
「すべて自分の行い次第。」
と心から納得するようになってから
ささやかな生活に
温っかい幸せをかみしめられるようになりました。

結婚っていいな、と。

なので
真の結婚は綺麗毎では語れないと
思っています。

さて、昨年5月ですが
私は那覇での花の一人暮らしを終え、
主人の実家へ引っ越してきました。

恋い焦がれ、燃え上がるような恋愛を
飛び越えてしまったような
新婚とは、かけ離れた現実への突入です。

今までまったく違う生活スタイルを送ってきた者同士が
一つ屋根の下で
ある日突然生活を共にするわけで
さらに私たち夫婦の場合、二世帯住宅でもなく
狭い一軒家に義親夫婦との4人の同居生活の突入。

(結婚生活は旦那の親との同居、というケースで
以下記事は進みます。)

洗剤好みや皿の収納の仕方ですら違う。

目玉焼きは、醤油派?ソース派?

小さいことだけど
たったこれだけでも
夫婦のすれ違いになる可能性を秘めているし
そこに義親が加わって、さらに複雑。

ここで、改めて気づいたことは
一人一人がそれぞれが自立しているからこそ
同じ屋根の下で穏やかに生活できる
大人としての思いやりであって、
生活をうまく成り立たせるために
個々の自立は外せない責任とも言える。

そもそもなぜ、配偶者と言うか。
一人でも、責任の意味をはき違えていたら、
周りに迷惑をかける。

私はまず目の前の主人を第一に考え、
だからと言って100%主人の好みに
合わせるほどの窮屈さも持たない。

基本的には主人の好みに寄り添おう
程度にとどめていて、
今のところ問題なく夫婦生活が送れているので
この在り方で間違っていないと
自分なりに感じています。

そして、綺麗ごとでは語れない
どの夫婦も向き合う金銭感覚。

お財布が夫婦一緒の家庭もあれば
まったく別々の家庭もあって
人の数だけ夫婦の在り方がある。

お財布が夫婦一緒だった場合、
独身時代に思う存分自分のためだけに使えていたお金も
結婚したらそうはいかず、
お互いにお金の使い方は
冷静にならざるを得ない。

必要か、不要か。

シンプルに取捨できるのが理想だろうけど
なかなかそうもいかないのが現実。

そうなると
「何のためにお金を使うか、何のためにお金を貯めるか。」
その軸を夫婦でいつも話し合い、
着地点を合わせることを私は大切にしている。

ここがずれてしまえば、小さなずれが、
やがて大きなひずみを生んでしまうから。

私なりに紆余曲折しながら
結婚とは?
夫婦とは?
と本気で向き合うようになってから
「親は親の人生、子は子の人生。」
シンプルにここが夫婦の守るべき優先だと
滾々と主人に伝え続け、
私が嫁いだ当初は義親との同居が前提にあっても、
結果的に、
私たち夫婦はその家を出るに至っている。

おそらく、二人が生きておられる間
家に戻ることはない。

感性豊かな方であれば
その理由を言わずして
なぜ家を出たのか理解されていることでしょう。

結局、家族であっても
甘え頼りきる在り方は責任転嫁な甘えであって、
まず周りに迷惑をかけてはいけない。

今の生活水準は
これまですべて選択してきた自分の責任であって
足りないからと誰かに頼るのではなく、
先を見据え行動しながら身の丈の中で生活する。

これが人の道というものだと
深く考えさせられた。

相手を責めても何も生まれないし
大切なことは、感情ではなく、理性でどう動くか
他の誰でもない
自分自身を試されているような
義親との同居は、私にとって結婚試用期間を
無事終えたような気分です。

結婚とは、まさに日々の生活の積み重ねで
現実は、ここにあって
出逢いから結婚生活のアラフォ同志の結婚、万歳!の極みとして
締めくくりたいと思います。

きっと主人以上に
私の中だけが持つ静かな区切りなのかもしれませんが
「春を迎えよう。」という
厳かな気持ちです。

ほんの一輪に過ぎないけれど
今回ばかりは
梅華の存在感が春を歓迎してくれているようで
私の思いは一塩です。

私に限っては
主人との恋愛話はネタが乏しいため語れませんが、
結婚の現実は語れます。はは。



補足:

先週、無事終えました。

これも、私の中の
春の歓迎の一面にもなっているわけですが
それにしても痛かった。汗。

臓器の内部を針でぐさっと刺されたような痛みが一瞬走り、
「先生、こんなに痛いもの?ちょっと止めてもらえますか?」
と言ってしまいましたもの。汗。

とにかく一瞬の激痛でしたが
有難いことに
仲良くしているお友達が
たまたま最近、同じ病院で検査を受けた実体験を聞いていたので
前回、検査を見送った時とはまったく違う
おおらかな気持ちでいられただけでも
私の緊張感は実は
さほど深刻ではありませんでした。

気持ちのもちよう、とはこのことですね。

私だけでなく、主人も懸念していた
妊娠しにくい体質かどうか。

今回の検査によって、
問題ありませんよ!と太鼓判を押され
安堵したわけですが
検査の後。

自分の下腹部に何か遺物が残り
歩行すると張るような違和感が身体に残っている状態だったので
仕事中の主人に「夕食の準備をせず身体を休めたい。」と
連絡を予め入れておきました。

しかし、違和感のような痛みは
時間が経つほどにゆるやかになり
「疲れて帰ってくるのだからせめて簡単なものを用意してあげよう。」と
ボタン1回押すだけで出来る
焼き魚を準備しました。

「焼き魚もいらない。とになく横になっていて身体を休めていて欲しい。」
と主人の優しさに触れた時はさすがに、
私の身体は、すでに私だけの身体ではなくて、
子作りって夫婦で向き合う大切な課題なんだなあと
温かい気持ちというか、
穏やかな気持ちが
自分の中に広がっています。

向かうべき道は将来であって、
捧げるべき労力や金銭も
他者ではなく、自分の将来であって
あくまで身の丈の中で貫くこと。

だからこそ地に足をつけた
生活を送れるわけであって
向かうべき道が他者に、
捧げるべき労力や金銭が他者に向かっていた場合、
たとえ身内でも身の丈を超え、
周りに迷惑をかける。

夫婦として生き抜くために
自分は何に目を向けるべきか
考え、行動し、発言し、
その本質を間違っていないか?

立ち止まり、考える、の日々繰り返しですが
もし、よい方向であるなら
川の流れのように
優しく自分の背中を押してくれるものかもしれないと
あれほど引っ越しを避けてきた主人が
今では穏やかな表情で引っ越しを受け入れている姿から
私のかすかな手ごたえになっています。

アラフォ同士の結婚、人それぞれかと思いますが、
私には合っているようです。






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posted by Michi at 09:33| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月22日

物足りないくらいがちょうど良いバランス。


川崎へ行った時のくすんだ空模様、画像に残します。

お天気なんですけどね、ちょっと残念でしたけど
ポカポカした陽気で気持ち良かったです。

1-3.jpg
1.jpg

横浜のお友達が
Facebookで「今日は花粉症がひどくて辛い」
とつぶやいているのを見たのですが
4年半の沖縄生活で封印されていた私の花粉症も
ここで再発を遂げました。汗。

さて、
川崎駅近くのスターバックスで
作成した記事に少し手を加え、
今日の記事にしたいと思います。

こんなこと、考えていました。

私は、
20代後半から東京都内へ引っ越し、
世田谷で4年、渋谷神宮前で5年、関東で生活をしていました。

6年経った今では
地元岡崎市の生活がすっかり板につき、
川崎エリアですら大都会だなあと思い、
生活空間の変化だけでなく、
自分の価値観や感覚の変化を味わっています。

生活空間は、何かしら
自分の心に投げかけてきます。

今、幸せ?
今、充実している?

というように。

都内で生活していた時の私を表現するなら、
戦闘態勢。

なので、幸せ、という真のキーワードは
持たなかったような記憶があります。

ビジネスの成功を勝利にあてはめ、
自分で自分に何かしらの課題を掲げながら
日々過ごしていました。

人に会う、これは自分の仕事の上位マスト。

個人集団に関わらず、パーティやセミナーへと
「人と話せば、何かビジネスチャンスになるかもしれない。」
と本気で思っていました。

だから、スケジュールが空くと
「これでいいのだろうか。」と
不安になり。

自宅でゆったり過ごす時間は
チャンスを逃しているような錯覚に陥り、
マラソンランナーが自分を追い込みハイになるあの感覚に似ているというか、
休むことは、当時の私には罪でした。

東京の大都会がそう感じさせるのか、
周りが同じだったからそう感じたのか、
はたまた勝手に自分の中で作り出したのか、
分かりませんが、
生活空間から持たされることは確かで
目に飛び込んでくる光景や、
耳にはいる情報のすべて
5感が感じてくれる何もかもが

今の私は、と言いますと。

ちょっと物足りないくらいのニュートラル。

戦闘態勢の’せ’の字も残っていないと思っていますが
主人に言わせると名残がまだあるようで
なので、自分なりに、
穏やかに、和やかに、日々過ごすように務めています。

まるで真逆のような在り方ですが
そこから見えてくる日々が自分にどんな影響を与えているのか
都内生活を懐かしみながら
川崎のスターバックスで考えていました。

人生って何事においても
ちょっと物足りないくらいの腹八分目くらいが
ちょうど良いバランスで
そのバランスによって、自分の心が素直に感じる豊さに直結しているなあと
ぼんやり感じております。

そこを、美しい在り方の一つとして捉えてみますと
たとえば、どれだけ栄養価が高い食品でも
食べ過ぎたら毒に変わります。

どんなに身体に良いものでも
浴びるように摂れば、バランスを崩し、毒なんですよね。

たとえばお買い物。

限られた予算の中で
四苦八苦して買うからこそ
手に入った時の喜びは一塩であり、
手に入れた品を使う楽しみも増すというもの。

もし、お金に糸目をつけず
欲しい物全てが手に入ったら?

果たして心のバランスは整い
満足できるのでしょうか。

たとえば、休息。

私は、休む事を罪だと思っていた時期がありますが
身体は適度な休息をするから充電になり
次へのパフォーマンスが高まるし、
一度立ち止まって自分自身を見返す機会にもなる。

もし、一時も休憩しなければ
身体においては
怪我や病気をしかねず、酷いと過労死が待っています。

心においては、
働けど働けど、どれだけ結果を残しても足りず
いつまでも走り続け、
やがて心が病んでしまう。

そう考えると
身体だけでなく、心の休息にもなるわけで
休まない人生は決してバランスが取れているとは言い難い。

だからといって、休んでばかりいれば
暇を持て余し、良からぬことを考え始め、
ぐーたら癖がつくのも決して美しくない。

そう捉えると、私の東京都内時代は
女としてのバランスすら
乱れ始めていたのかもしれないなあと
久しぶりの関東エリアに来て
ぼんやり考えていました。

この画像は、まさに戦闘態勢真っ只中の頃です。
8.jpg10.jpg

たとえば、女性にとっての華やかさ。

持てるものなら身につけたい魅力の一つだけど
忘れてならないのは、
女性の華やかさは、
外見だけではない、心の華やかさがイコールだということ。

外見ばかり、着飾ることだけに走ってしまうと、
止められない美容整形のように
枯渇した心に歯止めが効かなくなり、
美のバランスが歪み始めている様に気づけず、
人としての温かさから
かけ離れてしまうのかもしれない。

だからこそ、何事も
適度にほどほどに
腹八分目がちょうどよいバランスで
ちょっと物足りないくらいがちょうど良いのでしょうね。

今、幸せ?

との質問に素直にうなずけるなら、
自分にとっての正しい答えとして間違いないのではないでしょうか。

誰かがジャッジすることとも違い、
素直に自分の心がどう感じるか。

その答えは、
自分の中だけにしかないように思えてなりません。

ということで、
この日は、主人の出張だったので
どっぷり仕事より、休息も大切。

ということで川崎から車を20分走らせ、
横浜中華街へぷらっと観光をしてきました。

私は10年ぶり、
主人は初横浜中華街です。

横浜中華街5.jpg

横浜中華街3.jpg

 

時間の都合上、
食べ歩き探索になり、
ネットで調べた有名店を数か所寄りました。

小籠包、焼売のくし刺し、肉まんとちまきを食しましたが
大の大人二人分の胃袋はこれで満たされた。

横浜中華街4.jpg

とっても印象深かったのは
実は中華街のグルメ以上に、
横濱媽祖廟隣の小学校の光景。

横浜中華街2.jpg

この生活空間色の違い!

ここに住んで、
この学校に通っていれば
当たり前の生活になるのでしょうけど
愛知の田舎から訪れた私には
とても印象深い光景で、
今住んでいる岡崎市が、今の私にはちょうどいいなあと
気づけることにもなりました。

いつもの生活環境から違った景色を見る。

自分の人生の色どりを
より鮮やかにしてくれたようです。

主人のお仕事のおかげで遠出していますが
趣味と実益をかねたようなこのライフスタイルに
私の貴重な時間にもなり、
有難さしかありません。

帰路に向かう途中、
静岡のとあるサービスエリアに立ち寄りましたが
美しく桜が開花していました。
2.jpg2-1.jpg

もうすぐ春、ですね。




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posted by Michi at 08:46| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月21日

時間は距離を超えられないからこそ、大切にしたいこと。

先日、川崎へ行っていました。
今回も主人の出張に便乗です。笑。

川崎は神奈川県ですが
私にとっては久しぶりの関東エリア。

雨は降らず、気温が13度まで上がったので
寒さよりむしろ少し汗ばむ程。

しかし空は、霧でもない、
もやもやによって澄み切った空ではなかったのですが
私にとっては懐かしい東京都内生活を思い出させる日となりました。

主人の仕事終わりを待つ間、
川崎駅近くの静かなスターバックスに腰を下ろし、
穏やかな景色を眺めつつ、
ブログ記事を作成をしていました。

お店のfreewifiを繋げていたのですが
更新しようとボタンをクリックした途端、
PCのセキュリティブロックが入り、
記事更新に至らず。

その記事はひとまず温めておき、
改めて更新しようと思います。

51.jpg

実は、出発直前に
自宅に小包が届いていました。

届け主を見て、すぐに誰だか分かりましたが
あの時は先を急いでいたので
小包には少し待ってもらい。

今日は、その内容を更新したいと思います。

小包主は、
当店で長らくエステティシャンとして
私の右腕以上の活躍を勤めた
元社員Yさんから送られた結婚祝いでした。

私が都内に引っ越した翌年、
2005年になりますが
SNSのmixiを通じて
バーチャルからリアルなったのが
Yさんとの出逢い。

私はビゼンとして、
田園調布で営業活動を開始した翌年、
当時、お世話になっていた不動産会社を営む社長のご厚意で
その会社の
私が自営業になり

その時、社員を志望してくれたのがYさんです。

彼女にとって碑文谷は
電車を乗り継ぎ、目黒駅からバスに乗り換えるといった
アクセスが悪い中にも関わらず、毎日通ってくれました。

サロンワークの傍ら、
某旅行会社さんのイベントにブースで
催しに参加した時があるのですが、
Yさんも初めての経験ながら
穏やかに勤めてくれました。

当時、仲良くさせてもらっていた
ネイリストさんの協力も大きく、
私たちのブースは無事終了できましたが
Yさんはそのネイリストさんともすぐ打ち解け、
天然の穏やなペースというか、
私にはぜったい真似ができない
ムードメーカー的存在になっていました。

エステティシャンと言えば
女性としての自信が美しく映りがちで
キャリアを積むほどに自信が強よくなり、
ある意味必要な要素かとも思えますが
女性としてどことなく冷たい、
近寄りにくい雰囲気にもなりかねません。

彼女はまったく真逆で
人柄そのものが相手の心を癒やしいくような
不思議な魅力を持つエステティシャンでした。

そんな彼女を横目に
私は駆け出しながら、
新しいことへの挑戦を大切にし、
常に不安と隣合わせでした。

それでも表向きは華やかさを心がけていましたが
都内でのエステ経営はランニングコストがかさみ、
正直、調子がよい時ばかりとは言えず紆余曲折したり、
経営者として至らないところが多かったにも関わらず、
隣では、
穏やかにペースを乱すことなく、
Yさんががっちりサポートしていました。

自分の持ち場はしっかりこなす。

笑顔を絶やさず、
一見穏やかすぎるかと思えても、
営業しての結果は地道にあげており、
実は、私自身Yさんに励まされていたし、
とても背中を押されていました。

そんな彼女を悪く言う人は
誰一人聞いたことがありません。

やがて、結婚を機に
寿退職をして会社を去りましたが、
Yさんの結婚式にご招待を頂き、
私はスピーチをしました。

式では、感極まりなく声がつまり、
私のスピーチは悲惨に終わったのが今でも申し訳ない心残りになっていますが
勤務期間は責任もって勤めあげただけでなく、
実店舗の南青山店をオープンしてからも

その後、
Yさんの一人目のお子さんの育児が落ち着いた時と
南青山店が起動に乗ったタイミングが重なって
その時は、エステティシャンではなく
在宅で予約管理をするオペレーターとして
当店の仕事を再開してくれました。

元社員のため、当店を熟知しているので
細かい説明を省いて即戦力になり
あの時は本当に助かりました。

そんなYさんは、今では2人のお母さんになり、
旦那さんの事業が起動に乗り、都内の一等地に自宅を構え、
私とは
一年に一度の年賀状と、時より、旬の果物を送ってくれたりと
お顔を見て、直接話すことが難しくなりました。

それでも、
ご家族で幸せに満ちあふれた穏やかな様子が
お手紙からしっかり伝わっています。

今でもこうして、やり取りが続いているなんて、
私のかけがえのない財産になっており、
人との出逢いが深い香りを帯びていくのは
時が経っていく毎に深みを増し
その素晴らしさを理解していけるような気がしています。

Yさんからの小包を心待ちにして
昨夜、川崎から帰宅してすぐ、
主人にそんな説明をしながら、一緒に開封しました。

近況もお手紙に添えてくれて、
目がうるうるしないわけがない。。。


4.jpg

もし、生活環境の変化に距離があるなら、
風土や土地はもちろん、
今まで頻繁に会えていた人とは
会うことが難しくなり
変化と共に
必然的に人の環境の変化は
避けられない時が訪れます。

それでも尚、
関係を続けたい人がいれば
距離を超えなければならない。

世の中がどれだけ便利になっても
ドラえもんのどこでもドアが無い限り、
愛知県から東京まで1分で行かれないように
時間は距離を超えられない。

良好な関係は
無理をして遠くへ会いに行くことでもないし、
背伸びして自分の身の丈を超えた何に挑戦し
頑張っている自分を見せることとも違うような気がしている。

大切な事って
今、目の前のやるべきことに
心を込めてやることの日々の積み重ねと
そんな日々に幸せを感じられる自分でいることで
相手に幸せが届く。

だからこそ、
自分自身にも言えることで、
幸せは与えられたり、
幸せなんだと恩着せがましく言い放つことでもなくて、
自分の心が素直に感じられる日々を
過ごす以外にない。

幸せな生活を送っているのか、否かは、
言葉や行為では偽ることが出来ず
必ず満たされている心が
言葉の節々や、行動に相手に届いてしまうものでは
ないだろうか。

幸せの形は人それぞれ。

それなりにでも
幸せだと言えるような日々を過ごすことは
良好な関係を築くために
欠かせない条件とも言えるのかもしれないと
新しい圧力鍋を眺めながら
ふと考えていました。

私は昨年3月に入籍し、
今年、パーティを催す予定ですが
ゲストをお招きしての結婚披露宴はしません。

金銭の問題ではない
他の諸事情が理由で
だからといってわざわざ結婚したと
友人知人周りに伝え歩くのもどうかと思っており、
限られた知人友人とつながっているFacebookや
ブログでの公開程度で
個々へのダイレクトなお知らせはほぼしていません。

これが、
私たち夫婦には合っているスタンス。

また、今年は
昨年のように、
その前の年に頂いた方への年賀状を
同様に投函することを敢えて避けたため、
今年は、わざわざ年賀状を頂いた方だけに
返しています。

その中にYさんがあり、
「実は…」と添え書き程度にして
返信をしたので
小包が送られてきた時、
心がじんわり熱くなりました。

ブログから伝えるのは
失礼かもしれませんが
もしブログを読んでくれているかもしれないので
この場をお借りします。

わざわざ気を遣い、
この愛知県まで郵送して
素敵な結婚祝いを送ってくれ、本当に有難うございます。

お品はもちろん嬉しいのですが、
Yさんのお心遣いは本当に感動しました。

頂いた圧力鍋、大切に使わせてもらいますね。

いつかお顔を見ながら、
Yさんご家族みんなでゆっくり会えたらなあと思いをはせ、
主人と東京都内へ行く機会があったら、
その時は連絡させて頂きますね。

↓昨年9月に主人と行った北海道旅行にて。
硫黄山7.jpg





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posted by Michi at 09:35| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月17日

心の体力を鍛えたい時。

毎日の生活を送る中で
片足では、確定申告と月次の事務作業、
片足では、期待通りに事が進まず、さらに、追い打ちをかけるような件が重なって
私、久しぶりに落ち込んだ時間を過ごしました。

そんな時は、大好きなお菓子を食べ尽くして
自分を癒そう。
48.jpg

高級菓子の殻箱に
かろうじて蓋が締まる程
4袋ほど買い込みましてパンパンに詰めてみました。

いい眺め。

1袋20ケ入りくらいで売られていますでしょうか。

先日なんて
近所のドラックストアで88円セールで売っていましたよー
ありがたし。

高級菓子箱に入れてしまえば、
庶民の菓子もお上品なお菓子に様変わり。

実は、私より
主人が熱血なルマンドファンでして
先日、ちょっとお高めのバレンタインデーチョコを渡したのですが
「気持ちはとっても嬉しい。でもルマンドで良かった、というよりルマンドが一番嬉しい。」
ですって^^

そうか、こだわりの御菓子以上に勝るもんはないんだと
主人の甘味心に触れました。

さて。

落ち込んだ話を戻しますと
理由は、来て欲しくなかった女性の日を迎えたためです。

えっ、それだけ?

それだけです。
この落胆の深さたるや。

実は、今年に入りまして私は42歳にして
人生で初めて不妊治療をスタートしました。

不妊治療がどんなものなのか知っている方であれば
常識ですが
治療に取り掛かる前段階の
まさに通り門に、子宮卵管造影検査というステップがあります。

これは、
無事受精しても
受精した場所から着床に向かっていくまでの管(道)が
狭くなったり、何かしらの理由で異常をきたしてしまい
たとえ卵が正常で、
たとえ男性側も元気でも、
着床、つまり妊娠に至らないケースが少なくないようで、
これは検査をしなければ分からないようです。

しかし、この検査。

自然にしていれば
手がぜったいに届くはずのない身体の内部へ
敢えて医療の技術を駆使するわけでして、
大げさに例えるなら
ぐりぐり診るわけです。

人によっては激痛を伴ったり、
副作用がでるケースもあり、
こればかりは体質や感覚なので受けてみないと分からず
心地よい検査で無いことだけは確か。

意を決し、先月行きました。

いざ診察台に乗りましたら、
「卵子が18mmに成長していて、子宮内膜もちょうどよい厚みもあり、明日か明後日頑張れば、妊娠しやすいタイミングがきていいますよ。でももし今日検査をしたら、今回妊娠は出来ません。検査をしてもいいし、来月に見送って今回タイミングを取ることもできますよ。どうしますか?」
と先生に言われまして。

はっ、となりました。

ちなみに検査ですが
生理が始まってから7〜10日、
つまり、排卵の直前に受けるもので
卵子が成長しきったり、排卵してしまったら、
検査そのものができないようです。

私の場合、思っていたより
3日早い排卵のようで(それも知らなかったあせあせ(飛び散る汗))
恐怖の検査のつもりが、
所謂タイミングを取ろうとするまさに、そのタイミングでした。

「私の身体って妊娠できるかもしれないんだ・・・」

嬉しさや女としての自信が私の中にじんわり広がっていき、
私には初めての感覚であったのと、
プチ朗報でもあり、
「これは何かのタイミングかも」と
その場で検査を見送りました。

あれから3週間。

これまで私たち夫婦が味わったことがない
我が子を未だか未だと待つような
ほんと何の根拠もありませんが
温かい気持ちに満たされて過ごせたことは確か。

そして数日前。

基礎体温が落ち、
生理前特有の鈍痛が起こり、
まさかと思った女性の日を迎え、
初日は主人に伝えられませんでした。

落ち込んでしまった理由はここにあります。

ブログを数日公開できなかったのは、
実は他の理由で、事務作業にてこずっていました。汗。

私自身、年齢的なリスクは頭にあります。

簡単に妊娠できるとは限らないと
冷静に捉えているものの、
やはり、へこみました。

不妊治療中の方は皆さんは
味わっているであろう意気消沈。

私の場合、プラス、トントンと別の件も重なりまして、
そちらはどおってことはないのでここでは挙げませんが
いい事ばかりが続くのが人生ではなく、
思い通りにならないのも世の常で、
そこから自分がどう感じ、
自分自身を見つめるための
人生の醍醐味とも言える
心の中核かと捉えるに至りました。

落ち込んでしまうと、
日頃、淡々と丁寧にこなしている仕事や家事ですら、
手がつけられなくなる。

辛いのは、主人も同じ、と思うと
私だけが落ち込んでも仕方ないと
いつもと変わらず動いていましたが
この負の感情が引き金になって
些細な事にも過敏に反応してしまうから不思議です。

正直、問題は、
現実がどうこうではありません。

その現実に
自分の心が冷静に捉えるのか、
はたまたネガティブに捉えるのか。

ここが核心であって、
実はネガティブな在り方というものは
自分勝手にモードを切り替え、
結局のところ、
自分の足を自分で引っ張っているのが
一番の問題です。

おまけに
じめじめした心は
自分の言葉となって発し、
行動にも表れ、
自分の雰囲気を演出していきます。

長い間、ひきずってしまうと
生き方そのものがネガティブな形になり、
周りに悪臭を放っていきます。

そばに居る人からしたら大迷惑。

近寄りたくない
できれば関わりたくない
残念な人の出来上がりです。

逆に。
こざっぱりとした芯の通る、
でも穏やかな空気感を漂わせる人を目の前にしますと
その口から語られる言動すべてが心地よくさせ、
幸せな気持ちすら与えてくれ、
清々しい雰囲気を持つ人というのは
嘘偽りのない心そのものを映し出しているよう。

人の雰囲気は
嘘をつけないものですね。

女性だけに限らず、
男性でも雰囲気が良い方は、
人としての品格や美しさすら感じてしまいます。

素敵な人だなあと自分の心が素直に感じることほど
確かなのかもしれません。

さて、私ですが
今では、気持ちを切り替えており、
ほやほやのうちに
先日の心理状況を客観的に捉えていますが
それが今日のブログのタイトルでありまして。

さくっと心を入れ替えられるほど
私は出来た人間ではないなあと
改めて自分の弱さに気づきましたし、
美味しいルマンドをどれだけ並べて眺めたり、食べ尽くしても。

ぼんやり過ごしても、
頬をどれだけ涙がつたわろうと、
私の心はまったく癒えませんでしたが
人様の美しい生き方、そして文章に触れ、
私のもやもやした霧が、一気にはれていきました。

大げさでも何でもなく
辛い現実と向き合わなければならなくなった時、
人は初めて、心の体力を
常日頃自分がどれだけ鍛えているか
試されているような気がしています。

実は、その文章は
ほぼ毎日といっていいほど目を通している記事です。

しかし明らかに
幸せに満ちあふれた絶好期に心に響く感覚と感動度合が異なります。

つまり、何を見て、何を取り入れたいか、
それらをどう感じるかは
自分の心が基準になっている。

こうして考えると、心の体力は、
どん底の時にこそ鍛えられ、
それ以上もそれ以下もないものかと。

心の隙は落ちこんでしまった時にぱっくり口を開ける。

何を自分の心に響かせ、
自分と向き合う冷静さの材料にして、
次への行動に移すのか。

どん底と思える時は
ある意味クリアーになっている状態なので
心に響く情報が
暗示(マインドコントロールとも言える)のように
間違いなく、自分の心へダイレクトに飛び込み、
人生そのものに影響を与える力すら持っていきます。

何が響いていくのか、もちろん人それぞれですが
「誰かに聞いてもらう。」
「祈ろう。」
「占いに行こう。」
と、もしその行動が自分の内ではなく、
外へ向かったら?

ここで絶対にやってはいけない鬼門として
他者の答えは、あくまで他者の基準。

あくまで一つの意見として捉えられる賢さがあれば
足をすくわれることはないのかもしれないけれど
他者に頼りきってしまうと
いつの間にか
自分の心がどう感じているのか向き合わなくなり
他者の在り方がすべてになっていき、
人生のすべてを捧げる行動へ走っていく
力をも養う。

「この数珠さえあれば救われるんだ」
「これさえ唱えさえいれば、よい方向にいくんだ」と
こうして全財産を投じ、
首が回らなくなっても自分を止められない
まるでブラセボ効果を信じてやまない
心の感覚がマヒしていく構図とも捉えられました。

そういった類の
目をギラギラしている姿からは
人間性を通り越して
人生の滑稽さすら感じてしまうし、
後々、取返しのつかない危険を孕んでいる
その人そのものが時限爆弾のように思えてなりません。

つまり、心の隙は
当たり前に過ごしていれば
誰にでも定期的に訪れている。

自分だけに限ったことではないことを
忘れてはいけない。

だからこそ、
いつも自分の心にとことん問いかけ
自分で答えを出していく在り方が
鍵になるわけで、
常に自分自身に向き合う姿勢は
いざというとき、自分を救う。

今回、つくづく感じました。

落ち込むような事態は
本人にとっては、本当に、本当に辛いこと。

しかし、どんな問題だろうと、
所詮、その現実は自分の問題にすぎません。

何かあるたびにワーワー騒ぎたてる大人になってしまうと
たとえその人がどれほどに外見やスタイルがよくても、
どんなに立派な生き方をされていても、
どんな立場や功績を残されていようと、
その在り方からは
残念ながら、品格や、美しさとはかけ離れた、
幼ない姿にしか映りません。

子どもがそんな大人をみて???
してしまうのもうなずけます。

逆に自分の中で
静かに解決している人って、
見ていて正直、美しいし、
その類の人たちが自分と何が違うのかと
謙虚心すら養われていき、
拭い去れない魅力となっていきます。

今日明日とすぐに
その習慣を身に着けられるほど簡単ではないからこそ、
可もなく不可もない心が健康な時に
鍛えておくことが
とても大切なのかもしれません。

自分の内面に向かうからこそ
心が鍛えられると捉えた時、
それでも向かった方向が自分の内面ではなく、
もし外に走ってしまったら?

どこまでも自分の選択であり、
他者がどうこうできる領域でもなく、
自分の人生です。

私にとって
心に深く、広く染み込んだ美しい言葉や、
自分の心が素直に感じた他者の生き方が
血となり、肉となり、人生の一部になっています。

心の体力、どう鍛えますか?





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posted by Michi at 10:38| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月13日

活気ある場所から感じさせてもらったこと。

「気になる商品があればまずはご相談下さい。
日本どこからでも取り寄せられるよう務めます。」

というニュワンスだったかと思いますが
前向きな心意気を感じられる
実家の隣町にあるスーパーを
私はたびたび利用しています。

個人的感想ですが
無添加食品にこだわった品揃えも豊富で
このスーパーの商品クオリティは
主婦目線からして本当に有難い!

私のお気に入りを1点紹介しますと、
片口いわし、昆布、椎茸
のみだけを粉末された商品があります。

違和感を抱くような人工的旨みと言いますか
そういうのを感じさせません。

素材そのものの香りがふんわり漂い、
お味噌汁、炒め物、和え物、鍋と
たいていの料理のベースに活かせ
我が家のキッチンには
欠かせないレギュラー選手です!
24.jpg23.jpg

今の世の中、
無添加食品にこだわろうとしたら
正直、キリがありませんよね。

食品添加物が身体に与える悪影響は
以前、自分のお店でエステティシャンとして
アルバイトで働いてくれていたスタッフ自身が
過去その業界でお仕事をしていた経験から
食品添加物の有害性や
商品の含有量について
現場の様を教えてくれ、
「〇〇だけは絶対に口にしないでください!」
と釘を刺されたことがあるのですが
あの時は驚愕した記憶があります。

その中身はさておき
この手の話題は
インターネットさえ見られれば
簡単に得られる時代です。

どの程度、自分の理解に変えていくかは
それこそ個人の価値観ですが
あまりに食品添加物に執着しすぎると
まずこの時代生きていけません。

健康を害する問題は
否定できない事実としても
あくまで、
自分なりの食に対する責任の範囲でよいのではと
私はほどほどに捉えています。

究極、こだわるなら
まず生活環境を徹底しなければ。

人の手が行き届いていない大自然の中で生活し、
その上で川や海へ行き、猟をして、
自分の畑で自分で野菜や果物を育て、収穫して、
自給自足しなければなりません。

第一に
地球そのものが汚染されていると
取りざたされていますし、
仮にその中でも、よりクリーンな地域を捜し当てることが
ほぼ難しいかと。

そこまで究極路線を進まず
あくまで今の生活の中で
こだわって過ごすなら
それでも自給自足は必須になりますね。

当然、外食すら出来なくなります。

となると、
「ランチ行きましょう。」
「仕事で会食ありますよ。」
とお声を頂いても、不自由でならないですし、
社会的支障が出てしまいます。

仮に、
それでも私は無添加食品にこだわるの!としたら、
まず前提に
その素材そのものがどの地域のものなのか、
どんな環境(肥料や栽培も含めて)で育てられ、
どんな機械を使って収穫され、
収穫からどんな行程を経て商品化されているのかまで
自分の足でその事実を
自分の目で確かめなければ
確かとは言えません。

こうなったら、
どこそこの研究家や、博士号を取得されている
お堅いの域でしょうか。

ストイックに生きると
お金がいくらあっても
足りませんね。

お仕事ではなく、
あくまで食べる目的として
「これって、何が入ってるの?」
「どれそれが入っているからこれ食べられんわ。」
と、事ある事に原材料を知ろうとしたり、
小難しいことを言い始めたら・・・。

もし、親しい中の食事会でそんなことを言い始めたら
その場の空気を乱すこと間違いなし。

私はそこまでできないなあ。

時代の便利さをうまく活用しながら、
自分なりの健康を意識しながら
商品を取捨選択し、
なにより食を楽しみたい!

なので、上記のお出しは
素材そのもので作られたお出し&個人的美味しさ
という私の身勝手な評価によって
我が家の定番だけでなく
大切な主婦友だけに
「よろしければどうぞ。」と
こっそりプレゼント。

さいきんですが、
そのスーパーが地元TV番組で取り上げられていました。

たまたま先日、買い出しへ行ったので
敢えて混雑を避けて平日朝10時に行ったにも関わらず
数あるレジなのに
すでに人が並んでいました。

メディアの威力でしょうかね。

おまけにです。

ほぼ、と言っても過言ではないほど
レジに並んでいる人のカートに乗っている
お買い物かごの商品は
たいてい大盛です。

大げさでもないんですよー

しかも、お一人なのに2かご大盛!
という大物もおられ、だから、
レジの大混雑の理由はここにあるのですが
しかも2!

こっそりそれぞれが利用している料金を目をやりますと
1万円以上のお買い上げされている方がざらでして。笑。

スーパーですよー

不景気だわ!と
騒がれている日本経済と
無縁な雰囲気を味わいたければ
このスーパーをこっそり教えちゃう。

そのくらいの繁盛さで、
TVに取り上げられる前からこの状態ですので
宣伝広告いらないのではと
個人的に思っています。笑。

私はこれまで14年、他県で生活をしてきましたが
kinokuniya、成城石井、りうぼうなどなど
客単高めのスーパーにたびたびお世話になってきましたが
お世辞なしでここは負けず劣らず。

もし、生活範囲内から外れ
車で2時間以上かかってしまうような遠い場所にあったら
なかなか行かれませんから
身近にあってくれて
個人的にとても助かっています。

でも、です。

すべて良い面ばかりとも言えません。

以前、イ〇事件のブログを公開したことがあるのですが
購入先は、このスーパーでした。

私自身、これまでの人生の中で
アルバイトで飲食店(食品も販売していた。)に
勤めたことがありますが、
商売で食品を扱う管理は
小難しいことは分かりませんが
簡単ではないことくらいは知っています。

だからこそ
「気になる商品があればまずはご相談下さい。
全国どこでも取り寄せられるよう務めます。」
というコンセプトが掲げられることって
会社としてとても勇気ある行動だあと感じています。

私は偶然にも、
イ〇事件に遭遇してしましたが
過去のアルバイト経験がリンクして、
「あのスーパーなのに?!」
と大げさに騒ぎ立てたり、
悲壮感を漂わせたり、
自らクレーマー化して
悪臭を放つモンスターのような
失態は一切せず。笑。

私なりの良識ある大人な対応を致しまして
その商品を現金でもって返品してもらいました。

どんな徹底した管理の中でも
不足の事態は起こる。

だからこそ
より良い環境の向上に充てられる謙虚さを
個人だけでなく、組織として養っていけるのでしょうね。

ですから、
偶然にも不足の事態に出くわすようなことがあれば
相手に悪いからといって口を閉ざす必要はなく
むしろ、本当に相手を思いやっているのなら
伝えることは大切ではないでしょうか。

つまり、どんなに「良い」と思えることでも
「すべてが良いとは限らない」という根本があるわけ
そこを見落とすことで
いろんな判断がぶれていくのかもしれません。

私がこのスーパーを月に3回は利用したり、
広告宣伝が必要ないのではと
個人的に感じるのは
実は、
この件の対応が良かったというわけでもなく、
品揃えに限ったことでもありません。

このスーパーで働いておられるスタッフの方が
異常な活気ではない、
気持ちよい元気さがあり、
雰囲気が良いのです。

野菜コーナーも
鮮魚コーナーも、その他の売り場も然り。

(すべての方とは言えませんが
大多数の方が感じいい!)

お仕事に携わっている人たちの雰囲気からして
人に品が集まり、
人に人が集まっている効力も
拭い去れません。

私は、ある時期から
相手の反応を無視してまで
一方的に何かを人に薦めようとする姿勢に
違和感を抱くようになりました。

これは良品だから使ってみて。
この人は素晴らしいから今度紹介するわ。
このお店は自信を持っておすすめしたいから行ってみて。

という伝え方は
相手の行動を変えさせようとする言葉を含み
押し売りさが強くなります。

私の回りにも
やたらそう口にされる方がおられますが
御本人は気づかれていないようで
もう違和感満載。

何より、
そのご本人から幸せな雰囲気や
人としての温かさが伝わってこないのです。

このスーパーに限らず
物事には
いい面、悪い面、その間もあって成り立つ原則があり
それらを理解した上で
自分がどう感じるかであって
良いものを良い、と伝えることはあっても
それを一方的に、相手の行動を変えさせようと伝えるのは
違和感が起こるのは自然な感情です。

お仕事なら仕方ないにしろ、
あまりに押しつけがましいと
心のしたたかさやずるさ、
自己利益の追求を垣間見ているようで
薦められれば薦められるほど
手を出せなくなるのが
正直なところです。

私が、前述した我が家のお出し定番選手を
主婦友にこっそりプレゼントするのは
日頃、ぶつぶつ交換をしながら楽しんでいる間柄、信頼関係があり
「よろしければどうぞ」という
スタンスでお互いに渡し合いを楽しんでるのであって
そこには、見返りの心は1ミリもありません。

物も然り、人も然り、考えも然り、
仕事でもないのに一方的に薦めてくる在り方には
誰かに言わされてるの?と思えてしまったり、
尊いことだと暗示にかけ自己満足にひたっているようにも
受けて取れ、
自分自身の心を満たすことに夢中になっているような利益主義にしか映らず、
身勝手なしたたかさや狡さが漂います。

仮に、
「それは間違っていますよ。」ともし一方的に言わた時、
伝え手自身が自立されていて、
常に自分と向き合い、
人としての在り方がしっかりとされていれば
納得せざるを得ませんし、
そういった人からは
優しさとか、
心地よさや温かさを素直に感じるものです。

あくまでも私の捉え方ですが
一方通行の類の人に限って
なぜか、人としての温かさがないというか
生き方が地に足がついていない姿というか
そう感じてしまい、
その人の中を知っていくと
自己啓発とか
ネットワークビジネスとか
新興宗教とか
一見、自分成りの考えを持っていそうで
どこかから借りてきた在り方に
どっぷり浸かっている傾向が強いことを
垣間見てしまったことがあります。

その人に
相手を思いやる温かい心があるかどうかって
嘘をつけません。

商品選び、
人としての雰囲気、
お店作り、
いろんなところから発せられていて
正直、明るさを感じます。

人も然り、雰囲気というものは
嘘がつけませんね。

良い品、良い人、良い空間は、
ほおっておいても人が集まり、
気持ちいい活気があるし、
見ていて楽しそうで、何より明るい!

敢えて宣伝しなくても
敢えて誰かに薦める必要はまったくないわけでして
言われなくても勝手に自分の足が動いてしまう。

良い品、良い人、良い空間、
良い生き方かどうか判断するのは
自分の中で自然と沸き起こってくる感情が
一番確かな答えなのかと思っています。

商売に限らず、
お仕事も、
人付き合いも、
すべての根っこは
ここでも人間性、人としての在り方が
すべての軸になっているように
思えてなりません。

それでは、夕食は例のお出しを使って
鍋にしようかな。






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posted by Michi at 11:33| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月11日

一歩間違えると強引さは奈落の底へ。

食欲旺盛の日、ってありますでしょうか。

女性であれば
排卵日を過ぎ、当週過ぎれば訪れる女性の日までの期間、
身体が本能的に栄養をため込もうとして
食欲が旺盛気味になる周期かと思いますが
その周期なのか、
先日、物凄い食欲に襲われました^^;

朝食は摂らず、(いつも通りです。)
いつも通り確定申告の作業を始め、
その変わりにお昼は、
ホッケを焼いた焼き魚をおかずに
お味噌汁と大盛の飯にお漬物を添えて
しっかり摂りました。

食べ終わったのが14時で
その量であれば
いつもの私なら夕食まで
お腹は空かないはずなのですが。

16時から夕食の準備に取り掛かろうとしましたら
無性に食欲が溢れ、
たまたま棚にあったUFOをキッチンで立ったままぺろり平らげ、
さらに、18時、
通常の夕食を頂いてしまいました。

そんな日もあるさ〜と
胃が満足した程度のたわいもない話ですが
いつもなら食べ過ぎて胃が気持ち悪くなっているはずが、
それもない不思議な出来事でした。

さて。

ブログに以前公開したのですが
昨夜入りました。

申請が無事おりました!
よかった〜

実は、
申請がおりる静かな確信が
自分の中にはずいぶん前からありまして。

なのでブログに堂々と記事にしたわけなのですが
それでも、受験結果を待つ学生に戻ったような
心境で数日を過ごしたので
連絡がはいった時は、正直に嬉しく、
このワクワク感は久しぶりでした!

47.jpg

予定通りにいけば3月下旬に引っ越しです。

あと1ヵ月弱しかなく、
洋服、雑貨、食器などなど
細かい梱包の引っ越し準備は
ほぼほぼ私担当なので
確定申告作業の途中途中、
頭のリセットに引っ越し準備に充てようかと思っています。

なぜ静かな確信が私の中にあったか。

ですが
私の中だけで感じている
静かに、かつ、スムーズに事が淡々と流れていたので
間違いなく申請がおりる確信に変わったわけでして。

スピリチュアルではなく、
このリズムというようなサイクルは
これまで何度か実体験してきたので
断言できるのですが
仕事にしろ、
人との出逢いにしろ、
引っ越しにしろ、
体調の回復にしろ、
何かの課題に向き合っている時にしろ、
物事がうまく前進する時は必ずと言っていいほど、
無理な力が不要で、静かに、スムーズに事が進みます。

つまり、
無理な力が不要で、静かに、スムーズに事が進んでいるときは
しっかり前を向いて進め、という捉え方です。

この流れの感覚は
身体で覚えてきたことなので
私の中では99%間違いがないとはっきり断言できることです。

たとえば、今回の賃貸物件。

自分が住む賃貸物件を探したご経験のある方であれば
おおよそイメージ出来るかもしれませんが
物件探しを自分でやろうと思うと
けっこうな労力と時間を要します。

なので、
机上に置けた賃貸物件があるということは
それなりの労力と時間を経て、机上に乗るわけであり
私の場合、主人との住まいを探していたので
主人の考えも尊重しなければなりませんから
机上に置けたことだけでもけっこうな成果。

また、自分なりに
主人の希望や性格を理解しつつ
事前に共有できる情報は共有するという先回る行動を常に取っていたので
それでも机上に乗せた書類をさくっと却下されたとき、
正直、こんな私ですら、
どっと肩の力が抜けたのものです。

お互いの虫の居所が悪ければ
夫婦喧嘩へ発展する火種になるかもしれませんね。

私の内心は、確かに消沈したのですが
もう一方では、
「今は向き合うべき課題が残っていて、まだ引っ越しすべきタイミングはないんだ。」
と頭を入れ替えつつ、
「次の波を待とう。」と動きに変えました。

その動きは、こんな感じでした。

まず、昨年夏
時間をかけてネットサーフィンをして
賃貸物件を探し当てました。

仲介する不動産業者にすぐ連絡を入れ、
見積書を頂き、内見までしたのですが、
主人の返答を待ち悩む前に、
他者の申込みが入り、仕切り直し。

続きまして、
入居者が未だおられるので外観のみチェックをした物件がありましたが、
「エリア外。」と、主人より却下。

(いずれも賃貸物件を探す前にある程度の条件は夫婦で話し合っており、
内見前、事前に物件データを確か、主人に共有済み。)

こんな流れだったわけですが
そもそも主人の根本は、
穏やかで温厚な性格で、私とは真逆の方。笑。

「この賃貸物件がいい!」と
もし私が強引に押し通していたら、
おそらく、主人は
しぶしぶ頭を縦に振っていたでしょう。

特に、2回目探し当てた賃貸物件は
書面上だけでしたが
とっても気に入ったので
押し通したかったのが正直な気持ち。

でも、しませんでした。
なぜか。

これが本日のテーマでもあるのですが
強引に物事を進めようとすればする事ほど
人間関係がドロドロになったり、
多額の借金を抱えたり、
怪我や体調不良になったり、
目的を果たさないだけでなく、
自分自身で痛い思いをし、
後のちまで長引く、
負の資産を抱えるからです。汗。

まさに奈落の底へ。

実はおおげさでも、何でもなく、
強引に押し通そうとすればするほど
おおよそ、そうなっていますあせあせ(飛び散る汗)

長い間、満足な運動をしてこなかったお父さんが
子どもの運動会で、
若い頃に戻った感覚で
グランドを颯爽と走ろうとしたら
肉離れをして、大怪我をした。

という話は珍しくありませんが
強引とは、
まさに身の丈を知らず、
周りの環境をしっかり見ず、
地に足を付けない行動かと
私は過去の経験とその仕組みを一致させています。

先日更新したブログ内に挙げた
私たち夫婦の課題にも付随していきますが
前述した1回目、2回目と仕切直した賃貸物件の最中は
まさに夫婦で、例の課題の核心に迫っている真っ最中でした。

今振り返れば、たった1カ月弱の事でしたが
周りの環境がザワザワしていたので
私の心は静かに穏やかに過ごし、
その嵐が去るのを待ちました。

やがて、次の波が訪れたわけですが
まさにその直前、
例の課題の解決の兆しが見えたタイミングと
がっちり重なったのでした。

つまり2月1日、
結果、申請が通った賃貸物件を
その日情報公開されたばかりの新着物件が
がっちり重なったタイミングで私の目に飛び込んだため、
あの時がすでに確信となっていました。

たぶん、ここに住むだろう。

ちなみに、申請が通った賃貸物件には
現在も入居中の方がお住まい中で、
まさに内見せず、書類だけで締結する賃貸物件です。

でも、チェックすべきところはチェックしましたよ。

外観は昼、夜共に自分の足を運び、
日当たりや住まいの周りの生活環境も自分の目で確かめました。

部屋の中までは内見できないので、近寄って見て見たものの
ほぼ書面のみで賃貸契約するのは、
私自身、初めての経験です。

そして、元入居者が退去されてから
クリーニング業者が入り
所定の準備が整った後に
私たちの入居日となるわけですが
何と、その入居日が、私たち夫婦が入籍した同日。

もちろん、先方は知る由もないので
見積書を差し出された時は、正直、驚きましたし、
その書面を見た時、やはりここに住むんだなあと
断固たる確信になっていました。

「そんなこんなんなの!」と、
仲介の不動産業者から提案を主人に先日話したばかりで
二人してその偶然に笑ったほど。

極めつけは、
大家さんを調べましたら
人体への危害を考慮し、素材一つ一つ
小さな子どもも安心して過ごせるように施工にこだわった内装で
地元の建築会社が施工した
その会社の持ち物件でした。

実は今、私たち夫婦は妊活中です。

もし、運よく我が子を授かったとしても
ここなら安心して育児が出来そうだという安心材料にもなっていて、
また、将来的には家を建てる構想もあり、
その時の業者選びの参考にリアルになりそうで
私にとっては、まさに棚から牡丹餅のような
サプライズ的な要素になっています。

引っ越しまであと1か月弱。

昨年の4月末、
沖縄からこの岡崎へ引っ越した時、
とにかく私自身、身の回りの物にあふれすぎ
アップアップしていまして
私の周りに居て下さった優しいお姉さま方が
御助けに入って下さったおかげで無事引っ越しを果たしました。


去年とはがらりと変わり今回の引っ越しは、
心身共にゆとりを持って穏やかに準備にかかれそうですので
楽しみながら、確定申告と引っ越しに
取り込めそうです!

さいごにまとめますと。

思い通りに事が進まない時、
なぜうまく進まないんだろう?と
現実を責め、自分を責め、
どっぷりネガティブにはまり、我慢して過ごすのか。

それとも、
今はタイミングではないからその時期が来るまで静かに待とう、と
力を抜いて過ごすのか。

どうやって過ごすかは
それぞれの自分次第。

「今は進むときですよ!」
「今は静かに待つときですよ!」
第三者に言われ、そう動くこととも違い、
今、自分の目の前で、なぜこのタイミングで事が起こっていて、
それに対し自分の心がどう感じていて、
どう理解に変え、その後、どう行動していくのか、
自分で決める。

だからこそ、
人としての在り方の軸の
自分と向き合う立ち位置をぶらしてはいけないなのかと。

つまり、自分の人生の責任は
あくまで自分にあります。

私なら、力が抜けた生き方を選びたいと素直に思いまして、
だからそうしていますが、
肩に入れて過ごす時期が比較的長かった
これまでの自分の人生41年間に比べて今は、
嘘のような身軽さで過ごしています。

周りにいる人の人間性を上から目線ではなく相手の言動から冷静に見れるようになり、
またその先起こるであろう事を冷静に想定する視野を持てたり、
自分自身で自分の目の前の優先順位を冷静につけられるようになり、
また、今やるべき目の前の事に
自然と集中できるようになりました。

そして、いつも、心地よい在り方で
時間を過ごせるようになりました。

また、
良いこと悪いことをはっきり
心から淡々と他者へ言葉にして伝えられるようになりました。

この在り方には
天と地ほどの差がありまして、
そうなれたのは主人はもちろん、
周りの環境のおかげ以外の何者でもありませんが
一方では穏やかさとはかけ離れた課題は
現在も向き合っています。

しかし、事が事であっても対して心を乱すことなく
本当に穏やかで豊かな日々を過ごしており、
なにより今幸せです。

自分へのマインドコントロールのような
怪しい在り方ではありません。

心が軽くなったという感じでしょうか。

何事にもガツガツと強引に
目的に向かって猪突猛進していた時代の私を知っている方が今の私を見たら、
その変わり様に驚かれるかもしれませんね。

もちろん、目的を見出してから、
机上に乗せるまで
自分なりに、与えられた時間や環境の中で
水面下でとことん動いたからこそ、
今に至っています。

今、自分の目の前にある
経験、時間、生活、金銭の身の丈。

つまり身の丈を見据えながら
動きました。

私がもし、
過去の経験を活かさず、
生活をおろそかにしてまで昼夜物件選びに励み、
夫婦で話しあった賃料を超えた豪華な物件ばかりを並べ、
強引に契約を突き通したら?

それこそが、身の丈を誤った道へ
まっしぐらです。

当然、主人は却下し続けます。

その却下し続ける主人をもし私が攻め続けたら?

奈落の底へようこそ、です。

どっぷり相手に頼りきり、
もっと稼いでくださいと金銭的に無理をさせ、
相手を奴隷にさせるの如く
傲慢に過ごす。

たまたま運よく、机上に乗せられたとして
たまたま運よく、契約に漕ぎつけたとしても
その前に
「もっと裕福な男性と一緒になって下さい。」と
三下り半を突き出されるのがオチでしょう。

事はスムーズに進むはずはなく、
仮に、主人が私に合わせようとなれば
本人は無理をします。

稼ぎが未だ足りない、未だ足りないと
いくら稼いでも満足できないような精神的に病んでいってしまうか、
お金を増やそうと無理な投資に走ったり
人生そのものの判断を誤っていくか、
身体を酷使させた労働を課して身体の病気を患うか。

これこそが、強引を押し通した奈落の底かと
私の過去の経験から、これも確信しています。

また、私と主人は夫婦ですが
目の前のすべきことはお互い違います。

だから、
必然的に動ける時間や労力は異なります。

役割を自分たちの中でしっかり決めていて、
今回、私なりに、身の丈を確かめながら
動きました。

なので、のほほんと
待っていただけではありませんよ〜^^

旦那さん宜しく〜という
甘ちゃんでもありません。笑。

私成りの持ち場の中で
やれるところまでは
自分なりにやり尽くしました。

その後は、うまくいくときはうまくいく、という捉え方で待ち、
途中途中、こけたり、何かしらうまくいかないようなサインが出た時は
今は時期ではないんだと、
潔く諦めただけのことです。

自分の人生を自身に強引に押し通すことも
やはり無理があります。

そばにいる人の弱みにつけこみ
自分のわがままさと
したたかな思いを強引に押し通すことも
やはり無理があります。

また、そんな人を肯定していく在り方も
ミイラ取りがミイラになる在り方であり
やはり無理が生じていきます。

そこにしっかり自分自身に目を向けられることって
とても大切なことではないでしょうか。

これって、
肩の力が抜けたスマートな生き方だと思いますし、
美しい在り方だなあと
先日の申請の回答を頂きながら、
内心感じながら担当の方のお話しを聞いていました。

さあ、引っ越しの梱包の前に
まずは段ボール集めから始めようと思います!






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posted by Michi at 12:59| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月09日

温かい家庭を築くに欠かせない秘訣。

カレンダーは
今日から3連休。

お休みの方も多いでしょうか。

私は、ここ数日、確定申告の作業のため
散歩がてら近所へお買い物に行く程度で
ほぼほぼ部屋にこもっています。

1〜6月分はずいぶん前に終えているのであと下期のみですが
丸一日、べったり確定申告だけをしているわけもいかず
おそらく今月中はずっとこの調子でしょう。

また、このタイミングで
主人の会社で使用している会計ソフトを
別のPCに乗せ換える作業もしていて
これがまた分かりにくいマニュアルで・・・
スムーズにいかない。汗。

何より
落ち着いてこの作業に向き合える環境が整っているのは
主人のおかげ以上の何物でもないのですが
この時期は、私の脳みそがフル回転しますので
自炊がとても良いリセットになっています。

数日前、3日間の夜勤を乗り越えた主人から
「今日はたっぷりお酒を飲みたいので、つまみメインでお願いします。」
とリクエストが入りまして、こんな感じに作ってみました。↓

46.jpg

手間のかかった順から説明しますと
画像上の大き目のお皿には
エノキを豚ばらで巻いて焼いた、
名前なんでしょう、肉巻きです。

大葉のリクエストがありましたが
我が家の冷蔵庫で欠品していましたので
ふりかけのゆかりをエノキになじませ代用しましたら
けっこう美味しくできました。

隣は、卵焼き。
主人好みの甘めに仕上げています。

その左隣、ラーメンどんぶりにはいっているのが
大根サラダ。

大根、ニンジン、たくあん、ちくわを適当にカットして
蟹缶に黒コショウとマヨネーズでまぜまぜして、
鰹節をふりかけ、出来上がり。

大き目の大根半分を
カットしたんじゃないかなあという量です。

中央のチーズに見えそうですが
葱を敷いた上に、味付けイカをカットして
グリルしています。

あとは、湯豆腐。
そして、前の日の残りのカレーに白だしを加え、
スープにしたものと、

お正月に作った大根と人参の酢漬け、
頂いたたくあん、
夏に作った冬瓜の酢漬けと
以前ブログでも紹介しました大根の梅肉和え
計、漬物4種。

私の理想は、
オシャレな器に盛って出すことなのですが
引っ越し前ということもあり
限られた中で
頑張って盛り付けています。汗。

ちょっとお見苦しい画像で申し訳ないのですが
対した手間はかかっていないものの
お気に召したのか、つまむという箸の動きではなく
もはや、食事のように
もりもりとくらいついておられました。

主婦をするようになって
改めて思ったこと。

不定期でも、日持ちする惣菜や、漬物を
作りおきするひと手間。

ほんとやっておいてよかった、と
日頃から実感していることです。

漬物類は、お皿に盛りつければ
すぐ食卓に出せます。

また、惣菜として
火をかけるという手間は必要だったとしても
生姜焼きのタレ、
塩コショウ、
バジルとガーリック、
甘味噌などなど
手作りのたれをこしらえまして
味のついていない生の肉や魚をジップロックで漬けておけば、
生でも1週間、質によっては10日は腐らず、保ちます。

あとは、漬かったものを
フライパンで焼いたり、
グリルしたり、
油の種類を変えれば
バリエーション豊かな惣菜がさくっと出来上がります。

でも、この事前準備、けっこうめんどくさい。

3時間以上は、し込みに時間がかかります。

でも、この「ほんのひと手間」
単なるパフォーマンスだけではいい尽くせない
もっと根の深い意味があるのではと
思っていまして。

これこそが、
「温かい家庭を築くに欠かせない秘訣。」なのかなあと
一緒に生活をはじめ未だ9カ月経ったばかりですが
おぼろげながら感じております。

例えば、
私的にかなり手のこんだ料理も
味によっては
「ごめん、これ手がつけられません。」と
惨敗する日もあります。汗。

ですが、毎日仕事が終わり、真っ先に
「今仕事終わりました。今日の夕食は何でしょうか。」
と私に電話をかけるのが
主人の日課になっておりまして
(頼んでいません。自発的に始まった。)

基本、まったくまめな人ではないので
この不まめさんが毎日、毎日、連絡を絶やさないのは
かなりの変わりよう。

主人の胃袋を掴めたのかなあと
したたかな私がおります。笑。

胃袋を掴んだ理由の一つには
前述したレトルトのルーより
なるべく、さ・し・す・せ・そプラス薬味を配合した
手作りにこだわっていることでしょうか。

たとえば、鍋の御汁の元や、
これ1つで〇〇ができますとか、
多種多様のレトルトが市販で売られ、
簡単に手に入り、しかも調理が楽で、美味しい。

私自身が自炊に飽きてしまい
時にはレトルトのお世話になることもありますが
基本的には、甘んじないというこだわり。

お好きにどうぞ、という世界ですし、
別に自慢したいわけではありませんが、
もし私が男で、
疲れて果てて仕事から戻ったとき、
レトルトやスーパーで買った惣菜が食卓に並ぶのと、
手作りでもてなされたお料理が並ぶのだったら、
毎日どちらに幸せを感じられるだろうか、と考えまして。

私なら間違いなく後者。

嬉しいし、明日も頑張ろう!
って素直になるだろうなあと思い
敢えてひと手間を自分に課して、
自主的に始めたことであります。

完璧でなくってもいいんです。

ひと手間加える、という自分なりのもてなし。
大切ではないでしょうか。

もし、夫婦仲が冷めてしまったり、
さいきん上手くいかない負のモードだなあと
思われる点がありましたら、
まず自炊にひと手間かけた出来る範囲の手作りに心がけて
半年は続けてみることを
私なら真っ先に薦めるなあ。

もう一つの側面。

私は今、夫婦で
とある課題に向き合っています。

ここでは具体的に挙げられず
抽象的な表現になり、じれったいところで申し訳ないのですが
つまり、この件は私たちが結婚する前から
主人がすでに向き合っていることでした。

その件とは、相手が居ることです。

その相手が、主人に甘え、頼りきっており、
そのことで現実に迷惑をこうむっており、
行動を変えてほしいとひたすら訴え続けている課題です。

相手は、
「主人に迷惑をかけないよう、変わろうと精一杯努力している。」
と謙虚に話されるようですが
具体的に何度主人が訴えても、
口とは裏腹で、行動は、何も変わられないようで。

完全に自立できていません。

そんなやり取りが長い間続き
いつの間にか諦めか、慣れあいか、
問題は解決されないまま月日が過ぎ、
そんな在る日、私との結婚が始まりました。

私と結婚するまでは主人だけの課題でした。

ところが、夫婦になった以上、
私にも必ず関わるため、夫婦の課題へと発展したのです。

私は、まず相手の良い悪いではなく
人間性を理解してみることから始めました。

どんな人なのか。

その相手がどんな人たちとの関わりを日頃から持ち、
何を大切にしてこれまで過ごしてこられたのか、
という具合に。

次に、なぜ、
問題に冷静に向き合えないのかを。

主人はその課題に
むしろ諦めの境地に入りつつあり、また、
「人を嫌いたくない。悪く思いたくない。」という
肯定や、かばう心すら芽生えていました。

冷静にならなければと自分に言い聞かせ、
相手の心の内を掘り下げて
相手の立場から立ってみました。

内容が内容だけあって、
私がこの件をもし誰かに相談して
「あの人がこう言ってくれた。」
というコピー的な在り方をしてしまうと
まず言葉に説得力が欠けてしまう。

極力避け、綺麗ごとや机上の理論ではなく、
事実を自分の目で確かめる必要があると思い、
証拠となる物をひっくり返して、
過去から今日までの流れに
洗いざらい目を通しました。

そして。

よりによって
その相手と席に座らざるを得ない事態が
私自身に起こりました。

品のない表現ですが
真っ向からやり合いました。

私としてはやり合ったつもりは毛頭なく、
あくまで社会的良識として
「それは人として間違っていますよ。迷惑をかけていますよ。」
と主人が再三伝えてきた同じことを淡々と話したのですが
相手が炎上して取り乱しました。

そのやり取りが、
日を改めて2回も続いてしまいました。

私がこれまで人間関係の中で経験したことで
確信ある一つに、
話している相手が感情的になったり、
あるいは取り乱したとき、
人は、後ろめたさや、図星を得られた時に
感情を乱します。

でなければ、普通、会話は穏やかですから。

何が不安なのか。
何を怖がっているのか。
こういった性の人が陥りやすいパターンは何か。

私は、それまで以上に
冷静にならざるを得ず、
事象から考えうる問題を洗い出し、
洗い出した内容からさらに
法的に避けられない要素が潜んでいないか、
考えられる範囲の中で、自分なりに、徹底的に調べました。

すると、私の嫌な予感が的中し、
さらに次の問題が浮上。

近い未来か、遠い未来に
事が大きくなるような大問題の火種になりかねないと
自分の中の断固たる確信へと変わりました。

それを主人に伝えますと
私の心配をよそに、真向に否定しました。

「人を疑うとは何事だ。」と。

心で泣きましたが、
泣いても、現実は何も変わりません。

まず前提に
私たちは入籍して1年満たない新婚。

出来れば穏やかに、
温かい関係を育んでいきたい。

その課題を見て見ぬふりをして
敢えて触れずに過ごす選択を
私にはできました。

しかし、事が起きてからでは遅い。

心を鬼にしましたが
何より、穏やかで温厚な主人と
真正面からぶつかりあわなければならないことが
私にとっては一番切ない現実でした。

でも、最終的には自分に関わってくる。
情けは、人の為になりません。

根本は、人に迷惑をかけているという紛れない事実。

もし、
「それ迷惑だから辞めてくれませんか。」と他者に言われたら
まず、自分の手を止めませんでしょうか。

なので、私は、どこまでも交われない、賛同できないという姿勢を
主人にも、その相手にも、貫きました。

その中で私が一番大変だったこと。

それは私自身で、
人として何をすることが良識ある行動なのか、
人として何が正しい在り方で、何が悪い在り方なのか、
道徳というか、人としての道のような軸を
自分の中で立てなければなりませんでした。

その軸を徹底的に向き合うことでしか
自分を守る方法が残されていないと
そう捉えていました。

もし、軸がずれていたら?

この先、人生そのものが悪い方向へ
自然と進んでいくだろうという
覚悟も持ちながら、だからこそ、
このブログの美の在り方にもつながっているわけですが
人としての正しい在り方を
淡々と、ただただ、同じ内容を繰り返し、
主人の心に響くまで
何度も、何度も、何度も、
向き合いました。

百歩譲っても
ダメなものは、ダメ。
人として間違っていることは、間違いなのです。

そして、今。

完全に課題解決とは言えず現在進行中ですが、
少しづつ、事が前向きに進み始めているのは
本当に大きな前進です。

その相手ですが
私から見る限り、
根本的な行動は未だ、何一つ変わっていません。

きっと、
これまでの人生の中で、
「それはダメですよ。それは間違っていますよ。」と
誰も注意してくれる人がいない、もしくは、
注意できない人たちだけの付き合いに留まり、
自らの行いを省みる姿勢を持たないまま
わがままを貫き続け、
今に来てしまったのかと察しました。

「迷惑ですよ。」とどれだけ言われても
自分を抑えられず、
自分は間違っていないという思い込みから脱しられず、
だから行動が変わらないのでしょう。

相手の気持ちに寄り添えない生き方は、
人として本当に悲しいこと。

しかし、どんな原因や理由があったにしろ、
他者に迷惑をかけることは人として間違っていますから、
どれだけ伝えても変われないのであれば、
こちらが相手との線を引くことでしか
対処できないと考えを変えました。

相手は変えられないですし
こういう人が世の中にいると知れたことは
お金では買えない貴重な経験になったことには
違いありません。

相手を見極める、
相手に期待しない、
という見方は、
決して穏やかでありません。

気分がよいことは何もありませんが
人はその冷静さをいかに自分の中で持てるかで
これからの人生を大きく左右するような気がしてなりません。

私は主人と向き合った過程で
どんなに辛くとも
自炊の手間だけは惜しみませんでした。

時間がかかりましたが、
前向きに事が動きつつあることから
自炊が大きな助けになっていたのではないだろうかと
変化しつつある主人の言動の節々が
その答えを語っているかのようです。

抽象的過ぎて、伝わりにくいですね。
つまりまとめたいこと。

考えや生き方は正しい軸を立て、あとは貫き通し、
毎日は、自炊でひと手間をかけ、温かい食事をこしらえる。

温かい食事には温かい想いが伝わり、
冷たい食事には冷たい想いが伝わる。

その食事を一緒に食べる人には
必ずその温度が心に伝わるものだと
仕事を終え真っ先に毎日電話をよこす
主人の行動が何よりの答えかなあと。

だから、もっとも身近な人を粗末に扱い、
もっとも身近な人を大切に出来ず、
自分の行いを省みることもせずに、
わがままなまま、逃げや甘さを貫けば、
長い年月を経て、自分で自分の首を締め、
厳しい現実が戸を開けて待っています。

結局は、自分の行い、思いが
すべて自分に返り、
人生の責任は、すべて自分。

私なら、そんな人生を送りたくないですし、
選択できるのなら
穏やかで温かく、豊かな人生を横臥したいなあと。

自炊は、自分なりのおもてなしの心であって、
料亭だけでなく、
もっとも自分のそばにある
自がで築く家庭そのものかもしれませんね。

人それぞれの生き方がありますが
これが、今日ふと、まとめたくなった
「温かい家庭を築くに欠かせない秘訣」
としてここに残します。

さあ、
確定申告に取り掛からなくては。





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posted by Michi at 12:06| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月06日

品のある大人。

今日の岡崎市は
先日の暑いほどのお天気から
底冷えする雨模様にガラリ変わりました。

晴れの日が続くことは気分がいいだけでなく有難いものですが
晴れが続きすぎますとそれはそれで困ったもので
土地の水が干上がり、畑の野菜が枯れてしまいます。

時より雨を降らせてくれる空は
いいバランスを考えてくれているのでしょうかね。

さて、先日
久しぶりにお友達とランチに行きました。

実は、ずいぶん前から決めていた約束ですが、
私自身、プライベートのごたごたから、
人が集まる場を自分の中で取捨しながら
距離を置いて特に昨年秋頃から過ごしています。

なので、家族以外とのお出かけが
久しぶりだったのです。笑。

お相手は
このブログでも
たびたび登場してくれているKちゃん。

頻繁に連絡を取り合っているので
久しぶりの気がしませんでしたが
手帳を見返し、
「半年ぶりなの?そんなぶり?」と
二人して顔を合わせびっくりしたほど。

時間が過ぎるのは
早いものですねえ。

さて、今回の行先は
ブログで紹介するのを躊躇してしまうほど
お店構えはもちろん、お料理だけでなく、器から、
すべてからお店の方のお心遣いが伝わってくるような
私個人的に品を感じるお気に入りのお店。

画像から伝わりますでしょうかね。

お料理はもちろん素晴らしいのですが、
器一つ一つを見るだけでも
感動が広がっていくのです。

43.jpg

お米に合うような惣菜が
すべての量がちょうどよく、美しく盛られています。

お米は、真っ白で、透明感があって、
噛むほどに甘さというか
旨みが口いっぱいに広がるほどの
美味しさで
Kちゃんのお口に合ったようで
御代わりしていました。

こんなに美味しいお米を御代わり自由にして下さるって
太っ腹!

44.jpg

温かいお茶が急須で欲しいだけ頂け、
これら1800円税込のコースが今回の私たちのランチでした。

Kちゃん、
お店をとっても気に入ってくれた様子で
その表情を見ているだけで
私は嬉しくなりました。

42.jpg

Kちゃんは、毎度、
さりげなくお土産を用意してくれていて
私までも今日は何を持って行こうなかあと
面白くなっています。

早速、主人にも報告して
美味しく頂きましたよ〜

Kちゃんいつもありがとう!

さて、食事の手を止めてしまうほど
話込んだ話題の中から
他者との距離感について、
私自身も再確認させてもらいました。

血がつながっている親族との距離感が
一番難しい。

私自身まさにどんぴしゃでした。

人には人の人生があり、
何を良しとして、何を人生の醍醐味にして
それぞれ考えながら、今日を生きています。

他者との異なる価値観の中から
適度な距離感を保ちながら
相手を気遣う心ある言動ができ、
押し売りでなくて、
それを自然にしている人って
家族もお友達も、一人の人として、
素直に品があるなあと感じています。

だからこそ逆に、
品のない在り方について
考えさせられます。

私は過去、何度も何度も
人との距離感を踏み誤り、
人間関係が続けられなくなった
経験があります。

一度の失敗で反省し、
改善できる賢さがあれば幸いなのでしょうが
私は何度も失敗を繰り返してきました。

だからこそその経験が今、
活かされている節々があり、
私自身が人様の悪臭にならないように
品のある在り方を貫きたいと心から思います。

他者との距離感。

人としてなくてはならない礼儀の一つであり、
距離感を保てない相手に対し、
「出来なくても仕方ない。これから勉強すればいいのだから。」
と今では悠長に思いません。

自分から見て、相手が
立場ある人だとか、
家柄とか、
容姿とか、
長らく古い付き合いだとか、
立ち位置で変わることはありません。

なぜなら、不思議と
距離感を誤る人は、
ずかずかと踏み込んでくるから。

嫌われても結構。

NO!と、あからさまに堂々と
示すようになりました。

そこで、ようやく
相手が気づいてくれるのです。

そのくらい、
分からない人にとっては、
「親しき中にも礼儀あり」がまったく通用しない常識の人が
この世にいるんだと知ってから、
私自身の考えも同時に変わりました。

毎日過ごしていれば
思い通りにならない、理不尽なことが起こることが
世の常。

理不尽な環境でも一旦は受入れ、
そこから自分なりに考え、見直し、
自分なりに前を向いて生きている人には共通して、
他社との距離感の自然に保ち、
その配慮がさりげないんです。

人それぞれが
持っている品のある部分。

気づけたこと、できること、少しづつ、
品のある生活を自分自身送られるよう
豊かさや穏やかさのある日々を過ごしていこうと
そう感じたKちゃんとのランチでした。








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posted by Michi at 11:31| 穴場なグルメ店

2019年02月05日

引っ越し先の訪れるチャンスを待って。

深夜になると
0度近く気温が下がっていた岡崎市も
日中になると5度以上高くなり、寒さ和らぎほっとします。

それでもって今日は、
楽しみにしていたお友達とのランチ。

ポカポカ陽気になってくれて
ラッキー!と朝からウキウキ。笑。

外出する日にお天気が崩れていると
ちょっとばかり億劫になってしまいますからねー

さて。

昨年秋から始めた新居の引っ越し先を探し続けて、早半年・・・

その間、事件が起こり、2回ほど流れていました。

さすがに2回も流れると、引っ越しを断念すべきかと過るもので、
それでも諦めず、前進していましたら。

今月入った途端、いつもの賃貸サイトをチェックしましたら
掲載が始まったばかりのほやほや物件を発見!

発見!

即、管理会社に問合せまして、先日申込み書を提出することができました。

あとは必要書類を揃え、無事審査を通過すれば
早ければ3月中旬に引っ越しで
たぶん、この物件で決めますが、
実は現入居者がまだ生活しているため
内見は出来ない物件です。

せっかく三河地区の賃貸事情を理解出来たので
お役に立てるか分かりませんが
ブログに残しておきます。

ここ岡崎市は、市内を中心に
三河地区一帯が自動車産業の街。

1つの工場に、数万人もの方々が勤める大企業もあり、
多くの家庭が車社会の中で暮らしています。

朝の出勤ラッシュになりますと
主要道路では異常な渋滞を生み、
働く皆さんは毎日その渋滞戦争をくぐり抜けて、お勤めされていて
本当にご苦労様です。

そのくらい大勢の人々が生活されているんだなあと
思うわけでして。

ということは年明け前後、春、秋の人事異動は
三河地区の賃貸事情がまさに引っ越しシーズンとなり、
激戦地と化するものですね。

もちろん物件を選り好みしなければまったく影響を受けませんが
賃料5〜8万円、築10年以内、岡崎中心地、
これらの条件を掲げてしまうと
需要の高い物件域に飛び込んでいることになります。

となれば、
人気物件は必然的にネット情報だけで内見しなまま、契約締結となるのも
うなずけます。

ちなみに私ですが
これまで、世田谷区尾山台、渋谷区神宮前、港区南青山、那覇市金城の
住居・店舗共に賃貸契約を締結してきましたが、
内見せず契約締結するなんて、まずあり得ません。

去年の夏頃、別物件のメゾネットが見つけたのですが、
そこはたまたま内見が出来たので伺いまして
見積書を主人に渡し、翌々日に申し込みの連絡を入れたことがあります。

内見から、たった3日後なのに
「半日早ければ、申し込みを受け付け出来ましたよ。」
と東建物件は流れてしまいました。

確かに、営業の方が
「岡崎市の人気物件は申し込みが早く、ネットで見ただけで申し込む方もおられるので
気になったらすぐ、連絡いただくことをお勧めします。」と言われており、
経験ない私は営業文句だと軽く受け止めてしまい、
違ったようです。汗。

そして、今回。

私の物件探しが引っ越しシーズン真っ最中に重なっているだけでなく、
一軒家のような階建てメゾネットを条件に掲げていたので
砂漠の中で花を探すようなもの。

絶対無理だから、条件変えたら?と
何度友人から釘刺されたことか・・・

それでも諦めきれず、
ホームズ、スーモ、エーブル、
手当たり次第に賃貸サイトをチェックしまくり、
年を明けるのを待って、今日に至るのでした。

これが、岡崎市、三河地区の
引っ越しシーズン中の人気物件賃貸事情と言えるのでしょう。

ちょっと路線をずらしまして、
大げさかもしれませんが
時の流れとか、タイミングってあるなあと
つくづく感じています。

タイミングが良くない時は
どうあがいてもしっくりこない。

そうせざるを得ない理由があれば致し方ないわけですが
それではない自分のわがままな気持ちを抑えられず
強引に進もうものなら、これぞ猪突猛進。

私の経験上、焦って決めたことは
何かしらのトラブルを抱える羽目になり
いい事はおおよそありません。

そこから、何かしら学んでいくものですが
やはり、焦る気持ちは抑え、
自分で静かに動きつつも、
そのうち訪れるタイミングを待つくらいの余裕な気持ちでいるほうが
待っていましたよ!と言わんばかりの
ありがたいチャンスが目の前にやってくるものかと。

今回、申し込みが出来た物件で
再確認できた気がしてなりません。

物件探しは、特に、そんな感覚が
際立ちます。

審査が無事通りますように。







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posted by Michi at 10:32| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年02月04日

セルフケアに流行はないと考えています。



40.jpg

実家からおすそ分けしてもらった大根2本を
ひたすらスライスしまして画像に残しましたら

ティッシュペーパー?
白バラの花びらって言ってよ。

主人とこんな話で笑いまして。
どうでもいい。笑。

41.jpg

以前、更新したブログで
梅肉和えのレシピを公開したのですが
果肉を取り除いた種の回りに
取り切れない果肉が少し残っておりまして
種は一つ一つ小さなものでも
ちょこっとの果肉も
沢山集まれば結構な量になります。

なので、捨てずに取っておきまして
大根のスライスを塩でなじませ
水分を少し抜いてから、
この種たちに、さらにかつお節、てんさい糖、
白だしを加え、スライスした大根となじませ、
時間を置けば、大根の梅肉和えという
れっきとした漬物に変身。

昨夜。

大根と人参を細長くカットして
鰹節、ごま油、ポン酢をかけたサラダを作ったのですが
出来上がった大根の梅肉和えを餃子みたくサラダを巻いて食べましたら
これがまた絶品!

主人が
「レシピどこかに売れそうなくらい美味しいと思う。」と
大喜びでした。

種を取っておくの?
貧乏ったらしい、みすぼらしい、
なんぞと綺麗事は言ってられません。

梅は、
牛、豚、鶏、魚、練り製品、
何でも合う、万能なアイテムです。

おばあちゃんや母から受け継いだ
ケチケチ精神はここでも大いに活きております。笑。

さて、
まったく関連ないのですが
私自身、不定期で行っている美容法を
先日、スキンケア化粧品を購入して下さっている方へ
紹介したので、ブログにも残そうと思います。

毎日、クレンジングや洗顔で
しっかり汚れを落としているようで
落としきれない汚れ。

始めは小さな汚れも積もり積もって
毛穴のつまりや、角質へとなっていきます。

日々の積み重ねで肥厚した汚れが層になり
毎日潤させている
化粧水や美容液の浸透の妨げになってしまっていること、
少なからずそれが原因になっていることもあります。

外気の乾燥や温度差は
細胞の働きが一時的に弱まり、
代謝が低下することで
新陳代謝の滞りというのも
輪をかけて、この冬の乾燥はさらに深刻です。

なので、この肥厚した老化角質を取るような
セルフケアをひと手間取り入れます。

つるっとまでいかなくとも
少しでも肥厚した角質を取れば
化粧水や美容液の浸透が高めまったりするものです。

そこで、私自身が不定期に行っている方法を
紹介します。

まず始める前に、
吹出物があったり、
肌荒れしている箇所には行うと
さらに悪化させますので
その部位は必ず避けて下さい。

また、アトピー肌や
日焼け直後の肌も厳禁です。

それでは。

絹だったり、
赤ちゃんに使えるガーゼだったり、
肌に優しいタオル地などを使用し、
洗顔をする際に、
それら物理的なものを使い、
お顔全体をごしごしという表現が正しいのか分かりませんが
角質をこするように洗います。

念入り行うのではなく、
さらっとやる、
といった表現が伝わりやすいでしょうか。

あとはしっかりすすぎますと、
洗い上がりは突っ張るほど
乾燥してしまいます。

人によってはつっぱりすぎて痛いかもしれません。

しかし、その後
美容液、そして化粧水を
たっぷり与えます。

みるみる浸透していくのが分かるかと思います。

仮に、美容液や化粧水をつけた途端、
素肌が熱をもってかっかしたり、
ぴりぴり痛みが伴うようでしたら
その化粧品が肌に合っていない可能性大、ですので
今ご使用の化粧品が自分の肌に合っている、という前提で
行って下さい。

美容法におきまして、
ピーリングやゴマージュといったアイテムを
使用することがエステティック上ではありますが
それらを購入しなくとも、
上記のような身近な方法で
角質除去に似たようなセルフケアが出来たりしますので
さいきん、化粧水の染み込みが悪い、
肌がゴワゴワしている気がする、
という場合には
一度お試し頂いてもいいかもしれません。

肌体質によりますし
肌そのものが持っている古い角質が剥がれ、
新しい素肌が顔を出すサイクルは実年齢が1ターンという考えもありますので
個人的ですが
月に2回、つまり2週間に一度程度が
いいのかもしれないなあと
42歳の肌質は感じています。

不安な時は試しに、おでこだけやってみます。

痛い、違和感しかない、という場合は
そこでストップという潔さも必要です。

さいごに。

美容法、美容品には
流行がつきものですが
エステティシャンとしてエステテクニックに関わってきた私から
言わせてもらえるなら、
素肌のケアの方法やアイテムは季節に応じることは大切ですが
方法や品に流行は、基本的に必要ないと考えています。

しかし、美容業界もファッションと同様
流通として経済に大きな影響を与えていく上では
流行を考え、常に進化していくことは
成長面としては大切だと思いますので
やはり、セルフケアも
何を良しとするか、自分なりに見出していくことが
とても大切なのかと思っております。







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posted by Michi at 08:57| 主婦の無添加家庭料理

2019年02月02日

それぞれのお役目。

いよいよ2月が始まりましたね。

実は先日1日、
この記事を7割方を仕上げていましたが
まだ更新には至れないなあと思い
一晩寝かせていました。

自分の中のちょっとした
違和感があったので。

少しでもそう感じた時、
心を落ち着かせて次への行動に変える余裕って
大切だなあと思う今日この頃です。

さて、
一昨日が1月最終日だと
狙ったわけではないのですが
たまたま思いつきで、主人に声をかけ
私の両親と4人で
初めてこの顔ぶれで外食へ行きました。

私の両親ですが
実母は、実父と顔を合われば
ぶすっと不機嫌そうに愚痴りはじめ、
その表情をくらう実父も負けじと反撃をするという
長らく犬猿の夫婦仲を過ごしています。

夫婦も長くいれば
いろいろあるでしょうから
なんとなく理解はしていますが
もうちょっと仲良くしたらどうかなあと
思って見ています。

ということで、
私、昨年結婚をしまして
嫁の親に旦那が会いに出向くって
よほど仲が良い家族かと思いますが
年一回の大晦日の晩餐しか過ごさないのは
寂しいものを感じていましてが
しかし、顔を合わせればやりあってしまう両親ですから、
私にとっては、夢のまた夢。

ちなみに、実母がぶすっと不機嫌になったり
極力実父を避けるのは母なりの理由がありまして。

頑固親父の代表格的存在として、
さらに輪をかけて
お酒がまわったこの人の話相手が務まる人って
この世でいるのだろうか?
と思えるほどたちの悪い実父。

私自身も迷惑をこうむることがあるほどで、
しかし、その日、
あれだけ避けていた実母が
「たまには4人で外食もいいんじゃない。」
となったわけで、私一人大騒ぎです!

地元で人気の回転寿司へ行き、
お酒も進んでいくわけですが
どんなに酔っ払って毒舌を吐いていようが
その隣でのらりくらり交わし、
しかも和やかに酔っ払いの実父との会話を楽しんでいる主人が
明らかにクッション的役割になっていました。

クッションになる人がいれば、
犬猿の夫婦も穏やかになっていくもんだなあと
私は終始圧巻で、子どもながらに
とても異様な光景を眺めていました。笑。

もとい。

ささやかながらも両親が
お互いを気遣う
かすかな温かい空気感を垣間見ることができ
2月スタートは
’それぞれのお役目’についてちょっと考えてみました。

さて、私は自分で言うのもなんですが
かなり荒い大人に囲まれて
図太くすくすくと育ちました。

周りに誰がいようと、
感情のままぶつかり合う。

それが毎日、でした。

あの時は、
隣の芝生がどこまでも青々と見えたもので
自分の家族以外の家庭すべてが
穏やかに過ごしているようにしか映らず
なぜ私は穏やかな家に生まれなかったんだろう。
と同級生の全員が、羨ましく思え、
その環境が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

ところが大人になった今。

たとえば話相手に突然どなられたり、
ののしってきたり、
耳をふさぎたくなるほど感情的に訴えて来られましても
子ども時代に養った図太さが
冷静さを保とうとするもう一つの面として
がっちり私を支えていることに
たびたび気が付かされる事が起こりました。

人がもめていたり、
大声でどなり散らすシーンは
言葉が悪いですが、やくざの世界。

近寄りたくない関わりたくないのが
正直なところですが
たまたま居合わせた、
たまたま会話の方向が脱線して相手が感情的になってしまった。

突然、事態が急変した。
そんな場面に出くわすことってありませんでしょうか。

目の前の相手が感情的に大暴れしてきたら
こちらは逃げ場がありません。

そんな時、
相手は何がきっかけで感情に火がついたのか。
何を不安に感じているのだろうか。
どんな結果を求めているのだろうか。

と頭を切り替え、
じりじりと後ずさりし、
必要以上に自分は興奮させず、
沈着しながら居られる冷静さは
あれだけ嫌だった家庭環境だったのに
この両親に育てられなければ養えなかった一面には違いないので、
環境に対して捉え方を一つ変えるだけで
強さにもなり、弱さにも変化するものなんだなあと
発想を広げられるようになった自分がいます。

そして、反面、私は
温かい場所があったおかけで
人らしい優しさも養えました。

それが、おじいちゃんとおばあちゃんの存在。

両親や姉が大声でもみ合っているすぐ隣では
何も関わらず、静かに座る祖父や
畑仕事で収穫した野菜たちの下ごしらえを
キッチンで黙々としている祖母が
私と一緒に過ごしてくれたのは
本当に恵まれた環境でした。

同じ空間に居たのに、
おじいちゃん、おばあちゃんを目の前にしたら
私の避難場所になったんですよね。

もし、毎日、ののしりあい、大声を張り上げ、
大喧嘩ばかりの人間構造だけだったら
きっと、大人に成長してからも
その環境を心の底では安心感を抱き、
その類のタイプの人を
引き寄せてしまっていたのかもしれないという捉え方もできます。

私は、人が感情的になったとき
たった一瞬で、取返しのつかない選択をする
人の愚かさを嫌というほど見てきたので
その類の人たちとは
極力関わりたくありませんが、
おじいちゃん、おばあちゃんの存在が
間違いなく私のクッション役になっていて、
「荒:穏」の両面を
私の中でバランスよく養えたのではないかと
見ています。

人には、その状況状況によって
それぞれの役目がいい塩梅で働く影響力があって
そこに携わる人の心に大なり小なり
ちゃんと影響を与える良さと悪さの両面があるのかもしれません。

さて、
犬猿の夫婦と私は比喩していますが
実は、二人が唯一
筋が通っていると感じることがあります。

それは、
人としての正しい在り方や、
それを貫く断固たる強さです。

私自身、20代後半に自立してから
社会人になり、
いろいろな人間関係の中に
身を置くようになってから、
親も一人の人だと
客観的な視野を持てるようになったわけですが、
周りを見渡せば見渡すほど
両親が貫いてきたその強さには
天下一品に近いものを
感じずにはいられません。

たとえば、
人が集まれば社会になります。

一人一人が住みよい社会になるために、
国は法律を定め、人は道徳の元、
社会の中で生かされています。

法律には遵守する義務があり、
反すれば罰則の対象になりますが
道徳は反しても、罰則はありません。

道徳は個々の価値観であったり、生き方。

生きるために何を大切に重んじ、
日々の生活の中で起こる環境に自問自答しながら、
自分自身の人生を築いていくのが
人の道かと思います。

つまりは、人の自立。
精神的自立、
経済的自立、
社会的自立。

自立している一人一人が集合し
社会が構成されていると思いますが
両目をしっかり見開き、見渡してみますと
自立できているだろうか?と感じてしまう人が
少なからずおられます。

そもそも
何が自立で、何が人としての正しい在り方、生き方なのか、
法律のような一律の定めはありません。

その尺度は
自分の経験の中で気づき、自分なりの答えを
日々の生活の中で
見出していくことで築いていくものだと
私は思っています。

私自身、
その自立の本当の意味が分からないまま
長らく過ごしていたので、言えるのですが、
自立できない在り方の一つに、
わがままがあるかと捉えています。

人は誰しもわがままな面を持っています。
私も、結構わがままですし。

それを押し通すのか、それとも、
時と場合、周りの環境を見ながら、
ひっこめたり押したり、
微調整しながら環境に合わせていくのが
それぞれの性格だったり、
良識ある大人かと思っています。

「あの人はわがままだ。」
とはよく耳にする声ですが
何をわがままと捉えるのか
この線引きは、聞いてみないと分かりませんが
私が考えるに、要は、
急いでいるから赤信号を無視して渡ってしまおう。
お金が足りないから身内にお金を借りて、欲しいものを買おう。
兄弟が人の物を盗んでいるけれど喧嘩したくないから黙っておこう。
あの人は精神的に弱い人で仕事に支障が出るがそこは目をつむろう。

もし、自分のそばで
これをあからさまに良しとして堂々と生きている人がいたら、
明らかに人としての冷静さを失っていて、
周りに迷惑をかけていると冷静に気づきたいものです。

その本人が
「これが私だから。」
「これは私が良しと思って決めたことだから。」
と言い放ったとしても、
迷惑をかけていなかければいいのでしょうが、
済まされない部分も必ずあります。

なぜなら、
急いでいても赤信号を渡ってはいけませんし、
お金が足りなければ蓄えればいいですし、そもそもお金を借りるべきではありませんし、
人の物は盗んではいけませんし、
弱いなら仕事を休んだり、それなりの治療をしなければ、仕事の支障は周りの誰かの手を借りなければいけませんし、

それが人としてずれている、
間違っていることであって、
どれだけ捉え方を変えても、間違っているものは間違っているという
姿かと思います。

仮にそばに居る人がそうであっても、
喧嘩をしたくないから、
相手を傷つけたくないから、
と自分が目を伏せてしまうようであれば
それは甘えであり、
相手のわがままはより助長されている
自分もわがままである構図かと
私は捉えているのですが
そういったわがままな在り方を
断固違っていると貫いたのが
私の両親二人に共通している強さでした。

実際の話ですが
今ではその面影すらありませんが
思春期の頃、私の姉は
人の道から外れつつありました。

実父はそんな姉を
連れ戻しては、姉はまた飛び出し、
連れ戻しては、また飛び出し、
毎日続けていました。

仕事から帰宅し、
心身共にくたくたなはずなのに、
家に居ない姉を必ず探しあて、何時だろうと
必ず家へ連れ戻します。

泣けば、
体調不良を訴えれば、
仲間を家に連れてこれば、
親は自分の思い通りになってくれるはずだろう、
という本人の甘えもしっかり見抜き、
一切受け付けませんでした。

ほっておけば抜けられない道に進んでしまうからと
負の可能性すら阻止をした徹底ぶりには
怖いものがありました。

人は本気で命を懸けて向き合っている時、
品よく穏やかにはぜったいに居られません。

周りに人がいようと、
誰にどう思われようと、
自分や相手が血や涙や鼻水でぐちゃぐちゃになろうと
本気で向き合っている時、
人は自分に構いません。

そして、それを貫ける人は
ごく一部かもしれません。

姉の周りに居た人たちの親は誰一人、
我が子を連れ戻すことがなかったそうです。

誰一人。

この詳細は
また別の機会でブログで更新するか分かりませんが
さいきん、主人と、この話題について、
深く話すようにしています。

もし、我が子が
人の道から外れようとしたら
自分が親なら、子どもが暴れても阻止できるか?と。

もし、私の両親が
あの時、姉を傷つけたくないという
自分たちの感情を守ったら、
姉はわがままなまま、自立できない大人へと
成長したかもしれませんし、
今も尚、両者とも泣き続けていたかもしれません。

家族も人格をもった一人の人ですが
もっとも身近な家族だからこそ、
人として冷静に見極め、
断固、相容れないと線を引けなければ、
結局、自分の身も守れませんし、
活かされている社会でも自立して生きていくことは
難しいのではないでしょうか。

私は、両親の背中を見て、
強く感じました。

人としての正しい軸がないまま
自分の感情を優先するばかりの
わがままな在り方だけは、
せめて自分は
しないようにいつも言い聞かせていますが

間違っているからと
愛しい我が子を
叱り続ける切なさの本当の意味は
きっと自分が親になってから
理解していくことなのでしょう。

その両親もすでに70歳にさしかかり、
角々しかった二人の心にすこしばかり、
人らしい穏やかな温かさが戻りつつあります。

また、新たなクッション役の登場によって、
先日のような穏やかな時間を
過ごすことが出来たのかもしれません。

家族とは、それぞれが、それぞれの役目に
結果的にきちんと活かされているもので
ちゃんと支え合っているのでしょうね。

一番してはいけない過ちは
正しいことは正しい、
間違っていることは間違っている、
この在り方を経験から見直さず、軸に立てず、
思い通りにならない現実に背を向け、
自分の感情に蓋をしてしまい、
どこかのコピーの在り方を
人としての生き方だと貫いてしまい、
起こっている現実に他力本願になり
放置してしまう生き方を送ることかと思っています。

その在り方に自分がどんどんと進んでしまえば、
そこは甘さやわがまましかない世界となり、
穏やかな豊かな生活から
かけ離れていってしまうのかもしれません。

いやいや、
それにしても先日の団欒な席は
異様な光景でしたが
これからもちょくちょく実両親と美味しい食事が出来たらなあと思い、
それぞれが影響し合うお役目の大切さを考えながら
先日の2月を迎えました。






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posted by Michi at 13:15| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月31日

今、私ができる精一杯の事。

頂いた梅干しを
より食べやすいように
梅肉和えとして、ただいま調理中です。

私は、香りを嗅ぐだけで
唾が出てきそうな梅干しに
かつお節とお砂糖でさらに漬けて
甘くした調理した梅肉和えが好きです。

実はこの味で育ったところもありまして、
実母のレシピです。

大変ありがたいことなのですが
大量に漬けられた梅干したちの瓶詰を頂きますと
梅干し好きにはたまらないほど
そのものだけでも美味しく頂けるものかと思いますが
中には酸っぱさだけ際立ち、
私のように甘めの梅漬けが好きなタイプとしては
そのままだと中々手が伸びません。

そんな時。

タッパに小分けしまして
私は’てんさい糖’を使用しますが
その甘味料を結構量入れまして
ひたすら混ぜ混ぜします。

36.jpg

こんなかんじのピュウレ状になったら
かつお節をさらに大量に入れまして。

37.jpg

ある程度、種から果肉が取れた頃、
網を使って、さらに、種にまだ残っている果肉をそぎ取るようにして
種だけを抜き、一定期間保管して、ようやく食卓に並べます。

いい箸休めになりますし、
お弁当、おにぎりだけでなく
生野菜の即席漬けの元として使えたり、
茹でた鶏肉の上に乗せれば、
いいおかずになります。

夏であれば、やっこもさいこうです。

今、主人の実家に一時的に住んでいますが
嫁いだばかりのとき、
この梅干し5Lくらいの瓶詰が4本ほど
まったく手が付けられない状態で放置されていました。

「酸っぱくて食べられないの。捨てようかと思っていて。」
という義母とは逆で
私には食材の宝庫に見えてしまい。笑。

今では、甘い梅肉和えに姿を変え、
私たち夫婦の大切な食のお共です。

目をギラギラして生きている方と過去、
’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’
という話題に、なぜか避けられず、
話合いの席に半強制的についてしまった事がありました。

そのときの話題の一例です。

「偉大なあの人が貢献に微力ながらも自分が支えになれたらと誇り高いことです。だから私はその人に尽くしています。」
と胸を張って言われるので、
「その偉大な人はあなたとはどういったご関係ですか?」
と返答しますと、失礼だと激怒されました。笑。

「偉大な人の貢献が冊子になっていて、これを買うことそのものが立派な社会貢献になるので、あなたにも買ってほしい。」
と言われるので、
「社会の貢献って、そもそも収入を得ていれば、必然的に住民税だって納めていますし、一歩外へ出てお買い物すれば、消費税を納めているわけだし、逃げたくても逃げられない税金ですから、敢えて動かなくとも、立派に社会の貢献を自然にしているものですよね?なぜさらに買うことが社会貢献なのでしょうか。」
と返答しますと、鼻で笑われました。

「この記事には素晴らしいことが書いてあるから、だから、自分で買って、読んで欲しい。」
と言われるので、
「今の時代、本屋へ行き、立ち読みできます。それは買う前に、ある程度中身を見てから、買うかどうか決めるために試し読みができるわけで、例え、本屋が扱っていなくても、インターネットで無料で見られるだろうし、わざわざ買わなくても目は通す方法ってありますよね?素晴らしいことだと言われますが、自分の心で感じ取るからこそ素晴らしいことであって、第三者が押し付けることってずれていませんか?」
と返答をしますと、にんわり笑って、何も返答してこなかったり。笑。


’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’

その方は自分なりに考え、
尽くせることとして一貫しているようでしたが
明らかに私の返答に対して、
穏やかな表情ではなく、
ひきつり、
さいごは怒りの表情でした。

通常、人との会話は、
自分の考えと違うと相手が言われても、
「そういった考えもあるのね。私は自分で経験してきたからこそ、こう感じ、こう思うわ。」
という、あくまで自分の人生経験が自分の考えの軸となり、
その上で新たな考えの理解を広げるような
穏やかな会話へと発展していくものかと思っていますが
目をギラギラさせる方と
同じようなシーンになりますと
自分の人生経験の自分の考えの軸が
偉大な人に置き換えられていて
ちょっとずれていませんでしょうか、と
そこをじんわりつつきながら
私は私なりに冷静に穏やかな表情で伝えたつもりなのですが
相手は明らかに冷静さを失っておられました。

その姿からは、
悲しいかな悲壮感しか漂わず、
何を言っても駄目かもしれない、と
私は口にチャックをしました。

前述した梅肉和えは
そもそも、
私が目の前のすべき優先順位を家事にしようと自分で決めているので
「さあ、作ろう」となっています。

それは、主人のためであり、
結局は自分の生活のためです。

仮に私が生活を第一に考えず、
つまり、自分の生活以前に
第三者を支えることに主軸を置いたら?

きっと、
家を掃除したり、
家族の為に食事したり、
住まわせてもらっている地域の活動など
自分の生活にほとんど手をつけず、
第三者のためにお金も生活も
すべて何もかもを投げ出して優先していくでしょうし、
私のような相手の気持ちを逆なでるような人とはぜったいに関わらず、
同じ考えの人とだけと交流し、生きていくと思います。

だって、それが
’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’
自分の考える尊いことだから。

ギラギラした目の方と
過去の自分の在り方をリンクさせながら
冷静に振り返ることがきっかけになり
ようやく今になり、
その心の仕組みを自分なりに理解しつつあります。

今、自分ができる精一杯の事。

あくまで人生の主軸は自分であり、
そこさえずれず、その1つの道をひたすら貫いていけば
自ずと自分で答えが導きだせるのでは
ないでしょうか。

自分の人生の責任は、自分ですから。

それを第三者にしてしまうことで、
自分で自分の人生を歩んでいると勘違いしたまま
右にも左にも分かれてしまい、
どこかのタイミングで
それに自分が気づければ起動修正はできるもので
そこすら目を向けられず、気づけず、そのまま年を重ねてしまったら?

やはり、私は
たとえ酸っぱい梅干しでも
網を使って丁寧に自分の手でこしながら
美味しく食べられる方法を見つけ、手間をかけ、
ささやかながらも幸せや豊かさを味わえる
人生に活かしたい、と改めて心から強く感じました。

さあ、梅肉和え、沢山できたので
周りの大切な方におすそ分けしよっと。








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posted by Michi at 10:15| 主婦の無添加家庭料理

2019年01月30日

自分の心でしっかり感じて1票を投じたい。

私が住む三河地区では
今週末2月3日に行われる
愛知県知事選挙に立候補する応援活動車が周り
生き生きとした声で
うぐいす嬢の演説が
私の部屋まで響き渡っています。

選挙の応援活動といえば。

私が高校生の頃ですが
母方の身内の叔父さんが
とある選挙に立候補した時、
うぐいす嬢として何度かお手伝いをしました。

今では、
何の選挙に立候補したことすら忘れてしまいましたが
遠くとも血縁だからと、祖母に頼まれ、
しぶしぶ行かされ、
そのお手伝いの私の楽しみは
不謹慎にも食、でした。

そのおじさんの家には
誰の繋がりなのか知らない婦人たちがより集まり
ワイワイガヤガヤ楽しそうに炊き出しをして
活動で出入りする人たちのために
率先して台所仕事を担ってくれていて
それを唯一の楽しみにして、
うぐいす嬢に励んでいた経験です。

また、
だいぶ大人になってから。

都内で生活している頃、
とある秘書をしている知人社長のお誘いで
永田町の会館を何度か行き来しながら
活動の催しのお手伝いを
ボランティアスタッフとして数回やったり
また、
昨年まで住んでいた那覇で生活していた時も
お手伝いをかねて
とある議員さんの事務所へ
何度か行き来し、
お手伝いをしたこともありました。

私個人的には
その手のお手伝いはちょこちょこさせてもらいましたが
選挙そのものにはうとく、
まったく何も語れません。

ただ、何となくながら、
その世界の中を見て感じたことは
選挙は、立候補前からその活動が始まっており、
その責任は当本人だけでなく、
家族にもその視線が厳しく向けられ、
多額のお金が動き、多くの人を巻き込むので
私の人生は選挙活動と無縁の場所で過ごしたいなあと
正直に思ったものです。

ギラギラと
使命感に燃えた人たちと言えば。

この時期になると
不思議な行動を始める人が
表れるものだなあと
客観的に見ている私がいます。

「あの人の活動は素晴らしいの。だから今度の選挙、あの人に1票入れてね。」と
わざわざ電話をよこす元友人や、
日頃何度も私と顔を合わせているのに
ほとんど会話もせず、
「ゆっくり話をさせて下さい。」
と、この時期になると途端に言い始める人や。

「あの人の活動でこのような社会が現実に変わっているのです。だから今度の選挙、あの人に1票入れてね。」
家に押しかける人もいたり。

必ず目をぎらぎらさせて、出没します。笑。

一見、応援活動に使命感を抱き、元気に
はきはきしているようですが
「なぜ、人としての繋がりを
日頃からしっかり築かないのだろうか。」
と、ひねくれた私からしたら
その動きに矛盾しか感じられず
そこに気づけない姿が不思議でなりませんし、
特に投票は、
立候補者がどんな思いで日頃その活動をしているのか、
自分の目で見て、自分で判断することであって、
第三者が薦めることではないのになあと
思っています。

目をギラギラさせている人たちを見ていますと
日頃から周りの人との関係を良好に築かず
このときばかりがチャンス!と言わんばかりに、
自分の言いたいことだけを言い放っている自分の残念な姿に
気づけないものかなあと思えてなりません。

私はこれまで数回ですが
選挙関連のお手伝いとして、
実際に現場に立った私が言えるのなら、
「土足でもよそ様の領域に入り、1票入れてもらうよう応援活動をせよ!」
とは、一度も指示を受けたことがありませんので
過去の経験を振り返ってみても、
どうしてもその在り方には、すっきりしません。

これって、
こんなことにたとえられませんでしょうか。

複数人で会話をしていて
その中にダイエットをしてもなかなか痩せられない人がいたとして、
「何かダイエットでアドバイスはありますか?」
と、当の本人から自分へ直接質問をしてきたら、
そのときはじめて、
アドバイスを伝えるのが
通常の会話の流れかと思います。

そして、質問を受けたら
基本的には自分の成功例をお伝えしませんでしょうか。

しかし。

当の本人が何も質問をしていないのに
たまたまその話題が挙がったからと言って
私がいきなりダイエットのアドバイスをし始めたら。

「何も聞いていないのに何言ってるのだろう。」

聞いている周りはドン引きで、
押し売りのような、
お節介のような、
所謂、会話のキャッチボールが出来ない
残念な人として指を差されて終しまいです。

仮に、
自分が10キロ痩せたダイエット方法があるから
自信をもって教えられるわ!
と自負できても、
やはり、前提には、
それを知りたい相手がいるからこそ成り立つ会話であって、
この順序を無視して一人勝手に暴走している姿と
似ているなあと。

私自身もあるのですが
特に、女子会でおお盛り上がりしてしまうときなんて
女子特有の楽しい会話に、
時々、暴走して、反省することがあります。

そんな時、
「いかん、お節介の域にはいってしまった。」
と、我に返ります。

なぜ、そこに気づくかと言えば、
会話には、必ず、
相手の顔の動き、
身体から発せられる表情、
返答など、
相手の無表情さと言いますか、
相容れないという表情と言いますか、
うまくかみ合わないなあという
違和感を抱いているサインを
発してくれているものです。

だから、さっと身を引くことが出来るわけで、
逆に相手も自分と同じような感覚で
会話をしている方なのかどうかも
感覚で分かるものです。

前述した、
他者の活動の担い手として
使命感にメラメラ燃えている人を目の前にしますと
仮にその人が仕事として収入を得ている活動であれば
ある意味、理解できる範囲ですが
自分の意志で、
任意でその使命感を貫いておらる姿は
やはり度を超えており、
また会話のキャッチボール以前に
「ちょっと待った。私は何も質問をしていませんよ。ずかずかはいっていますよ。」
と、じわりじわり引いてしまいます。

何のために、選挙活動をお手伝いしているだろうと
その人の心を私はどうしても感じ取ることができず、

ご家族の御飯はちゃんと作っていますか?
自分の生活のために家でやるべきことはないですか?
仕事には支障でていませんか?
その応援している方は身内だからやっているんですか?
ガソリン代は応援事務所が負担してくれているから回られてるのですよね?

と、近所のおばちゃんのように
心配になってしまいます。

まずは、自分の生活を成り立たせることが
人として基本かと私は思っています。

仮に必死に、生きぬこうと
走っている本物の人の目と比べてしまうと
たとえたダイエットの会話のキャッチボールが出来ない姿と同じで
一人暴走している行き過ぎた人たちとは
本物の生きた使命感を感じ取ることが出来ず、
静かに線を引いている自分がいます。

さあ、今週末は投票ですので、
それぞれ立候補者の方が
どんな思いで日頃その活動をしているのか。

私は、自分の目で見て、
自分の心でしっかり感じ取って、
清き1票として投票したいと思います。







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posted by Michi at 11:27| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月28日

今、自分には何が欠けていて何が足りないのか。

今日は、講習へ行ってきます。

講習内容は美容ではなく、
労務向けの事務講習です。

昨年秋ですが
会員費を納めている
ある団体の広報部から
その案内が届きまして
先着順での無料講習との案内が目に入り、
所定の申込みに従って、
今日の受講となりました。

さて、
自分が労務に携わったと言えば
もう10年以上前になりますが
自営業として初めて従業員を正社員として雇用した時の事です。

それまで私は勤め人でしたので
労務と聞けば頭が痛くなりそうな
手渡された保険証を受取り、
給与から天引きされる社会保険料や
源泉徴収の内容をさらっと目を通す程度でした。

それが、自分が手続きをする側に立ちまして
従業員を雇えば
法令に従った加入の義務があり
法令で定められた手順で必要書類を揃え
行政の機関へ提出しなければなりません。

その一連の流れには、
それなりの知識が必須で
労力や手間がかかることを
立場が変わり初めて理解しました。

また私の場合、
契約していた顧問会計士の先生が
ある程度サポートをしてくれていたので
分からないことがあれば先生に聞こう、
という甘さがあったので
自治体や行政機関が無料で講習会を開催しているところには
目が向きませんでした。

また今の時代、
分からないことがあれば
インターネットで検索をかければ
情報を簡単に得られますし、
今日のような本格的な事務講習を
あえて受講せず、今日に至っています。

任意の講習。

義務や責任ではないけれど
自分に何が欠けていて、
何が足りないのか、
そこに意識を向けられたから
目を向けられました。

今回、私が受講する会員向けに開催されているサービスは、
会社によっては必要であり、
会社によっては必要ではないので
今回このタイミングで受講できることが出来て
私にとっては幸いです。

さあ、頭をリセットして
労務の基礎に目を向けてみようと思います。








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posted by Michi at 10:18| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月27日

不調をきたしてはじめて有難みを痛感する。

師走まで走り切って、
その疲れを年末年始休暇で癒し、
新年明けて通常の日常を送り、
再び身体が忙しさに慣れてきた頃、
ぷつっと糸が切れたように
体調不良に見舞われる。

でしょうか。

先週末から主人が
胃腸風邪で寝込みました。

無理がたたったのか。
それとも、
自分の免疫力が相手にもならない
強力なウイルスの威力に負けてしまったのか。

「一緒に仕事をしていた人がマスクをしていてしんどそうだったから、あの人からうつったかもしれない。」
と本人は言っていましたが
めったに体調を崩すことがない、と言いますか
私は主人と出逢ってから体調不良の姿を一度も見たことがなく、
「3年ぶりくらいに風邪で寝込んだ。」
というので正直驚きました。

前兆は、先週木曜日の夜から始まりました。

その日、いつも通り夕食を終えると
「今日は眠いからこのまま寝てしまうかもしれない。」
と19時には布団に入り、数時間後、
「寒気が止まらない。」
となりました。

たまたま私が別の治療で処方されていた
ロキソニンが残っていたので
それを服用。

じきに寒気は治まり、一先ず、朝を迎えましたが
熱は38度以上のまま、翌日金曜日は
身体を引きずるように仕事に出ました。

帰宅後、お昼のお弁当半分を残したまま帰ってきて、
その不調さがひしひしとこちらまで伝わってくるようでした。

薬を飲むためだけの御汁を食しただけで寝込みまして、
不幸中の幸いなのか
たまたま先日土曜日は仕事が入っていなかったので
丸1日ゆっくりと身体を休め、
一日3回の抗生物質のおかげか、食欲も戻りつつあり、
日曜日の今日の朝は
ようやく平熱に戻り、
無事仕事へ出ることが出来ました。

ほっ。

生意気のようですが
私からみると主人は鉄人か!と思う程
身体が強いのです。

平熱が高めなので免疫力が強いのか、
あるとき、一緒に居た私が突然39度の発熱に襲われ
風邪をこじらせてしまい、その看病をしてくれたのですが
まったくうつりませんでした。

仕事は8割がた、肉体労働なので、
元々筋肉質がさらにがっちりとした
体格を築いていますし。

そして、危険が伴う仕事でありながら
今のところ大きな怪我をすることもなく、
年数回襲ってくるぎっくり腰をのぞけば
41年間、健康体で過ごせているようです。

健康に胡坐をかいていない?という節を、
私から見るとどうしても感じてしまうので
「自分がいつまでも若いとは思わないで、健康のありがたみをしっかり感じて下さい。」
と、体調不良で寝込む病人を痛めつけるように
と言ってしまったほど。

体調を崩してから
健康にありがたみを感じていては
遅いんですけどね。

なぜなら。

自営業と企業勤めの大きな違いは
自分の仕事の変わりをしてくれる人がいないことです。

もちろん、
自分の変わりに、その業務を担当できる外注さんなり
従業員さんがいれば、
周りに迷惑をかかることは
とりあえず避けられます。

ですから、
一人ですべてをこなす自営業者にとって、
身体の不調が原因で仕事ができなくなることは
致命傷です。

なので、主人のような健康体は
体調不良を定期的に経験でもしないと
いつまでも胡坐をかきつづけそうです。汗。

身体が資本。

とはいえ、
どれほど自分なりに健康管理に務めていたとしても
事故や怪我など
万が一が起こらないとはどこにも保障はありません!

と、どれだけ私が心の声を叫ぼうと
主人に鞭を打とうが
本人が心から思わければ
何も意味がありませんから、
この気持ちをブログにぶつけてしまいました。

そんな私ですが昨夜、足の関節の鈍痛があり
3日間看病していて
いよいよ次は私の番か?と気をもめましたが
今朝、すっきり目覚めることができたので
ちょっと安心しています。

自分にいつ、何が起こるか分からない。
主人にいつ、何が起こるか分からない。

もし、いつ、どのような内容で予期せぬ事態が起こっても
冷静に判断し、行動できるような
健康管理、
生活習慣、
金銭感覚、
人間関係、
心の在り方や生き方を
いつも整えておくことは
日々生活を送る上でとても大切な事だと
主人を看病しながら、改めて心から思いました。

こんなことをいつも考えすぎて
鳥越苦労が行き過ぎて、ストレスでがんじからめでもなく、
パニックしているわけでもなく、
冷静な時、日頃から自分がどんな在り方でいるのかが
結局、自分の身を助けるのではないでしょうか。

私は、そう思えてなりません。

これをいつも頭にしっかり置きながら
今日も一日を心込めて過ごしたいと思います。







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posted by Michi at 09:51| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月26日

プロフィール1

※2020年1月26日加筆。

24.jpg

初めまして、の皆様へ
ようこそ私のブログへ
辿り着いて下さいました。

そして、いつもブログをご覧下さっている皆様へ
御覧下さりとても嬉しく励みになっています。

どなた様も
ありがとうございます。

さて、私の自己紹介をします。

私は、1970年代生まれです。

桜が美しく咲き誇る春
生まれも育ちも地元で
のびのび育った両親の元で
生まれました。

4つ上の姉、8つ下の弟がいる二女です。

三河湾内に面した
大きくもなく
小さくもないそれは美しい
海と山に囲まれた穏やかな田舎地方です。

大した夢も抱かず私は
公立高校家政科に入学し卒業。

在学中に
管理栄養士を目指しはじめ
4大と併設している専門学校の試験を受験し
内定を無事頂きました。

その通りのレールを走れたのなら
今頃は管理栄養士になっていると思います。

あとは入学式を待つだけだわ。

なんて舞い上がっていましたら
なんと直前で父の強い希望で
自営に入らざる得ない状況が訪れました。

一企業、一団体に1人程度しか就職できない
狭き職種は
たとえ資格を取得しても
就職できる保証が低いから。

もっともな理由なので
反論の余地はなかったわけですが
であるなら、受験する前になぜ止めてくれなかったのか。

というより
それで入学を断念したので
私の熱意はその程度、ともいえるのでしょうね。

にしてもショックだった。

こうして2年間、父の会社を
正社員として入社しましたが
父は脱サラして起業したばかりで
幸いなことに
朝は早くから
夜は遅くまで多忙を極めました。

その時期に手伝えたのは
いやいやではありましたけれど
親孝行できたかなあと
今では振り返っています。

その後、少しあこがれていたOLになったり
職を転々とした後
24歳でエステティシャンの扉を開きました。

4年間
現場での実務経験を積んでから
20代後半にその職種で独立をしました。

独立したばかりの頃は、
友人や親族など狭い範囲で営業をしていましたが
半年して東京都内へ拠点を移し
新天地での営業を始めました。

はじめは、究極のリラクゼーションに
メニューを定め
世田谷区尾山台に居住地を移し
田園調布を中心に営業を試みました。

生活できるほど収入を得られるような
甘い世界ではなく
紆余曲折しながらなんとか細々営業を続けながら
’ぷる肌小顔’から’リフトアップ小顔’、
そしてブライダルエステに
メニューのリニューアルをして
ターゲット地を表参道に定めました。

居住地を渋谷区へ移し
こうして、表参道青山で
私にとって人生初の実店舗を賃貸し
独立の波に乗りました。

なんて聞こえはいいかもしれませんが
私は人生で一番、自分にとって大きな
大きな借金を抱えたのでした。

充実した毎日を送りつつ、
4年後に都内の営業を終了し、沖縄那覇市へ移住しました。

美しい海と鮮やかな花々に囲まれた温暖なリゾート地は
私には異国の地でしたが
那覇市金城のデザイナーズアパートを賃貸し、
そこでプライベートサロンを再開しました。

スタッフを雇用しなければこなせないくらいお店が忙しい時期もあり
逆に生活もままならない時期もあり
私の商売の波は激しかった。

けれど、そのたびに
別収入を得ながら大まかな借金も返済し、
生活を立て直しつつある頃に
ある男性と出会いました。

ここまでが、起業時代の私のストーリーです。

その男性とはお互いアラフォーのいい大人同士で
自営業者ということもあり
遠距離恋愛でしたが短い期間でとんとん拍子に事が進み
出逢って半年した41歳の春、入籍しました。

その過程をかなりかなり、長文更新しておりまして
読み終えるのに疲れさせてしまいますが><
お時間あればご一読に挑戦して下さいませ。

独立してから29歳で故郷を飛び出してから
14年ぶりに故郷に出戻ってきて
改めて地元三河に縁があるんだなあと
振り返る今日この頃です。

今は愛知県岡崎市民となり
地元でエステティシャンを再開しています。





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posted by Michi at 08:00| 告知・自己紹介

2019年01月25日

日常生活の中の非日常を自分なりに作ってみると。

一昨日、無事北関東から戻り、
いつもの日常に戻っていますが
私自身、先日は朝から午後過ぎまで所用で外出だったため
今日4日ぶりに
いつもの自分の落ち着いた日常が
始まったような気がしています。

ということで今回の北関東、
画像の整理と共に
私の頭の整理をしようと思います。

北関東へ発つ初日、
夕方前に岡崎ICから目的地へ向けて
出発しました。

浜松を過ぎた頃には
陽が暮れ始め、
ヤマブキ色に優しく広がった美しい夕焼けに
遭遇することが出来ました。

新東名高速道路を上りへ走行していたのですが
静岡県にはいりますと
いくつかのトンネルを
通過しなければなりません。

ちょうど日暮れにさしかかり、
とあるトンネルを過ぎますと・・・

「どでかいまんまるのお月さんだ!」
と主人が叫んだほど、見事なまでの眩しいお月さんが
夜空へ向けて登ろうと顔を出している途中でした。

20190125-1.jpg

夜間の工事現場照明?

かと思ってしまったほどの煌々と街を照らすような明るさで
画像にはうまく収められませんでしたが
本当に圧巻でした。

朝日、夕暮れ、自然。

何度同じ道を走行しても
気候や時間帯と、タイミングがほんの少しずれただけで
目に映る光景がまったく変わり、
今、目に映っている景色は
ほんの一瞬しかない。

そう思うと
かけがえのない瞬間であり、
自分の感性がくすぶられるような
私にとって、ドライブは貴重な楽しみの一つです。

こうして、主人とロケーションを楽しみながら
途中、通行止めによる迂回をしたため
予定より1時間伸びて22時を回りましたが
移動中に手配が完了できた
翌日の目的地から近い
アパホテルへ無事到着することができました。

これがプライベートであれば
ホテル周辺の居酒屋へ足が向かうところですが
明日に備えて身体を休めなければなりませんし、
所用を終えた後は
プライベートでの出費が待っています。

「外出だからと言って、外食ばかりしてしまうと食の感動が薄れるし、疲れるから今夜はホテルでゆっくりしよう。」
となりまして、コンビニで軽食を購入し、
部屋でゆっくり過ごしました。

私ですが、今回に限らず
宿泊するような外出時には朝夕問わず、
念のため、軽いお弁当を作って
出掛けるようにしています。

長距離走行は、
渋滞など予測できないところがあり
たとえかなりの余裕を持たせた移動時間ですら
万が一、飲食店の閉店時間に入ってしまうと
お店での飲食は、まず厳しくなります。

こうした想定外の事態を過去に何度か経験していたので
それ以来、遠出をする際は、
ほぼ軽食を持参するようにしています。

なので、その日も自宅を出る前に
2種類のおにぎり5個、
生ハム添えのカリフラワーやさやえんどうを茹でた大量のサラダ、
かまぼこと果実。

これら軽いお弁当を準備してきたので
道中、つまみながら移動することが出来ました。

やはり、準備して正解でした。

さて、今回の第一の目的。
実は、主人の仕事でした。

県外出張の仕事に合わせ、
現地に前日入り。

翌日は、予定の仕事をこなし、
終えたらそれ以降はプライベート。

そこに
私が同乗した、というわけです。

実は、このような同乗は
今回が初めてではなく、
「私も行きたい〜」という軽いノリ、とも違い、
主人の同意を得た上で成り立っているわけですが。

クライアントさんから
県外出張のお話を頂いた際、
現地の場所、
どの程度の関係者が仕事に関わるのか、
主人が予測できる範囲を事前に教えてもらい、
もし、その道中、私が同乗しても
主人に負担がかからないだろうか、
ということを事前に確認しています。

また主人は今、一人親方という自営業なので
定期的な休みを自分で立てるものではなく、
あくまで仕事が入らなかった日が休みになる、
勤め人とは逆のスタイルに在ります。

なので、
大変有難いことではありますが
1か月ぶっ通しでお仕事が続けば、
繁忙期では休みのない月もある程。

ですから、
予め旅行の計画を立てるという
プライベートを優先しにくいスタンスにあり、
こうした県外出張プラス、翌日の移動=余暇に
充てるというスタイルです。

また、
私自身も自営業でもあり、
ノートパソコンとスマートフォンの端末2台さえあれば
成り立つ業務もあるので、
自宅のマイデスクで落ち着いて作業に没頭することもできますが、
敢えて、こうしたロケーションが変わることで、
ごちゃごちゃした頭を整理できたり、
環境が変わることは
いい意味でリセットになります。

また、県外出張先の近隣が
観光地であれば
主人が仕事中、私だけ一人ぷらっと観光をすることもありますし、
現場近くにカフェがあれば
丸一日静かにこもり、作業に没頭することも出来るので
県外出張に同乗できることは、
私自身にとっても、合理的。

勤務時間が決まっている会社員であると、
こういう自由はまず効きませんので
そう思うと、こうした有効に時間を活用できる環境に
とても有難さを感じています。

さて、また幸いにして主人は
予定より大幅に早く仕事を終わらせることができ、
合流してから、一緒にランチを済ませ、
まだ決められなかったお宿を
30分ほどリサーチをして、手配しました。

本来であれば、
お宿は事前に予約するものです。

しかし、前述したような主人の仕事上、
時間が読めるようで読めない事情から
お宿は、その日の動きに合わせた予約が
私たちのスタイルです。

たとえば、
チェックインの時間がはっきりできない、
夕食前にお宿へ入れるかも分からない、
状況によってはクライアントさんとの会食が入る、
といったイレギュラーも実際に起こります。

この在り方は、実は、
予定を事前に立てずとも
随時フレキシブルに、かつ、
都度、迅速に判断しながら動く軽さがある私たちには
ぴったりの動き方です。

希望通り、予定通りに事が運ばないことで
自らを乱すことはなく
これがダメならあれにしてみようか、という
機敏さの中で事が進んでいます。

自分の中で、先を読むという感覚を
しっかり働かせながら。

これは、一見、
方向性が定まっていない
ぶれた在り方と受けて取れそうですが
実際はそうではありません。

これらの選択の軸は、
第一は仕事にあります。

仕事の場所がどこか。
その場所軸によって、
前泊の宿とプライベートの範囲が決まっています。

仕事が何時から始まり、おおよそ何時に終わるかの時間軸によって、
移動できる距離、行動範囲が決まっています。

たとえば、
私か、主人のどちらかが
事前にすべての準備を整えて、
きっちり予定を立てた旅程表を作り、
その通りこなさなければ気が済まない丁寧な性格だったら、
まずこのスタイルはストレスが大きすぎます。

それ以前に、県外出張に同乗すらできません。

同乗だけでなく、私たちの関係すら
成り立たっていないことでしょう。

アバウトながらも
目的は仕事という1本の軸が立っており、
あくまでそこに付随しているプライベートは
状況を見ながら、自由に動きながら、楽しんでいく。

私と主人には、
このような似たような感覚が
元々あります。

よく言いませんか。
日帰りでも旅行をすれば
相手の性格をリアルに見れますよ、というたとえ。

私は、まさにその通りだと思います。

旅って、選択の繰返しで、
何を優先に人生を送っているかが
リアルになりますから。

逆に、あなたとは呼吸が合いません、と
愛想つかれる危険性もありますけど。笑。

パートナーに限らず、
友人もしかり、
私自身がかなりアバウトな面が強く、
しっかり緻密に計画を立てて
実行しなければ気がすまないタイプの方には
迷惑をかけてしまう私がおります。汗。

という諸事情により、
お宿を選ぶ条件の
露天風呂、混浴出来たら尚理想、
という軸を立てていまして、
露天風呂もあり、
予約すれば混浴(笑)も可能な、
しかし、夕食は材料の仕込みが間に合わないので
朝食付きのみ、というお宿を
運よく手配することができまして、
私たちは、磯部温泉街へ移動したのでした。

到着してから、
露天風呂を利用したり、
身体を少し休めました。

で、夕食に関しては、
ご当地の郷土料理という特徴はありませんでしたが、
お宿から徒歩15分先にあった
居酒屋を利用し、
冷えていた身体をもつ鍋で温め、
葱の天ぷらを頂くことが出来ました。

20190125-7.jpg

夕食を終え、部屋に戻った途端、
前日や仕事の疲れがどっと出て、
21時にはぐっすり寝てしまいました。

お部屋は、ゆったりとしたシンプルな和の個室でした。

20190125-2.jpg

↑ 朝食は、個室を案内されて
シンプルな御膳でしたが、
静かな空間で、ゆっくり堪能することが出来ました。

20190125-3.jpg

翌朝は、
7時半に朝食を始め、
朝風呂に浸かり、
お部屋でゆっくりしてから
10時にチェックアウト。

富士山を眺めながら移動してみようと長野軽井沢経由を選びまして、
快晴の中、磯部温泉エリアから浅間山?の
富士山かと一瞬思えてしまったような
美しい雪山を目にすることが出来ました。

20190125-4.jpg

↑ そして、道中、国の指定文化財である
めがね橋に立ち寄りました。

明治25年から昭和38年まで
実際に鉄道として使われていた
日本最大の橋と言われています。

歴史ある橋を眺めていますと、
大きな音を立てて黒煙をはきながら機関車が通過しているような
モノクロの映画の光景が
ぼんやり、目に浮かんでくるようでした。

それから、さらに車を走らせながら、
この日のお昼。

そば店に狙いを定めて走らせていたわけですが
3件続けて見事に水曜日定休。汗。

「そばはまたにして、お昼ずれちゃうけど道中目にしたお店にはいるのもいいんじゃない?」
と、まだあきらめようとしない
主人をなだめながら、
偶然に立ち寄ったのが、ほうとうのお店でしたが
これが大正解!でした。

20190125-5.jpg

↑寒い地域の昔からある日本家屋のような
古い建物かと思いきや、
掃除がしっかり行き届き、空気の澄んだ綺麗な店内でした。

20190125-6.jpg
↑ 初めて食したほうとう。

お米が貴重だった時代の最上の日常食、
と説明書きが添えられていました。

濃い目の白みそ汁で
じっくり煮込まれた
大きなかぼちゃ、じゃがいも、人参等
沢山のお野菜がゴロゴロ入っている
甘い白みそ煮込みうどん、のような
みそ煮込みで育った
生粋の三河人の私としてはなじみのある味でした。

ではありますが
ほうとうのお店でこういうのもなんですが、
実は一緒にオーダーした、えび天重が
個人的には感動しました。

車エビくらいの太さがある
大ぶりの海老がサクサクに揚げられ
それが3匹ドカンとのっていましたよ。

食事は、一人でも美味しく頂けるものですが
二人いると、ほうとうとえび天重の
別々のメニューが頼めましたので、
美味しさも二倍でした。

こうして、
今回の県外出張ついでの小旅行は
事故も怪我もなく無事帰宅でき、
その日の夜のクライアントさんの誕生日会へも
無事間に合わせることが出来ました。

日常の毎日が
当たり前になってしまうマンネリ。

仕事のこと、家族のこと、
すべて自分の思い通りになることは
まずあり得ませんし、
当たり前になり過ぎた故に
近しい関係ほど妥協が生まれ、
人としての正しい在り方がずれ、
そこにまったく目を向けられず、
誤った道を突き進んでいることさえ、
心が向かなくなることに
非日常に身を置き、
改めて気づかされました。

非日常を作りだすことは
目の前にある生活の
ほんの少しの工夫次第。

別に大金をはたいて
目の前の生活を犠牲にしてなくても
ほんの少しの工夫、発想の転換さえ出来れば
非日常は作り出せるのではないでしょうか。

仮に私か主人が
お宿は一流ホテルでないと気が済まない。
食事は割烹料理でなければ満足できない。
あそこへ行かなければならない。

というような
目の前の生活を無視して
我を通そうとしたら。

もちろん、やろうと思えば
出来なくはありません。

でも私は、思います。

日常の慎ましい心、
慎ましく送る生活があってこそ
非日常は楽しめるものだと。

豪華、豪遊も
毎日になればやはり、飽きて
マンネリします。

こうした
当たり前の人としての正しい在り方を
貫く方向性を踏み違えないのは
慎ましさの中に時々ある非日常の一時によって
何事にも心を込められる優しさという強さは
養われれないと言っても過言ではないのかもしれません。

人としてのバランスは
誰から与えられるものではなく
誰かに整えてもらうものでもなく
自分で整えていくもの。

そこに心が向けられなければ、
自分を律するタイミングすら見失い、
どこまでもわがままへ突き進み、
わがままさに自分で自分をがんじからめにしてしまう
矛盾した人生に
自ら陥るように思えてなりません。

そんなことを
心から実感できた穏やかながらにも
豊かな時間を過ごせた小旅行となりました。












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posted by Michi at 09:20| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月23日

今日はここまで。

おはようございます。

先日のブログにも
ちらっと入れましたが
私は、主人と所用に付き添い
一昨日高速道路を北上しました。

先日、目的の用を済ませてから
再び移動。

今は、北関東南西にある
とある温泉地に来ています。

そこは川のせせらぎが
穏やかに聞こえてくるような静かな場所で
非日常ではない空間が
私にとってご褒美のようです。

初日の移動中、予期せぬ圏央道の通行止めから
迂回をしたため予定より移動時間がかかり
寝るのが深夜になってしまい、
寝不足気味で、日頃はどちらかと言えば
規則正しい日常を送っているせいか
一日中、身体がどんよりしてしまい
すっきりしない一日でした。

しかし、
所用を済ませた後、
温泉にゆっくり浸かり、
美味しい夕食を頂いてから
21時には寝てしまったので
朝はいつも通りの朝5時半には目が冴え、
身体がすっきり、とても楽に
目覚めることが出来ました。

今回、所用を含めた2泊3日の移動ですが
私のことなので、この今の気持ちを
ブログにしたためたいだろうと踏んで
PCを持参して出掛けてきました。

なので、先日も今日も更新できているわけですが
画像を公開しようと思うと…出来ない。

マウスを忘れていました。汗。

実は、ノートパソコン上のパネルが不調なため
マウスが無いと、本来のマウス機能
右左クリック機能が出来ません。

ですから、日頃ブログに公開する画像は、
手持ちのスマホから撮影してから、
メールかSNSに飛ばしています。

飛ばしだ画像を
一旦PC上でダウンロードをしてから、保存。

そこから、必要な画像はPCで加工をしてから
ブログシステムにアップロードして、
ようやく更新。

わざわざそんな手間をかけず
スマートフォンから
ブログへログインして、
その端末からブログの更新をすればよいのでしょうが
手間な作業だと分かっていつつ、
PCを経由した操作に慣れてしまったため
これをしているのですが、
マウス不在ないため、画像はストックしたままで
テキストのみの更新します。

帰宅してから
画像を整理しながら
ゆっくり更新したいと思っています。

この後、ゆっくり朝食を摂りまして、
一息ついてから再び移動。

夜は、主人のお仕事の関係者のお誕生日会なので
今日のブログはここまでにします。







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posted by Michi at 07:24| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月22日

自分の目で、耳を信じたい。

なんだか年寄りみたいなことを
口走しってしまいますが
便利な世の中だなあとITの恩恵をまた
実感しておりまして^^;

実は私、先日午後より
所用のために主人と高速道路を北上していました。

比較的、遠出の多い私たちですが、
車に設置されているナビゲーションは
ほぼ、使用しません。

その変わり、スマートフォンを使用しています。

移動距離が短い長いに関わらず
現在地から目的地まで最短時間で案内してくれる音声付きの地図、
その移動間の渋滞のお知らせ、
渋滞による迂回回路、
さらに迂回による所要時間など
車両に接続されているナビゲーションではなく、
リアルタイムで情報を得られるGmapsを
スマートフォンから閲覧して移動しています。

時々、通信の不具合なのか、
端末の反応が鈍くなってしまい、逆の方向を差してしまう時が
時々ありますが、そこをのぞけば
基本的に、不便なことは何もありません。

本当に便利。

私のような方向音痴一人でも
無事目的地へちゃんと辿りつけます。

そんな理由から
先日、走行していた圏央道に通行止めのアナウンスが
入ってきました。

始めは、「通行止め」だけのアナウンス。

内容までは届かず、事故かと予測はしました。

しかし、
いつ渋滞が解除されるのかまったく分からず、
そのうち解除されるかもという期待から
渋滞の中へ進もうか。
迂回しようか。

考えてしまったほど。

ならば、何が起こっているのか
調べてみよう、となりまして、
(本当は先を急いでいた)

私のスマートフォンから
「圏央道 通行止め 1月22日」と検索をかけましたら
twitterと連動している
口コミサイトのようなサイトを見つけました。

そのサイトは
twitterなどのSNSを通じて、
個人が配信した
「圏央道」「通行止め」のキーワードを
システムが自動的に拾いあげ、
それを時系列に見られるように組んでいる
SNSかと理解したのでしたがこれが便利で。

それによると、
「大変なことになってるぞ!」と
まさに今、通行止めのど真ん中にはまっている
知らない方々が、リアルタイムでツイートしているではないですか。

その方々のつぶやきによって、
例の通行止めは
大型トラックの転倒による火災事故で
2時間以上渋滞が続いている、という背景を
知ることができたのです。

ここで、固っ苦しく考えてみます。
例の口コミサイト。

どこまで信憑性があるのか、
本当に当事者が配信している内容?

これ、実は
100%の確信はありません。

報道番組でもないわけだし
情報に責任が伴うメディアやその関係者というわけでもなく、
実名や所在地を明らかにしている方ではない、
どこの誰かも分からない情報です。

そのくらいこの情報は、確かというより
不確かと捉えられます。

ここをまず、確かな前提として置きまして、
私は、日頃情報を受け取るように心がけています。

よく主人やお友達と
ケラケラと楽しい時間を過ごしていますと
本当にくだらない話題のおかげで、
心から笑わかせてもらっているわけですが
楽しい話題から突然真剣話になった途端、
どこからかかじった情報をそのまま流している自分に
「ちょっと待った!」と我に返る時があります。

経験談なのか、
どこかで聞きかじった内容を
右から左へ流しているだけなのか。

先ほどの内容を例に挙げます。

「『圏央道 通行止め 1月22日』と検索したら
twitterと連動しているような
口コミサイトを見つけたの。
どこまで確かな情報なのかは分からないけど、
そこによるとね・・・。」

と、この前置きを
添えています。

相手がどうではなく、
私自身としても、
事実なのか、否か、
自分の耳ではっきり判断できるようにしたい。

そのために、たったこれだけ
なんですが、前置きを添えるようにしています。

どこかで聞きかじった情報を
あたかも事実のように話してしまうと
いつの間にか相手に押し付けてしまうようになり、
その癖が、相手との距離感として意識を持てないようになり、
自分よがりになってしまうからです。

たとえば。

「さいきん仕事で上手く行かないことが多いんだよね。」
という会話。

「それって、今、〇星にどっぷりはまっている時期からだよ。何月には抜けると変わるんじゃない。」
とか。

なぜ仕事がうまくいかないのか、
その仕事を満たすスキルが自分に備わっているのか、
人間関係が原因で上手くいかないのか、
自分の努力で改善できるのか、できないことなのか、
まずは冷静に自分が振り返れているのか。

そこを通り越して、星座や四柱推命のせいにして、
言い放ってしまう在り方だったり。


「また同じような人とお付き合いしてしまったような気がする。」
という会話。

「それって男運ないからだよ。」
とか。

自分はどんな人が好きなのか。
どんな人が好きになれないのか。
過去出逢ってきた人の共通点から自分がどんな人と過ごしたいかのイメージとか。
自分のどこに心の隙があるのかどうか。
そこを飛び越え、運のせいにする在り方だったり。


「なかなか子供ができないんだよね。」
という会話。

「祈りが足りないからだよ。もっとお願いしないと。どこどこ神社がいいらしいよ。」
とか。

シリアスな内容ですが
なぜ子供が欲しいのか、
婦人科の検査はしているのか、
何か治療をしているのか、
しないならなぜしないのか、
もし子どもが出来なかったらどうか真剣に考えてみたか、
自分と向き合うことを飛び越えて、
願掛けに走るのを良しとする在り方だったり。


「今の家に引っ越してから、何かとうまくいかない。」
という会話。

「今住んでいる家や土地が合わないんじゃないかなあ。」
とか。

家に引っ越してから、という前提を鵜呑みにして
アドバイスに変えてしまう在り方だったり。

第三者の在り方に何の疑いも持たずに、
それが確かなんだと信じきってしまい、
それを他者に、
堂々と、アドバイスに変えてしまう。

もっとひどいと、
それを実行させ、観察し、
相手が実行できるまで
徹底的に管理してしまう人を見かけると
それって、
自己啓発に走ったり、
新興宗教にどっぷりはまったり、
何か特定の世界に浸かって
自分を見失った身の丈を超えた在り方だ、と
恐怖すら感じるようになりました。

過去のブログでも
何回か綴っていますが
私は昨年夏頃から、
自分の癖や習慣に
深く、深く、考えるようになり、
例の前提を話に添えることの
大切さを意識しています。

会話って、
面白いほどに
人の生き方を裸のようにオープンにしているので
そこに目が向いた時
濃霧が晴れたとき、心奪われるような美しい田園を
目にしたような。

目に映る世界や
耳にはいってくる情報のすべてが
まったく変わったことに
正直驚いています。

かなり、固っ苦しいですが
その変化に確かな実感を得ています。

さあ。

この後も移動は続くので
情報をほどほどに受取りながら
実りある旅路を楽しもうと思います。






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posted by Michi at 15:52| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月21日

ユーモアの前に大切にしたいコト。

おはようございます。

今日は10時から、私が今住んでいる市内で
岡崎市民駅伝が開催されます。

今の時間、エントリーされる皆さんは
ウォーミングアップ中でしょうかね。

先日、市内の堤防沿いや主要大通りを車で走行していたのですが、
至る所でその駅伝のチラシや看板、
休憩場所が設営されていたりと
目にしていまして、いよいよだなあと眺めていました。

この時間、すでに太陽が顔を出していていますから、
今日はお天気に恵まれて本当によかった!

さて、話は変わりますが

18.jpg

主人のお仕事の取引先の方から
こんなユニークな鹿児島土産を頂きました。

えっと、念のため。

このブログは
風俗行為は一切しない当店のエステサロン公式ブログから
リンクをしているエステティシャンブログなので
画像加工してしまいましたが
ストレートなネーミングに
つい笑ってしまいました。

実は、個人的に好きです。
こういう、ストレートな表現。笑。

私はご当地土産の開発に
お仕事で携わった経験はありませんが
商品開発に関わるスタッフの方々のユーモアさというか、
陽気さというか、
枠に捉われない発想によって
こうやって個性的な商品が
世に誕生していくんだろうなあと思うと
そのアイデアを世に出そうと
勇気ある会社組織によって
実現しているのであって、ある意味、
芯のある在り方を垣間見ているようで
個人的に興味をそそられます。

主人が
「日本列島、下へ行くほど、下ネタがオープンだよね。」と
笑いながら私に渡してくれたのですが
商品を渡す人、受け取る人、両方が笑っているのですから
この威力は凄い。

私だけではないと思うのですが
「いつも前向きに、今日も笑ってご機嫌で過ごそう!」

とどれだけ平常心を保とうとしても
自分との考えの違い、
相性、
相手の気分の波、
といった他人はもちろん、
たとえ気心しれた血のつながった家族であっても
人との交流がある以上、必ず、
人からの影響を大なり小なり受けていて、
やっぱり笑えないと悶々としてしまう時って
ないでしょうか。

どれだけ、気持ちのリセットに心がけても
中々その負の感情から抜け出せない。

そんな時、人は、
自分が傷つかないように感情に蓋をして、
あえて、感じないようにするか、

「勝手にすれば」
と相手にせず無視するか、

愚痴を誰かに吐いて
気持ちをすっきりさせるか、

人それぞれ在り方があるかと思いますが
どんな方法をとっても、やっぱり一時的であって、
素直な感情は、「落ち込んでいる」です。

私は、どちらかと言うと
まず一人になる時間を作るようにしますが、
この「落ちこんでいます。」という感情って
とても大切だなよなあと思っています。

だって、だからこそ、
そんな時、この
ち♡こ団子を渡されたら、
一瞬でも自然に
ぷって笑いがこみあげてしまうから。笑。

笑わない人っているかなあ。

私、思うんです。

人生って、
ぷって自然に笑いがこみ上げてしまうユーモアを
どれだけ一日の中の要所要所に
自分の選択で取り入れられるかがとても大切で
それを当たり前にしている人って、
心のバランスが自然に整っている人だなあと
感じています。

私が主人から受け取った
ち♡こ団子。

自分自身の選択で
ユーモアを取り入れる器用さが持てれば
ある程度の落ち込みなら、
感情が乱れず、
平常心を保てるなあと。

第三者から頂いたご当地土産で
私は突然、主人から渡されたサプライズでかなり盛り上がりましたが
もらうことを期待したり、
頼ったりすると、感動は薄れますものね。

ユーモアと言えば。

今では、直接的には接点はなくなってしまいましたが
出逢ってから5年以上経っても尚、年の瀬になると
ユーモアを人生の重きにおいている方ご自身が
自ら登場する手作りカレンダーを
律儀に送って下さる方がおられまして
毎年、ぷっと笑わせてもらっています。


登場されるご本人は
都内で不動産業を営む社長さんで、
実は、最愛の息子さんを失っています。

きっと長い長い、途方もない時間をかけて
深い悲しみと向き合い、
「人生には笑いが大切」という在り方に辿りつき、
このユーモアに富んだマイカレンダー作りを
ようやく楽しみに変えることができたのだろうと思います。

だからこそ、
たった1度しか会ったことのないご縁を
ご自身なりの在り方で、
笑いの大切さを伝えようとする優しさが「送る」という形に
なっているのかと捉えますと、
その悲しみの深さは、
今の私には正直すべては理解できませんが
心を寄せることが少し、
できるような気がしています。

私は今、愛知での生活を送っていて
その社長とお会いすることは
もうないのかもしれませんが
私が思うに、
自分が望まない辛い経験から逃げず、腐らず、
しっかりと自分自身に向き合い、乗り越えた人ほど
ユーモアや、笑いが、
人生でどれだけ自分の身を助けるのかの
真意をしっかり理解されていて、
押し付けではなく、
その大切さをさりげなく教えようとしているのかと
今年送られてきたカレンダーを
ぼんやり眺めています。

実は、私がこれまで出逢ったきた
私が感じる心豊かに過ごされている人たちの唯一の共通点が
「ユーモア」「笑い」プラス、そこに成り立つ
心の余裕さです。

さほど小さなことは気にせず、
だからと言って、不安や辛さを他力本願にはせず、
楽しみや笑いに変えていて、
自分で自分の人生に責任を持つと言う在り方から
人や物や時間を大切に扱っています。

今、目の前にあること。
今、自分にある人間関係、時間、収入。

この範囲がどこまでなのかちゃんと冷静に分かっていて、
誰にも頼らず、おごらず、迷惑をかけず、
「ユーモア」「笑い」のある
毎日を楽しんで過ごされている人たちです。

で、付け加えますと
その周りも
「ユーモア」「笑い」のある毎日を
楽しんでおられ、
その人たちの口からは、
ひがみや嫉妬、妬み、嫉みといった言葉は
ほぼほぼ出て来ません。

よく、豊かさ、というキーワードが挙がりますと
「大金持ちでしょ。」
「ありあまるお金があるからだよ。」
と、必ず言う人がいて、
私も過去、その考え以外持てなかった時もありますが
今は、きっぱり言えます。

お金の大小は、豊かさに一切関係ない。

正直、1円を大切に出来ない人ほど
豊かさをお金の大小で計ろうとし、
そういう人に限って、なぜか
自分の手元にある範囲の中での選択を超えて、
周りに足りないから助けて下さい、
と平然と言ってしまい、
また、その範囲が限られているから可哀想だと助けてしまう人がいる限り、
その両方とも、
本当の意味での豊かさから
かけ離れた人生を歩んでいくような気がしてなりません。

私は、ふざけながらも
頂いたち♡こ団子をもぐもぐ食べて
笑いのある一日を過ごしたいと心から、そう思います。







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posted by Michi at 08:17| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月19日

続・永遠と繰り返してしまう満足が出来ない性。


先日、スキンケア化粧品選びにおいて
ブログを更新しましたが

気に入ったスキンケア化粧品を見つけたとしても
満足できるのは一時だけで
すぐ新しい商品を探しまう。

という在り方に視点を向けてみて、
’続・永遠と繰り返してしまう満足が出来ない性’
として、私の考える美の在り方を
整理したいと思います。

私は、高校を卒業した18歳の頃、
口の回りに水泡ができる’ヘルペス’と診断された
肌トラブルを患いました。

その前なのか、後なのか、
時間軸は定かではありませんが
同時期に
花粉症、猫アレルギー、埃アレルギーを発症しました。

とにかく、かゆい。

痒みは拷問だなあと思い出すほど、
痒みを我慢することができません。

爪で掻いてしまうと酷い外傷になる。

なので、爪の先や、針のようなピンセットを使って、
つつくように刺激を与え、
痒みからちょっとでもしのげるようにしていましたが
突然、ストレスが爆発したように
かきむしってしまう。

細かな傷は、何層にも薄くかさぶたになっては、
それを爪で剥がしてしまうを繰り返し、
ぐちゅぐちゅになっていきました。

痒みが我慢できない。

そして、ようやく皮膚科へ行きましたら
「ああヘルペスだね。ステロイド出しとくから塗って。じきに痒みが治まるから。」
と、さらっと言われ、
なぜヘルペスにかかるのか?今後気をつけたほうがいい生活習慣は何か?
私が質問すると、
「ストレス要因もあるので、はっきり言えません。
血液検査の結果を待ち、そこでアレルギーの種類が分かるので、受付で次回の予約を入れて下さい。」
と言われ、ステロイド剤の入った塗り薬と、
抗生物質のお薬をもらいました。

確かに、検査結果に基づいて
適切な処置がされるものかと思いますが
さんざん悩んだ挙句、病院へ行った私は、
あまりにもマニュアル過ぎるその皮膚科の対応が
どうしても腑に落ちず、
次の予約はキャンセルし、それっきり
皮膚科へ行かなくなりました。

頼りたいけど、すがりたくない。

いいのか、悪いのか、
私の中にある元々の性格が際立ってしまい、
「自分で解決策を見つけよう!」
という気持ちが背中を押し、
姉の仲良しのお友達エステティシャンを
紹介してもらいました。

お友達エステティシャンMちゃんが
自宅でエステサロンをやっていたので
そこに何度か通い、
素肌の構造、
なぜ突然敏感肌になってしまうのか、
アレルギー肌とは何か、素肌の中で何が起こっているのか、
ステロイドの効果と副作用やその先素肌に与えるリスク、
スキンケア化粧品が素肌に与えるメリットデメリットなど
私に分かるように、丁寧に教えてくれ、
何度かフェイシャルを受けました。

そして、Mちゃんが薦めてくれた
’ノンオキシ―’というシリーズを使い始め、
半年もせずに、私の顔から水泡は姿を消し、
痒みからようやく解放されました。

11年後。

私自身が仕事でそのメーカーを取り扱う側になるとは
その時は想像もしていませんでしたが
あの時もし、自分が発症した水泡の悩みから抜けられなくなって
不安のどつぼにはまっていったら?

きっと皮膚科を渡り歩き、
何を言われても耳に入らない枯渇した心の習慣となって、
ステロイドから手が離れない
取返しのつかない肌体質に
なっていたのかもしれません。

まず前提として、
私は何かしらの症状が出ても放置しておくことを勧めたいがために
このブログを更新していません。

あくまで、
悩んだ挙句、専門家を訪ねたけれど
その対応に腑に落ちない点が多かったため
自分なりに解決策がないか、迷った挙句、私が選択した
過去を振り返っているだけです。

やはり、専門家は専門家。

途方もない勉強や、苦労して苦労を重ねて
国家資格を取得されたその道のプロフェッショナルです。

健康ではない不調を患ってしまったら自己放置せず、
しかるべき病院で診てもらうことは
必要な処置だと思っています。


先日の記事で、
「私はスキンケア化粧品の浮気が出来ない肌体質」
と綴っていますが、元を辿ると、
18歳の時、突然口の回りにできた水泡事件以来、
超敏感肌へ体質が変化してからの付き合いになります。

今でこそ、
店舗を持たない
非店舗型エステサロン兼エステティシャンですが
店舗を構え営業をしている時は、
これまで何度か、
他社のスキンケア化粧品を
無料で頂いたことがあります。

その商品は、スキンケア化粧品に限らず、
ヘアケア商品、
メイク用品、
健康補助食品、
消耗品やボディケア商品と様々です。

「これ、とってもいい商品なので一度使って見て下さい。」

メーカーやディーラーが
試供品としてエステサロンに
いずれ取引をしてほしいという目的で
自社の取り扱う商品を配ることは珍しくないのですが
何せ私は、こんな肌体質。

ただ、たとえ私が超敏感肌の持ち主であろうと
一つのスキンケア化粧品だけにこだわり続ける在り方は、
情報が偏り、自分の視野を狭める、
人としてアンバランスな偏りが出てしまいます。

時にはリセットも必要ですし、
視野を広く持つ為には
他の商品をリサーチすることも大切だと
思っています。

先日のブログでも更新しましたように

自分をマンネリさせないためにも
実は、他社製品も一先ず蓋を開け、使っています。

なので、「浮気はできない肌体質」
と一言では実は言い難く、
決まったスキンケア化粧品に右足をつけながら、
もう一つの足で他を見る、という
自分なりのバランスを保つようにしています。

なので、
今でもドラッグストアの試供品を試したり、
ディーラーから届く試供品を
使用することはしていますが
その容量が1ヵ月用だったりと、
大きいサイズになると肌が負けてしまい2日と
使い続けることが出来ないので
封を開けても、使い続けることが出来ない商品は、
かさこそしてしまうボディケアとして脚に使ったり、
「もったいないけどごめんさい」と思いながら
捨ててしまうことも正直あります。

素肌は、必ず、
自分の体質に合うか合わないか、
サインを出してくれる機能を
人間の機能には元々備わっています。

肌体質に合わないと
痒みや、ひりつき、ほてり、赤み、吹出物として
警戒音を鳴らします。

また、逆に、
何も反応しないこともありますが
私が敢えて、
続・永遠と繰り返してしまう満足が出来ない性として
更新したかったこと。

自分の体質を冷静に見極め、
痛い思いをしながら辿りついた商品を
自分の中の基本にしながら、
もう一方で、外を見るなどリセットをしてバランスを保てほうが、
スキンケア化粧品や薬が
願掛けのようになってしまうと
中々、そこから抜けられなくなります。

そして、
「もっともっと」
「まだまだ足りない」
「まだ綺麗になれない」と
いつまでも満足ができない
枯渇した性に陥ってしまう方を過去に
フェイシャルの担当をしてきたことがあり、
ある意味、すがる怖さに
向き合ったことがありました。

「この商品がなければ・・・」と
すがりすぎてしまうと
やはり視野は狭まり、
自分が疲れてしまいますから。

もちろん、私のように
超敏感肌で肌がトラブルになって警戒音を発しているのに
あの先生が間違いないからと言うから、
あの芸能人も使っているみたいだから、
と、自分の痛みを我慢してまで
使い続けるのは、より状況を悪くしていきます。

あくまで、満足を追及するという在り方ではなく
スキンケア化粧品って、
人それぞれ体質が違うものだし
良いも悪いもあるのは当たり前で
でも、私の肌には合ってそうだから使い続けてみようかなあ、
くらいのスタンスが、スキンケア化粧品に限らず、
価値観としては、ちょうどよいバランスなのかもしれません。

そのくらい
フレキシブルな在り方を
自分の中の意識として持てたほうが
品のある美しい在り方ではないかなあと
「続」として、
ブログを更新してみました。









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posted by Michi at 07:34| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月18日

情報過多の見えない影の落とし穴。

私が今、住んでいる愛知県岡崎市ですが
朝晩と冷え込みは厳しくなり、
冷える日になると0度近く下がります。

朝食とお弁当の準備に熱中して
立ちっぱなしでいますと5分もせず
足先がびりびりとしびれ始めます。

厚手のスリッパを履いていようが、
靴下を履こうが、
今のキッチンは、ガラス1枚隔てたすぐそこが外なので
冷蔵庫と変わらないキッチンの室温。

足先の感覚はほぼありません。
温かいキッチンが待ち遠しいな。

私は、昨年4月まで
4年半沖縄に住んでいましたが
あの時がまるで夢のよう。

ほんと、かじかむなんて、無縁でしたから。

偶然にも昨年、大切な方から頂きました
ホットマット が只今大活躍中で
デスクの椅子の上で、ちょこんと待ちながら
しびれた私の足先を急速保温してくれます。

この瞬間。

はぁ〜、と心からしみじみ幸せに浸る感覚が
私の毎日のささやかなご褒美です。

さて、この時期お決まりの
車に乗ろうとすると、痛い恐怖が。

静電気です。

暗い夜だと、ぴかっと一瞬光りますからね〜
当たり前ですが
沖縄では、1度も起こりませんでした。

痛いったらありゃしない。

顔はかっぴかぴになりますし、
唇ひび割れ、
手の甲なんておばあちゃんみたいだし、
笑うと目の周りに細かいシワが走るし、
いかに乾燥が深刻なのか
嫌というほど実感できるこの時期。

当然、冬のこの時期は
いつも使っているスキンケア化粧品と同じでは
素肌がおっつきません。

多少値がはっても
保湿力がとっても高いアイテムを
えらばざるを得ないと
外気にさらされた素肌が
切実に訴えてくるかのようです。

就寝前にはお顔がべたべたなくらい
たっぷり保湿して、
メイクする前は
美顔器で美容液の浸透をしっかりさせて、
時にはパック。

乾燥の冬の季節は、
いつも以上にお手入れの時間と出費が
どうしても上がってしまいます。

お顔の乾燥保湿ケアの代表格と言えば、
乳液やクリーム。

水分の揮発をラップで止めるような目的を
担う油分の働きを利用しているのですが、
本来、水と油は混ざり合えません。

どれだけ、しゃかしゃか振っても
じきに分離し始めて、混ざることができません。

私は今、
18歳の時に姉のお友達エステティシャンから
おススメされたスキンケア化粧品会社を
今でも愛用しています。

愛用キャリア、24年。

よくもまあ浮気せず、と我ながら
なじめな性格なのですが
悲しいかな、私の素肌は元々、超がつく敏感肌です。

もし、どんなスキンケア化粧品にも
びくともしない強い健やかな素肌だったら、
とってもいい香りがする
一流の有名ブランドのスキンケア化粧品を
買い揃え、輸入ブランドに見とれながら、
どばどば素肌に与えると思います。

だって、容器のオシャレさときたら。
スキンケア化粧品そのものがファッションのようなものですから
ステイタス気分がぐっと高まります。

だから、本当は使いたい。

でも、それをしたら、
私の顔の素肌は、途端にびりびり熱をもって、
薄皮が向け始め、素肌のかゆみが止まらず、
爪で掻いてしまいしまいその傷で素肌がただれた
ひどい有様になってしまうので
悲しいですが、それが出来ません。

なので、浮気したくとも出来ない素肌の事情から
今のスキンケア化粧品の愛用歴24年となっているわけです。

そして、私自身、エステティシャンでありながら
エステサロン側ですので、
私がそのスキンケア化粧品のお客でありながら、
お仕事にも使わせてもらっています。

現在もエステサロンの小売業として
メーカー直で通信販売をさせてもらっているのですが
小売り契約をする前、
メーカーが定めている取扱講習を受講しなければ、
契約出来ない仕組みなんですね。

そのセミナーで
乳化の仕組みを理解するために
簡単な実験をさせてくれました。

これ、誰でも出来ます。

ガラス管、
なければ小さめの
蓋つきのプラスチック容器でも構いません。

3割程度の水と同量のサラダ油を入れます。

そして蓋をして、
しゃかしゃかと振ります。

水と油は混ざりません。
一瞬混ざったかのように見えても、
しばらくすると分離し始めます。

そこに、1割程度の食器洗い洗剤を投入して下さい。
1割もいらないかも。

で、また蓋をして、しゃかしゃか振ります。
瞬く間に、水と油が混ざり合います。

これが、乳化の仕組みです。
水+油+界面活性剤(食器洗い洗剤)= 乳化

素手で、食器洗い洗剤を使いながら
一日3回、食器を洗いを毎日続けますと、
というか、主婦の方はたいていやられていますね。

爪の横の甘皮が爪のように固くなってしまったり、
手の平がゴワゴワしたり、ひどいとあかぎれしたり。

そうならないためには
ゴム手袋をしたり、
もしくは素手でしないように食器洗い機に頼るしか
手を守る方法はありません。

たとえ、まったく同じ界面活性剤でなくとも
類似した成分によって作られた
肌に優しいと歌う食器洗い洗剤を使用しても
油汚れは落ちにくい。

ちょっと極端なたとえになりますが
もし毎日愛用しているスキンケア化粧品の中に
その界面活性剤の成分が含まれていたら?

受講したセミナーでは
1960年代、日本で大きな問題なった女子顔面黒皮症という、
名前だけで鳥肌が立ちそうですが
素肌に有害な成分がスキンケア化粧品に含まれていて、
それを知らずに使用続けたエンドユーザーが
顔中、真っ黒のシミのような色素沈着で
覆い尽くされてしまう症状が
多くの女性に発症。

スキンケア化粧品の社会問題になった例を
挙げていました。

さて、今の時代、
毎日持ち歩いているスマートフォンや
日常的に使用してるPCから
1クリックで欲しい商品が数日後には手元に届く
通信販売の恩恵を誰でも受けられる便利な時代。

でも、そこに
目に見えない影の落とし穴がひそんでいると
私は捉えています。

乾燥から少しでも素肌を守り、
環境や年齢によって不足している栄養や水分を
スキンケア化粧品で補い、
健やかな素肌を維持するためのスキンケア化粧品。

一番の難しさは、
’商品選び’にあります。

素肌の構造は人間ですからみんな同じでも、
素肌は毎日、
何を食べ、何を考え、何をスキンケア化粧品で
補っているかの生活環境の影響を受けながら、
内臓を守る一つの臓器となる皮膚の中で、
新しい細胞が生まれ、細胞分裂し、退化しを繰り返す
新陳代謝によって、
素肌は作られています。

人の顔が皆違うように、
人それぞれその生活環境は違いますので、
肌質は一人一人違います。

それを当たり前の前提として念頭に置いても
1歩外に出なくても家の中で
自然に耳にはいってくる大量の情報の中から
何が自分の素肌に合うスキンケア化粧品なのか
厳選するのは、正直、簡単ではありません。

だから、その厳選の手間を省くために
口コミを見たり、周りの愛用者の声を聞いたり
そのリアルな情報を頼りにしながら
誰しも商品選びをしているのではないでしょうか。

これは、
仕事も、
食も、
ファッションも、
人間関係も
心の在り方や生き方も
変わらず、
何が自分に合っていて合っていないのか、
何が正しくて正しくないのか、
また、さらに新しい情報を得るために、
周りの声に影響を受けながら
日々過ごしています。

情報を提供するプロ。

プロフェッショナルは本来、
その位置へたどり着くまでに
必要な基礎知識、
失敗と成功をリアルを実体験しながら施す現場経験、
その根拠となる資格の取得。

その地道な労力や膨大な時間を
自分の中に積み重ねた結果、
お金という対価を得るプロフェッショナルとして
その立場にいるのは、
国家資格に関わらず、どの業種も同じかと
私は捉えています。

プロとしてお金を頂く以上、
こちらが配信する情報に影響力を持つものだと
理解することは大切なのかもしれません。

だからこそ、より信憑性の高い情報を
提供できるものだと捉えていますが、
必ずそこには「お金」という部分が渦巻いているので
確かな情報なのか、
相手の欲なのか、
そこも絡んでくるので
どれだけ自分なりにその情報を鵜呑みするか、しないのかは
自分の感覚になってくるものかと思っています。

もちろん、固っくるしく考えずに、
合わなければ、やめて、別を選べばいいのさ、も一つの在り方ですが
私なら、自分のお財布からお金を出すなら、
自分が良しとしない情報や物には
1円でも支払うことを惜しんでしまいます。

曲がりなりにも私も、
エステティシャンというプロフェッショナルの立場なので
情報に対する意識を持ちつつ、
仕入れとしてお金を支払っているので、
スキンケア化粧品を買って下さる
クライアントさんの立場と
何ら変わりません。

ただ、もし、こちらが薦めた商品によって
使用した方が何かしらの不調が出てしまったらと思うと
安易に薦められないので、
やはり、ここに、プロとして何を取り扱うのか
厳選する責任が伴っているのかと思っています。

エステティシャンとして
販売側に立ってからも
断固このメーカーにこだわっているのは、
長年愛用しているクライアントさんも
フェイシャルを受けて下さる沢山の素肌が
正直に物語っていて、
コンディションが整っている、
肌トラブルが落ち着いた、
化粧ノリが悪くにくい、というダイレクトな反響や
逆に、
スキンケア化粧品が素肌に合わないという声は
振り返る限り、全体の1割に満たないので、
プロとして、そのメーカー選びに間違いはない
という信用と、
私自身の自信になっているところでもあります。

元をたどれば、
私自身の素肌が極端な敏感肌だったから。

正直、安易に他のスキンケア化粧品を試せないのが
悲しい性ですが
自分の超敏感な素肌が確かなフィルターとして働き、
エステサロンとして
スキンケア化粧品を販売する側にも立てているので
これは幸いとしか言いようがありません。

情報過多の見えない影の落とし穴。
自分を信じるか、第三者を信じるか。

その行く末は、
自分の素肌となって、
ぜんぶ自分の身に降りかかってきます。

その情報の元の元を辿れば、
最終的には人に行きつきます。

情報が多すぎて
自分に何が合っていて、何が合っていないのか
向き合いにくい、見直しにくい
恵まれているようで実は厳しい時代に
私たちは生きているのかもしれませんが
確かな目を自分で養い、見極め、
取捨選択する唯一信用できるのは、
自分なのかもしれません。








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posted by Michi at 06:52| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月17日

真っ白にリセットできたら何を描きたいか。

おはようございます。

只今、朝7時ちょい前です。

ようやく、
周りが明るくなり始めてきました。

先週から早朝5時起きに身体を慣らすため、
20時には就寝し、一気に
おばあになった気分の日々でしたが
昨夜、夫婦の話し合いに熱中し
気が付くと時計の針は23時を指していました。

それから、すぐ布団に入ったのですが
夜中に目が覚めたり
そんな夜を過ごしていましたら、
朝は予定より15分ほど寝坊。汗。

昨夜のカレーの残りを朝食に回せたおかげで
とりあえずお弁当も時間通りに仕上げられ、
主人も予定通りに家を出られ、
何の支障もきたしませんでしたが
パターンが少しずれただけで
自分の決めたルーチンワークがちょこっとぶれ、
一人あたふたしていました。

何事も、一息つけるような
心の余裕は大切ですね。

で、その後のいつもの家事のルーチンワークが
30分ほど押してしまいまして、
ようやく一息ついたわけですが

「一旦、真っ白な状態にリセットしてから見える先。」
に意識を向けたことを
ブログのお題にしてみます。

そのたとえに、
2009年10月頃の私の記憶に
ちょっとタイムスリップ。

昨年、アメーバブログの最終記事でも
中盤あたりで振り返ってみましたが、


自営業として、
提供したいサービスを
自分のお店で提供する開店は
これまで積み重ねてきた実績が功を奏すような
本当にありがたさしかない、一つの形です。

たとえ建物が新築でなくとも、
たとえ居ぬき物件だったしても、
開店する側としては、
真っ新な、真っ白なスタートであることには
違いありません。

自分のお店を持つ。

人様の目に映る形なので
一番の説得力として映りますが、
実は開店へ至るまで、
どのオーナーでもそれぞれの長い道のりを
経ているのだと思います。

私のケースですが
まず開店前に、
どのくらい現実に客数をこなしていて、
その客数から何割の方が開店後も利用するのか冷静に見込みを読んでから、
新天地を、その先どんな目的があって
そのエリアにするのか、選択。

エリアが絞ぼれたら、あとは、物件探し。

初期費用プラス、開店後の3カ月の維持費の余裕を持たせた
蓄え(現金)が手元にどのくらいあるか。

その予算に見合った物件を決め、契約をする。

どうしても、目先の開業という華やかな光に心を奪われ、
オープンすることが目先の目標になってしまい、
とくに開店前のリアルな売上を立てる事は
簡単ではありませんでした。

「開店前に、より現実性の高い計画を自分で立てられなければ、
瞬く間に、絵に描いた餅に変わり、
1年たたずして、計画倒れします。

たとえ開店までこぎつけても、継続することは別問題だと。
頭に叩き込んで、開店に臨んで下さい。」
と、起業してからずっと会計を見てくれていた
顧問会計士の先生に
何度も口を酸っぱくして言われ、
何度も釘を押され、開店にこぎつけました。


確かに、もし、開店したすべての人が成功できるのであれば
みんな大金持ちになっているはずです。

つまり、
開店という真っ新な、真っ白な場所に
自ら立ったからこそ見えた、
南青山店〜渋谷区神宮店〜那覇の隠れ家サロンも含めた
実質実店舗での営業6年間は、
限られた期間ながらも
私自身、開店よりも継続の厳しさを
嫌という程、身をもって経験することができました。

熱い夢や野望を抱き一歩前進しようとする人が
もし開店の相談に目の前に表れたら。

第三者が熱く語ったところで
実体験からでしか何も伝わらないことを念頭に置きながら、
今の私なら、
華やかな光より、影のような現実の話をするだろうな。

無駄かもしれませんが
伝えなければ、何も伝わりませんから。

逆に、伝えないことで働く意識、に触れてみます。

実店舗の南青山店時代、
ホットペッパービューティに掲載したことで
月の新規客数が60名を超え、
その流れが半年以上一気に跳ね上がった頃。

↓実際に掲載した紙媒体で、インターネット広告掲載も連動していました。
17.jpg

広告代理店に勤めるプロの宣伝家のお友達や、
心に訴えるデザインが表現できるプロのデザイナーのお友達によって、
’表参道 小顔’と検索すれば、
当店がトップにヒットする日もあったほど、
集客面では成功したのですが、その結果、
年齢層、美容、様々な目的をもった客層が増えていきまして、
その中でも、中々出会えない
個性的なクライアントさんに出逢うこともありました。

エステのトリートメントに入る前に、
同意を得た上での個人情報や
肌の状態を理解するための生活環境のチェック事項のある
カウンセリングシートという
こちらが準備している表に
クライアントさんには
まず記入してもらうんですね。

もちろん任意ですから
事細かに記入する義務はありません。

しかし、お金を頂く以上、こちらとしては
なるべくクライアントの目的に沿った
フェイシャルサービスを提供したいわけなので
回答がアバウトだと、正直、困ってしまいます。

体調不良を理由に病院へ行けば、
「どこが痛いの?症状はいつからあって、何日続いているの?」
と担当医の質問に、患者が答えるから、
先生はその症状に応じた検診や処置ができるのであって、
「そんなん言わんても、先生の長年の経験で感じ取って、何で悪いのか診てよ。」
という姿勢だったら、
先生は基本的な検診になってしまいますし症状に見合った適切な処置も施せないわけで、
例のクライアントさんは、
カウンセリングシートに名前は苗字だけ、
質問事項も、1つか2つ「レ」点を入れただけのチェックのみ。

残りはほぼ、真っ白のご回答。

直接、質問をすれば
「はい。」「別に。」しか答えてくれません。

上記の紙媒体にも打ったように
’リフトアップ、小顔フェイシャル’
と大々的にサービスを表に出していましたので、
「リフトアップをしたい」
「少しでもすっきり小顔にしたい」
「素肌を綺麗にしたい、乾燥をよくしたい」
という目的から、わざわざサロンを選び、予約を入れて、来店し、お金を支払って下さるのもだと
こちらは理解していますので、
簡単な質問にも答えて頂けなければ
冷静に相手を見極めなければ、
たとえ、ベテランだろうと、心が折れそうになります。

業界でよく言われる、
’あらし’ → お店のあらを探しをして、クレーム事を大きく騒ぎ立て、ストレス解消に充てる人。

か、
勤め先のオーナーか上司に頼まれて競合店のリサーチ目的に来店しているのか。

もしくは、
メンタル的に病んでしまっている方のか。

もしくは、
その人自身も同業で競合店のリサーチ目的に来店しているのか。

いずれか、かと読みました。

それから、
これまで数々の客層と向き合ってきた
エステティシャンの直感を働かせ、
何の信憑性もないということを前提にしまして、
小奇麗な新しい衣装やセンス、
メイク、
どすの効いた発声や滑舌、
歩き方や椅子に座った時の姿勢や
店内や接客をする私に向ける視線を観察し、
おそらく、後者の目的だと察しました。

後は、淡々とサービスを提供し、
所定では歓談の時間を含めた90分を
サービス時間と設定していたのですが
その時間は1分もなかったので
ご来店から70分した時にはサロンの扉を出られていました。

言葉で伝えなくとも
その人の存在が充分語っている部分は確かにあるので、
仕事だからと必要以上に心を折らず、
冷静に相手を見極め、
その後ご来店されるクライアントさんのために、
こちらのポジティブなエネルギーを喪失させない
見えない判断は、
プロとして備わっていてほしい
スキルかもしれません。

言葉で伝えなければ、伝わらない。

逆に、相手の伝えない在り方は、
自分の実体験が直感になって目に見えない形で働き、
相手を読む、
という意識を働かせてくれました。

タイムスリップはここまで。

昨夜、主人と夫婦の話が深くなり、
私たちにとっては
向き合うべき方向性の話だったのですが
途中「結婚前に言ってくれればよかったのに。」
と、手厳しい突っ込みが入りました。

私は、素直に、
「新生活が始まったから気づけたことで、
結婚前に言えなかった、というより、
経験していない前は、そこへ目も向けられなかった。」
と、正直に伝えました。

新しい人との生活を成り立たせるということは
過去の執着からリセットをしながら
新しい習慣を迎い入れる、
ある意味、
お互いが真っ白、真っ新に一旦リセットしながら
新しい方向へ進んでいくものかと思います。

そこから、個々の在り方が
新しく描かれていくものかと。

それ以前に、その芯となる部分がまったく違えば
結婚すら至らないのでは。

私の場合、昨年の5月、
入籍から新生活が始まったことで
一時真っ白に近いほどリセットした私の心の内。

実体験から
少しづつ自分のフィルターを抜けリセット。

これを繰り返す過程を
このブログで整理にあてていて、
未熟ながらにも結果的に定まる軸が、
自分の考えと成り、
自然に言葉に出ているのだと思っています。

「一旦、真っ白にリセットできたら何を描きたいか。」
の前提には、
「自分の中の軸が定まっていなければ、言葉にならない。
言葉にできなければ何も伝えられない。何も描けない。」

自分自身にも、
仕事にも、
人間関係にもたとえられる部分を垣間見たのでした。

先日のブログにも更新しましたが
マンネリ化にならないように
適度なリセットをしながら
家事も生活も仕事も、
楽しむ余裕を持たせながら、送りたいものですね。







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posted by Michi at 06:36| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月16日

マンネリへの警戒心。




おはようございます。

私が今住んでいる愛知県岡崎市は
お正月が明け、ここ数日は
あの底冷えのする寒さが少し和らいでいます。

それだけですいぶん身体が楽なような気がしますが
寒いとどうしても身体がかじかんでしまって、
疲れやすくなりますから。

それでも寒いことには違いないので
夕食の鍋率は自然に高くなるこの冬。

1.jpg

水炊き鍋、湯豆腐、味噌鍋、コチジャン鍋、しゃぶしゃぶ・・・
思い当たる鍋のバリエーションで美味しく鍋を食すため、
時には材料を貧素に、時に豪華にと
自分なりに変化を持たせながら調理に試みるのですが、
それでもやっぱり、続くと鍋に飽きてしまう。

ですから、鍋の次の日は、
鉄板焼き、焼き魚、グリル・・・

いろんな献立でバリエーションをさらに持たせて、
主人の疲れた身体を少しでも癒せるようにと
心がけて作っているのですが、
私が自炊に飽きてしまう。

わがままですみません。汗。
しかし、これがマンネリ、です。

「自炊がマンネリ化してきたので外食に連れて行って下さい。」
と正直に伝えるようにしていまして、
なので、最低でも週に1回はどんなに忙しくても、
夫婦で外食しています。

で、先日は、大衆居酒屋へ。

この日も鍋を選んだのですが
スライスされたお箸で崩れてしまいそうな豚バラを、
甘めのだし汁でしゃぶしゃぶして、
辛味をしっかり抜かれた葱に包んで食す、
という
とってもシンプルの鍋なのに、これが旨い!

それでもさっぱり味に飽きてしまうので、
タンステーキとサーモンの刺身も加えて、
鍋のお豆腐と締めのラーメンも追加注文して、
大満足できました。

2.jpg

この居酒屋は近所で行きやすいということ、
また、この豚しゃぶが大変気に入ってしまい
実は2回目のリピートです。

他店の中には、
いかにも冷凍食品を火にかけただけの分かりやすい惣菜だったり、
出てきた鍋の材料がじゃりっとして、半解凍のまま出されたり、
ホールスタッフの対応が雑すぎる
残念な居酒屋が実際にあるので
いくら低料金設定の大衆居酒屋といえど、
そういうお店には自然と足が向きませんので
実は、そんなに料金は気にしていません。

値がはっても、
味よし、接客よし、安ければ尚ありがたし。
と、行きつけは自然に決まっています。

しかし、それでも何度も通いつめれば、
たとえお気に入りのお店とて
やっぱり、マンネリしてしまう。

なので、いろんなお店を旅するようにしていて、
行かなければよかった、と
はずれを引いてしまう時も正直ありますが
それでも、挑戦しなければ出合えなかった
感動店に出合えることもあるので
なるべくパターン化せず、
これからも挑戦は続けます。

何事もほどほどが大事、
ですね。

これも、
人としての在り方にたとえられるなあと
ぼんやり考えています。

周りを見渡してみますと、
いつも決まったお店、
いつも決まった人やグループ、
いつも決まった何かにとどまり、
新しい挑戦をしない
ワンパターン化した在り方を
断固良し、として
貫いている方を見かけます。

自分の決めた範疇の中でしか
行動をしない在り方。

きっとその理由には、
知り合いの誰それが経営しているから行ってあげよう、という
ある意味、親切心からの選択かと受けて取れますが
飽きないのかなあと、と遠目で眺めています。

私は、幼い頃から、
同じパターンを繰り返すことに飽きてしまう性で
基本的には、ワンパターンが肌に合いません。

落着きがない!と先生や親から怒られた
私の長所と短所が潜んでいるわけですが
特に’人のパターン化’ここには恐さを孕んでいると
警戒心を自分にあてて慣らしています。

なぜなら。

私は18歳の頃、
高校生の頃から仲良くしていた
女子グループに自分もいまして、
自然と決まったたまり場にお友達がいつも大集合して
いつも決まったメンバーで
過ごしていた時期がありました。

集まれば、お決まりのお題。
学校の話、彼氏の話、お友達の話、美容の話。

ちょうど同時期、
私は、アメリカンバイクに魅了され、
中型自動二輪の免許を取得し、
250CCのオートバイを購入し、
隣町の新しいバイク仲間と出逢いました。

いつの日か、
ブログに無理やり登場してもらったお友達も
そのバイク仲間の一人です。


新しいバイク仲間との交流が増えた私は一人、
その女子グループの参加率がぐっと下がり、
ある日その中心のお友達が

「なんで美知は私たちとだけ一緒に居ないの?なんで他のお友達と仲良くするの?私が嫌いなの?」
と、泣いて訴えてきました。

リアルにひくひく泣いておられました。

???

どこまで自分中心で居ないと気が済まないんだろうと
一人思考をグルグルさせまして

「あなたたちもお友達。バイク仲間もお友達。
好きとか嫌いとかそんなんじゃないし、
人の和が広がることって間違いなの?それってへんじゃない?
それって本当のお友達なの?私はくだらんと思う。」

と口走ってしまい
案の定、そのたまり場は
二度と私を受入なくなりました。汗。

おぼろげな記憶ですが
ほぼほぼ事実です。

私は人間関係から
人としての大切な在り方を学んでいくものだと
ぼんやりながらも感じていたので
慣れ親しんで一つの環境にとどまる
一見、心地よいと感じる
安心安全の在り方に
単に性に合わないだけでない、違和感を抱いていました。

心地よい環境。

いつも同じ人との交流ですから
顔ぶれ、考え、生き方、習慣、遊び方の
すべてがパターン化します。

18歳の時、性格の悪さが際立った私は
その女子メンバーから干されましたが、そのおかげで
より図々しく、たくましくなり、
同時に、マンネリは幼稚な思考回路だなあと、
冷静に見つめるきっかけにもなりました。

その在り方は
ずいぶんと大人になった今も変わらないのですが
その女子メンバーはカウントせず、
私はこれまで何度も
慣れた環境に身を置きながら、外を見る、
ということを繰り返し、
中でも引っ越し、新しい環境で過ごす、といった
生活環境の変化を3回ほど経験しました。

特に、沖縄へ引っ越した時(2013年8月〜)は
私が今まで何をしてきて、どんな家族が居て、
何を考えて今の私を築いているのか、
それを事実として知っている人が
ほぼ誰一人もいない環境でした。

新しい出逢いに
「私は過去こんなことをしてきました、これが私です。」
と伝え歩いたところで
信憑性はありませんし、証拠もありません。

そもそも、
見ず知らずの初対面の人から
突然そんなことを言われたら、
「何か売ろうとしてない?」と、
怪しい奴だと相手にされないのがオチです。

なので、私を知ってもらう前に、
沖縄の文化を知る、沖縄の人を知る、
というところから、入っていきました。

これは、
故郷から都内へ引っ越した2004年10月〜時には
強く意識を向けなかったところです。

たぶん、沖縄は
本島にない
独特な文化や過去の悲しい歴史を乗り越えた今がある、
と学んでいたので、
余計にそう思えたのかもしれません。

いつもの安定した慣れた環境から
ぽんと1歩外へ飛び出してみる。

そこには私を知らない人ばかり。

自分を受け入れてくれるか?

保証はありませんし、
助っ人はいません。

不安だし、寂しいし、
孤独という痛みを避けるため、
自然に一人で過ごす時間が増えていきました。

私、1年半くらい
小禄TUTAYAの常連でしたし。笑。

でも、結局一人の時間も飽きてしまうんですよね。

一人の時間に飽きてしまったので
気になっていた近所のスポーツジムへ通い、
行動範囲を広げ、
そこで新しい人たちとの出逢いが始まり・・・
と広がっていったわけですが、
そのたびに感じたこと。

新しい出逢いがあるたび、
自分の在り方は正しいのか、自分自身を見直すきっかけに
なっていたということ。

いつも決まったグループだけで交流していたら、
周りは皆自分を知っているので、
孤独になることはまずないでしょう。

慣れ親しんだ環境にとどまっているかぎり、
安定や安心はずっと保証されますし、
まず、自分の在り方を見直すでしょうか。

ずっと同じ集団でしか属していないと
そばにいる人の悪いところだけが目につくようになってしまい、
やがて、愚痴や悪口を誰から言い始めます。

悪口は陰湿な仲間はずれへと広がり、
その集団の中でボス的な人が立ちをはじめ、
その対象が自分にならないように
怯えて過ごす。

それだけではありません。

新しい挑戦からでしか学べない感覚だけでなく、
痛みに向き合うことで気づける
自分の弱さや至らなさに向き合うきっかけを失い、
心の基礎体力を養えない。

自分を強く成長させる
人生を自分で築いていく、というチャンスをも失い、
偏ったまま、そこから抜けられなくなって、
身動きが取れなくなっていきます。

いつも決まったメンバーが集まれば、お決まりのお題。
学校の話、彼氏の話、お友達の話、美容の話。

これが
私が自分に慣らした警戒心、
ワンパターンの影に潜んでいるマンネリの怖さ、です。

先日のブログの下段あたりで触れた

という考えの理由にもなっています。

私なりの理解ですが、
安定、安全をとことんまでこだっていくと、
心は痛みに対して不安が強くなり、
過敏になっていくのかもしれません。

1歩外へ飛び出したことで起こる
想定外の痛みや恐怖心や孤独を避け、
どこまでも自分を守ろうと走る。

そして、そばにいる人や仲間も
同じ在り方で生きる人たち。

刺激のおかげで抵抗力がついていくはずなのに、
自分を刺激から守る逃げは、
どこまでも自分の甘さを助長させ、
わがまま力をどんどんと強く養っていくのかと。

私はよく思い出すのですが
自分がまだちびの頃、
大好きだった
おままごとや探検ごっこ。

大人から怒られると分かっているのに
キッチンから調理器具をこっそり盗み、
誰にも見られない広い駐車場に石や木材を積み上げて、
火をつけて鍋を温め、
これまた、こっそり盗んだ卵やハムをフライパンで熱し、
お友達とむしゃむしゃ美味しい思いをして帰る。

家に戻ると
当然、めちゃくちゃ怒られました。

包丁でケガをするかもしれないし、
その火が隣の家に飛び火して家事になるかもしれないし、
近所迷惑だし。

その共犯は

なのですが、笑。
本格的なおままごとをよく一緒に楽しんでいました。

大人になった今でも
私たちの話題に上がるほど、
子どもの頃の探求心は、
叱られた思い出もぜんぶ、
生きる大切さを経験から学べたように振り返っています。

相手がKちゃんと分かっていても、
親は、いい子だねえ、と言ってました。笑。

たとえ、私にとって悪友でも、
大人はちゃんと、Kちゃんを
人として見ていたのかもしれません。

そのKちゃんとは、
大人になった今でも仲良しですが
マンネリするまでべったりではなく、
適度な距離をお互い保ちつつ、
良好な関係が築けていると私は思っている
友人の一人です。

でも、もし、
ダメだからと親が頭から押さえつけ
一歩も外に出させなかったら?
考えるだけで鳥肌が立っていきそうですが
その一つに、虐待、という
社会問題の影の部分が潜んでいるのではと
私なりに捉えています。

子どもはまずは目の前の大人、
家族から人としての正しい在り方を教えられ、
自分の経験の中から正しい在り方を咀嚼しながら、
背中を見て体当たりに学んでいく。

そのチャンスを、大人のエゴで奪われてしまったら?

私は専門家ではありませんし、
虐待を語りたいわけでもありませんし、
詳しくは分かりませんが、
40代という若さを失い、乱れた衣類姿のまま、
遠く離れた街まで素足のまま飛び出してしまった
アルコール依存症の家族を目の前で見てきた
私の幼少期を自分なりに振り返るとすれば、
本来、子育てで人としての
正しい在り方を示すべき親が、
子より優先させたい自分のわがままを通さなければ
気が済まない在り方を良しとしてしまったら、
どこかで、自分に向き合わなければ、
子も親とずっと同じ在り方を辿ります。

なぜお友達を大切にするのか。
なぜお友達を傷つけてはいけないのか。
なぜ学校に行かなければいけないのか。
なぜ温かい家で美味しいごはんを食べられているのか。

例え、大人がどんな個性があろうとも
それでも子供なりに
逞しく育っていこうと強く生きようとする若さがありますが
もし親がそれを押さえつけてしまったら・・・

満たされない愛情や
人としての正しい在り方を何かで埋めようと、
自分以外を対象にして、走ります。

痛みを避け、痛みをごまかすために、
満たされない何かを少しでも得たいために、
自分を傷つけ、捧げてまでも
自分を犠牲にしてそれを受けに行こうとする。

痛みを避けて、安定や安心ばかりを求めてしまった先に待っているのは、
自分にどこまでも甘く、我欲ばかりに走り、
一つの執着から身動きが取れなくなった狭い世界が待っています。

私は、それを
人の影の部分の負の連鎖、だと
過去の自分を
冷静に振り返っています。

何を良しとする在り方は
人それぞれかと思います。

だからといって、
集団のせい、親のせい、環境のせいに走るのは
何の解決の糸口でもなく、要は、
その環境から自分が何に気づき、
そしてこれからの自分にどう活かしていくのかが
生きていく上でとても大切なことなのだと
私は強く感じています。

自分の中の負の連鎖が
どこに潜んでいるのか、
まずはそこに心を落ち着かせ、
しっかりと向き合い、静かに見つめる事が
大切なのかと思っています。

まずは、そこからがスタート地点で、
もしそこに目を向けられるようになったら、
自分の中の何が負の連鎖なのか、
冷静に見極め、取捨していく。

そして、どこかのタイミングで
負の連鎖を断ち切り、
人としての正しい在り方という軸を
貫いていく強さを保ち続けることでしか
道はないのかと。

パターン化。
マンネリ化。

行き過ぎた外食は、これまたマンネリ化しますので
定期的に変化を自分に取り入れつつ、
新鮮な風をいつも自分の中に通していくことでしか、
健全な思考、人としての正しい在り方も
美しい在り方も
立てないのかもしれません。

来週は諸事情で
主人について埼玉へ行ってきます。

パターン化したいつもの生活から
新しい風を通し、
主人の邪魔にならないようにおとなしくして、笑、
いつもと違った時間を自分なりに楽しみたいと思います。






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posted by Michi at 08:04| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月15日

嫌々だったのに実はチャンスが隠れていた。

昨年大晦日、ビゼンブログを引っ越しまして、
新たに、ビゼン「新」ブログを始め、
16日が経ちました。

宣伝広告の目的が強かった旧ブログから
私の中の美の在り方の整理とした新ブログ

その方向性は180度、変わりました。

これって、エステのブログだよね?
専業主婦ブログなの?

読まれている中の1人くらいおられそうですが...

エステティシャンが更新しているブログであって、
専業主婦が更新しているブログであって、
どちらも間違いはありませんが
私自身、日々の生活の中で
人としての在り方として
何を大切にしたいのか。

そこに目を向けて
気づけた気持ちの整理に
18年間細々ながらもエステティシャンを続けてこれた
実務経験も頭に置きながら
自分のフィルターを通った美の在り方が
このブログのコンセプトになり、
更新をしております。

この1本の道に、私の中で、
ブレはまったくありません。

心を落ち着かせ、
キーボードで指を動かし始めますと、
自分でも不思議なほど
整理したい気持ちが
湯水のように沸いていきます。

その沸いている思いを
一つ一つ辿るようにキーボードで打ち込む。

まるで、図工で課題作品を
仕上げているような感覚です。

まずは、整理したい大まかなテーマ2つ3つ挙げ、
その関連性を意識しながら、ひたすら打ち込んでいき、
そこで、ブログのタイトルが決まります。
逆の日もあります。

8割がた文章に形になったら、
何度も何度もプレビューで見直し、打ち直す、
という磨きを入れます。

違う、脱線してきた!
違う、それをまとめたいんじゃなくって!

と一人、思考をグルグルさせながら
そして、ボタンを押して、更新しています。

何度もチェックを重ねているはずでも
誤字脱字に気づき、修正を入れる日もあります。汗。

先日更新しました記事を読み返しながら
改めて実感したことがあります。

に付随しますが、
結局私は、
ブログを更新することも、
自炊も好きだからこそ、
続いているんだなあということ。

なぜ自炊が好きか
もっと噛み砕いてみますと、

食べる事が好き!
バランスの摂れた材料選びをすることが楽しい!
1円でも材料費を抑えるどけち精神が性に合っている!
です。

そもそも感情には、誰しも必ず、
源になっている根底があるかと思います。

私の源となっているその根底は、
生活をしっかり支えようとする主人が
心身ともに健全で、
出来ればそんな主人と一緒に、
豊かな生活を送りながら余生を共に送れたら幸いだなあ、
と心から思っていること。

これはあくまで私の勝手な願いですが
これが原動力として根底にあるから、
自炊が好き、
と切り替わっているのかと思っています。

’好きこそ物の上手なれ’

そもそも好きでなければ
仕事も、人も、趣味も、ライフワークも
ぜんぜん続きません。

何をしても3日坊主。

この背景は、自分の感情が
定まっていないということが
たとえられます。

といった内容を
先日のブログのフィニッシュに記せれたら
私の思う綺麗なブログに仕上がったのになあ
と一人反省会をしておりますが
これが今の私のスキルの限界。

身の丈がはっきり見え、
分をわきまえることにも自分なりに出来ているので
私にとっては、この時間があるだけでも、
ありがたさしかありません。

私はブログの更新を
あくまで好きでやっていることで
ここから収入を得ていませんが
仮に仕事に切り替わったときは責任が伴いますね。

私は今、主婦をしながら
エステの自営業と
主人の会社の経理事務から収入を得ているので、
仕事の責任を主婦をしながら全うしています。

好きな仕事で生きている。

エステティシャンの仕事が好きだからこそ
細々ながらも続けることが出来ているわけですが、
経理事務は、今でこそ、公開できますが
実はつい数年前まで、
実務として現場に立っていました。

経理事務のきっかけは、
経理の事務経験を積みたいから飛び込んだのではなく、
ある組織に属していた時、
その組織のトップが人件費をかけたくないために
私しかスタッフがおらず、
あくまで経費削減のために
私がやらせざるを得ない状況に
なぜか追い込まれて無理やりやらされていた、
というのがきっかけでした。

今思えば、滑稽極まりないと世界だったなあと
笑いながら振り返っておりますが
なぜ滑稽なのか。

どの会社も契約している顧問税理士事務所があるかと思います。

その税理士事務所の税理士、もしくはスタッフが
顧問先である経理担当者とのやり取りを直接交わしていくのですが、
つまり当時の私ですが、
経理の業務を担当するわけですから、
必要最小限の知識や実務を積んでいる経験者であることを
顧問先は前提にして向き合ってきます。

税理士事務所は
専門学校でも
ボランティア団体でもありませんので
顧問先の担当者がもし未経験者だった場合、
経験者であれば、支障なくこなされるであろう30分の業務ですら、
相手が素人だと、言葉一つ一つから確認しながら
業務を進めなければなりませんので
かなりの時間のロスが出てしまいます。

私の認識ですが
税理士事務所は、顧問先の会計業務のボリュームから
顧問時間を割り出し、その顧問料として
請求しているかと思いますので
クライアントの担当者が未経験者となれば、
当然、その分時間が増えるので、
1時間5千円では話にならないでしょうか。

税理士事務所が他で契約をしているクライアントは
1社だけではないはずなので、
その1社の経理担当者が未経験者だというだけで、
業務を圧迫していることは、理解に難しくありません。

お金を支払っているんだから、
クライアントが分からないことがあれば
フォローするのが当たり前だろう。

そんなボスでしたので
もう無茶苦茶でした。

あくまで、料金設定に応じた顧問内容であることは
実務経験を積んで1か月かからずして、理解しました。

お金を出す側も
サービスの範囲を意識するのが
当然の礼儀かと思います。

お客様は神様、という考えから一歩先へ進んだ、
仕事を受ける側がクライアントを選ぶ、
という在り方。

そこからずれた在り方だったので
私にとっては滑稽すぎる組織でした。汗。

経理事務募集、但し、経理事務経験3年以上、
もしくは簿記検定3級取得者に限る。

時給〇円

という、事務職の中でも比較的待遇のよい、
高い時給設定になっているというのも
3年以上、実務を積み重ねたからこそ
うなずけます。

経理のけの字もなかったど素人の私が
自ら望んで選択をした業種ならともかく
いつの間にか、勝手に担当業務の兼任を命令され、
逃げられない環境に在りながらも、毎日、毎日、冷や汗をかきながら、
独学で知識を身に着けながら、
泣きながら手探りで
仕事をこなしていきました。

それが2年くらい断ったときです。
ある日、仕事が楽しくなったのです。

会計の仕組みを
自分なりに理解した瞬間です。

会社の会計事務は、
それぞれの会社が契約している
会計ソフトに必須科目や数字を入力し、
会社の収支のバランスを見ていくのが
一般的だと思います。

個人事業主も同様で
そのシンプル版は
家計簿ですね。

何が言いたいかといいますと、
嫌々ながら始まった仕事が、
自分の至らないスキルなのか、
関わっている人なのか、
単純に会社が肌に合わないだけなのか、
どんな理由だろうと、
独学ながらも必要最低限の知識を養いながら、
こつこつと積み重ねていくと、
やがて、仕組みが手に取るように見えてくる瞬間が訪れ、
そこから、面白さに変わる瞬間が訪れる、
ということです。

歴史ある文芸品を作る職人の世界。
この基礎を磨く年月は気が遠くなる作業の繰返しかと例えられますが
これって、どんな業種にも
当てはまりませんでしょうか。

ブログでは公開することができなかった、
一時的にエステティシャンから脱線した経理事務。

それが結果的に
今へと続いていて、
私の収入源に変わり、
自分の身を助けていることは
揺るぎない事実です。

実際、実務を担当した経理事務は3年半で
きっかけは理不尽極まりない理由でしたが
あの経験がなければ、
私のビゼンの確定申告はおろか、
主人の会社の会計すら
触れなかったでしょう。

過去の実績からおおよその習慣を読み、
現状を把握しながら、将来の方向性を理論的に具体的に
話ができたのもあの実務経験があったからこそ。

なければ、会話すら成り立ちません。

本当に辛かった経理事務の実務でしたが、
今では、お金に変えられない
貴重な経験となっています。

ということで、
もし、仮に今、
嫌で嫌で仕方ないストレスばかりの会社に勤めていて、
その理由が、
関わっている人であれ、
業務内容であれ、何であろうと、
せっかくお金を頂いているのなら
自分の人生の糧になる思考でもって
向き合ったほうが
どれだけ自分にとって得なのか、と私は思います。

しかし、自分なりに向き合い、淡々と過ごしているのに、
体調を崩してしまったり、
心を病んでしまったら、
それは度を越えた領域に入ったと思いますので
そういうときは、ためらいもせず、まず、線を引いて身体を休めるなり、
療養すべきかと思います。

そうではなくて、
それ、嫌だから。

仕事なり、人なり、食べものなり、
固定概念でまったくそれに向き合おうともせず、
簡単に線を引く。

こういったスタイルは
単なるわがままで、
私にとっては、逃げ以外の何物でもありません。

一旦は自分の中に取り込み、咀嚼して、
一先ずこつこつとこなしていき、
アレルギー反応にような拒絶反応が出たら、
ちょっとお休みするくらいのゆるさも大切で、

一息入れた時に
「私のリミットはここにしよう。」と心静かに自分と向き合い、
あとは淡々と過ごしながら、そのリミットの域に達したら、
引き際にする。

これが
自分で自分の答えを出す、という
仕組みなのかと理解しています。

逆に、
第三者の在り方を
自分の軸に置き換えてしまいますと
マニュアル通りにこなすことが、
自分で自分の考えを出さない仕組みなのかと。


マニュアルって本当にありがたいもので

・この石は難から守ってくれる。もしそれでも難から守られなかったら、
自分に合っていないので再度作り直しましょう。

・今は、星周りが悪いから動くべきではないのです。
・社会貢献は人として何よりも優先すべき尊いことだとあの偉大な人が実践しているように、
すべてを投げ捨ててでも、それに務めるべきなのです。
・祈りが足りない。だから、叶わないのです。さあ、もっと祈りましょう。

第三者の指示通りに従えばいいんです。

でも、ここには、一瞬は楽ですが、
自分で人生を築いていくという
人としての本来の在り方から、
どんどんと脱線していることが
見えてきませんでしょうか。

私は、昨年夏から、
自分が長らく脱線の道を突き進んでいたことが
ブログの更新を続けてていることで
自分の気持ちが整理され始め、はっきりと見えてきました。

そろそろ、
ブログをフィニッシュしなければ。

とにかく嫌なの!
とにかく許せない!
それは自分の考えと反する!
これは運命だから変えられないんだ!

と、モノ申す前に、
一旦は自分の中に取り込み、
咀嚼してみる。

簡単に拒絶する生き方を、良しとして
過ごすことは一時楽ですが
その生き方を貫いてきた在り方から改め、
向き合った経験者が一言モノ申せるのなら、
楽(ラク)ほど人生損することってありません。

こればかりは、
自分の問題。

拒絶を正しい在り方として貫いている方をお見かけしますと、
遠巻きにして眺めている自分が居ます。

嫌々に打算的にやっていることなのかもしれませんが、
一先ず、こつこつとこなし、
簡単ではないかと思いますが
自分なりに糧にしていくことが出来れば、
想定外なチャンスが隠れていることもある。

私は実体験でこれを学べて
本当に良かったと思っています。

さて、この後、夕食の準備まで
会計処理にどっぷり没頭します。







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posted by Michi at 06:22| 美容・旅/居心地いい暮らし

2019年01月14日

あえて見ようとすれば待っている好きの先。

おはようございます。

只今、朝の6時半。

私は、昨年5月から
私と主人の分の毎日3食自炊が日常になっていますが
ここへきてお弁当作りの要領が
つかめてきました。

9か月も断っているのに。汗。

と言いますのも、
主人は建設業を営んでおりまして
肉体労働者ですから、お昼時間は真剣勝負。

現場環境は案件毎に異なり、
現場がどでかい工場となれば
作業場から指定された車両駐車場まで遠く、
冬のこの時期であれば
作業場から凍えながらセキュリティがあればそこを通過し、
車に乗り込む。

もし、お弁当を持参していなければ、
わざわざ買い出しに出なくてはならず、外食も同様、
現場が現場だけあって、
移動だけでお昼の半分以上の時間が潰れます。

そもそも現場の方々は早食いなので
実際食している時間は15分もかからなかったとしても、
移動でランチタイムの時間の半分以上がつぶれてしまったら、
身体や目を休める時間がその分少なくなりますので、
疲労を抱えたまま、午後からの作業へと向かうことになります。

仮に、朝、現場へ向かう途中にコンビニで購入し、
車の中に保管し、その場でお昼を取ることも可能ですが、
食べる時は、冷たい。

(コンビニのレンジで温めてもらい、保温ケースに保管すれば、温かく頂くこともできます。)

ということで、冷え込む冬の時期は
保温性のあるお弁当箱にしましょう、となりまして
夏のバージョンとボックスが変わり
私のお弁当作りの要領が若干変わるんです。

なので、11月から新弁当箱が登場してから
私なりに四苦八苦して
ようやく今のスタイルへ落ち着いたというわけです。

どんなことかと言いますと。

1段目は、おかずスペース。
仕切はないので、小分け出来る小物を活用して
メイン+焼き物1品+野菜炒め1品の
計3品目は入れるようにしています。

なにせ限られたスペース。
なるべくバランスの摂れた複数の野菜たちやおかずを
ぎゅーぎゅーに詰め込みたい。

限られたスペースだと思い込んでいたのに
実際は、結構な量がはいるんですよね。

野菜たちによっては、火にかけると水分が出きって、
ちんちくりんに縮むことがあり、
私が計算を間違えた時は、悲しいくらいすかすか。
その日は、主人から苦情がはいりました。笑。

2段目は、お米スペース。
パンパンに詰めれれば、
なんと、どんぶり1杯くらい入ります。
(敢えてこのサイズを購入しています。もっと大きいタイプも売られています。)

お腹空くだろうと調子に乗って詰め込んでいた時があり、
彼のお腹周りがみるみるふくよかになっていったので
そのへんの微調整をしつつ、
お米+手作りかつお梅小さじ1+御酢の物か卵焼きを
いつも詰めています。

3段目は、御汁スペース。
味噌汁、時々、カレーやシチュー、というスタイルが
ほぼほぼの献立です。

この3段を
保温性のあるアルミ製の容器にいれるのですが
アルミ製は、金属なので、手で触ると外気と同じ温度。

朝のキッチン外気は
2度程度なので、容器はきんきんに冷え切っている。

なので、
焼きモノ用の電化製品の上に置きながら
他の料理をしていると、
おかずが出来上がった頃には
その容器がちょうどよい按配で温まってくれているので
それに保管するようにしています。

こうして朝の時間は
私と朝食&お弁当の対戦になっているわけですが
1分でも長く寝たいがために、30分におさめておりまして。

となれば、事前準備がかかせません。
要領が物をいう。

こんな格闘を朝っぱらから
一人でやっていまして、
対戦を無事に終え、後片付けや、翌日の事前準備を終え、
6時半に、ようやく一息つける、という
パターンができつつあります。

「お弁当箱をフロントガラスの辺に置いた俺が悪いんだけど、
それにしても豚バラを使ったおかずは脂が白く固まっていて無残だったよ。
あと、時々登場する、すかすかの野菜炒めは正直悲しいもんがあるけれど
その日をのぞけば、ほぼ満足です。」

今のところ、主人からは
このような反響をもらえているので、
一先ず良しとしています。

これは私の日々の生活の中で
四苦八苦しながら、何を最優先にすべきか、いつも目の前の優先順位と、
お弁当に対する思いの結果、形になったパターンですが、
えらそうなことは何もない、といいますか。

世の中、
自分と子どもたちや、同居している家族の分もきちんとこしらえ、
その後、電車に乗って毎日通勤している主婦の方もおられ、
しかも、食費をシビアにせざるを得ない家族構成がある方もおられると思うと
素直に感服です。

時には、前日の夕食の残りを入れたり、
購入しておいた惣菜を入れたり、
冷凍やレトルト食品をうまく活用するなど
人の数と同じだけ、工夫や在り方があるかと思います。

これを
’好き’という感情にあてはめて考えてみますと
自分が選択しているすべての行動は、
何を好きか、という素直な自分の感情が働いているからこそ、
続いているわけで、逆に
嫌で嫌で仕方なければ、続きません、というか、
そもそも嫌なことは手もつけません。

そこを今日のブログタイトルの
’あえて見ようとすれば待っている好きの先’
と自分なりに考えてみます。

私は、都内永田町である機関のボランティアをしていた時や、
新橋でOLとしてアルバイトをした時や、
那覇で、ある組織に属していた時にも
勤務先の近辺には、
お手頃な料金でバランスの摂れたお弁当が沢山売られており、
よくお世話になっていました。

都内のお昼のお弁当合戦は凄まじいもので
会社が多い、山手線内のお弁当事情は
各エリア事の人種を見事に反映させたお弁当の種類となり、
クオリティはかなり高い、と振り返っています。

12.jpg
↑ 「お弁当屋じゃないから、お弁当は基本受けないから!」
という亭主のコンセプトを図々しく無視して、
たびたびこのブログに登場している私たち夫婦の縁を繋げてくれたお友達が
作ってくれた1000円のお弁当。

沖縄本島の読谷と岡崎市にある’ジャム’という
レストランで修行を積んできた友人で、
おかず1品1品手が込んでいて、中でも
ハンバーグは熟練の味を堪能できます。

私と主人は、そのお友達のバーへよく飲みに行って食しているので
味は知っていますが、
実母は、これで1000円って安くない?というほど感動していました。

時には、
自分の手を休ませるための時間を造ったり、
貴重な情報収集としてプロのお弁当を買ってみると
新しい発見に出あえるもの。

しかし、あくまで、
自炊が基本にあるからこそ活かされることであって、
逆に、自分を最優先にして
自分の寝たい時間を第一優先。
手間を極力避けたい。
お弁当作りに充てる時間を他の時間に使いたい。

この生活スタイルでいると、
お弁当を買っても、ただ、美味しい、としか
感じられず、新しい発見とはならないのではないのかと。

当たり前。
マンネリ。
感動が薄れ、飽きてしまう怖さが
ここにありますね。

私が作るより、
ぜったいに美味しいプロのお弁当。

お世辞抜きに絶品のお弁当だったという記憶の中で、
永田町に並んでいたお弁当たちは
料亭のようなおかずだったなあと今でも印象深いですが
これも、自炊が基本にあるから、
思い起こせるものだと思います。

私は過去に
’すべてをプラスにしか受け止めない’
を徹して、長らく過ごしてきました。

すべてをプラスにしか受け止めない。

凄くないです?
負の感情を持たないないんですよ!
しかし、悲しいことに、ここに私の感情は死んでいます。

仕事のトラブル、
人とのいざこざ、
体調不良、
恋愛関係のもつれ。

こんなことが続けば、さすがに落ち込みます。
しかし、感情が死んでいますので
すべて自分には必要だから起こっている現実であって、
人は人、私は私、だからすべてを肯定的に捉えようと
頭の中できっちり切り替えるように訓練しました。

結果、何を好きで、何が嫌いか、という感情は
基本無くなりました。

魂が無い状態、とも言えましょうか。

実はこれって、
おぞましい’人生の落とし穴’がぱっくり口を開いている状態だと
今では冷静に見ている自分がおります。

なぜ、感情に蓋をすることが
おぞましい、人生の落とし穴なのか。

たとえば、自炊。

要領をつかむまでは、
準備に1時間半かかったところからスタートしています。

時間がかかれば自炊すべてが億劫になっていきますので
何をすれば手間を分散し、時短できるか、
実母や主婦友達に予め聞いて周っています。

おかずは材料を購入したときに冷蔵庫へ入れる前
小分けにして保存しておくと
料理するときは電子機器にかけるだけで完成するから楽だよ。
とか。

材料は前の日に予めカットしておくと早いよ。
とか。

生肉を調味料で漬け込んでおけば、使い切るまで腐らず美味しく食べられるよ。
とか。

葉野菜は、先に火にかけておいて、冷凍して置けば、枯れずに使いきれるよ。
とか。

そうやって収集した情報を
まずは素直にやってみた。

すると、自分のキッチン事情や冷蔵庫の容量から、
できること、できないこと、やりにくいことが見えてきて、
収集した情報から、自分が取り入れやすいやり方が
自分の中で自然に取捨されていった。

あとは、自由なアレンジをミックスして、
毎日、繰り返す積み重ねたことによって、
今のスタイルへと築いていきました。

自炊においてはまだまだ青二才の私成りの解釈としては、
この一連の流れを積み重ねた暁に待っているのが
継続は力なり、なのではと思っています。

なぜなら、前述に登場したお友達のハンバーグは
どれだけ想像を膨らませて、何度手作りで再現してみようにも、
あの舌触り、あの旨みは素人の私には出せません。

仕事一つとっても、人間関係も、健康管理も、恋愛も、
人それぞれ感じ方は違うように
人の数だけ、そのスタイルがあり、
だから、人と違っているのは当然です。

プロはプロ。素人は素人。
しっかり住み分けが成り立っています。

まずは、ここが前提。
しかし。

仕事で失敗ばかり続き、上司に叱られ落ち込んだり、
理不尽な矛盾、滑稽な人間関係にもまれて傷ついたり、
体調不良に陥ったり、
パートナーとの喧嘩で落ち込んだり。

傷つき、落ち込み、自分の中から自信をどんどんと失っていき、
押しつぶされそうなネガティブな負の感情で身動きが取れなくなった時、
人って、痛みを避けるか、痛みと向き合うか。
まず、これを試されます。

真ん中はありません。

仮に、
人から怒られたことがない、
人から褒められたことしかない、
自分が一つの継続によってある程度の地位、名誉、周りからの称賛を得て
力を持つ立場に立ってしまうほど、
痛みと向き合うことが難しくなります。

なぜなら。

人から怒られない行動をしているのは自分です。
人から褒められるような恵まれた環境にあるのは自分です。
その地位にそこまで登りつめたのは、地道な努力の結果です。

だからこそ、
誰かに自分を否定されたら、築いてきたすべての自分の在り方を
真っ向から間違っている!と潰されますから、
当然反発が起こるわけで、冷静に向き合うことが困難になり、

「それはあなたの考えでしょ。私とは世界は違うの。」
と線を引いてしまえば、
多少は不快感はあるでしょうが、
受け流し、痛みを避けることができます。

でも、ここに
人生の落とし穴が口を開いています。

否定されれば落ち込みます。
間違っていると言われれば傷つきます。

悟りを開いた雲の上の尊い方でなければ
これって、誰しも自然に起こる感情かと思うのですが、
痛みを避けてたはずなのに、やはり痛い。

そうなると、人はさらに、
痛みを避けようと藁をもすがる思いで
何かをつかみます。

それが、偉大な人の教えや、
自分が目指す道で成功している人とまったく同じ道を歩むことを正しい道を
自分の指南にしたり、
占いや、依存に走る。

自分の経験値ではない何かを塀にして
自分の前に立ててしまえば、
痛みに触れることなく、
自分を守ることができます。

これが、先日更新した自己啓発
「人は痛みを避け、快楽を得る。」という
逃げの仕組みです。

快楽を得るために、ひたすら痛みを避けてさまよい、
今回だけ、今回だけだからと
軽い気持ちで手を出したドラッグやお酒だったはずなのに
気が付くと、抜けられない状態に陥る。

これをやめられない。という
1つの執着という考えや習慣も同様で
それが買い物だろうと、煙草だろうと、
自分の金銭の範疇を超えてしまい
支払いが回らないのに周りに迷惑をかけ続けているのに
それでも買い物がやめられなくなったら
それも依存だということを理解したときは、
正直、鳥肌が立ちました。

恋愛もそうだったとは。

これも、感情が死んでしまった自然な成り行き、とも捉えられます。
あくまで主軸は自分にあり。
第三者を主軸にしたとき、感情は死んでいくのかもしれません。

もし、自分の主軸が自分にあるのか、
第三者にあるのか確かめたいときに
自問自答できる方法としてたとえてみます。

「あれだけ約束したのに、なぜ、約束をやぶったの!」
「やるって言ったのに、なぜ、できていないの!」

これ、身近で交わされる会話かと思いますが
語り手が自分だろうと、家族だろうと、パートナーだろうと、職場の人だろうと、
この会話は、
自分と人は違っているのが当然、
という前提が欠けていることに
気づけませんでしょうか。

今の私だったら、
こう自問自答しています。

約束を交わしたけれど、約束の概念は人それぞれ。だから
まず約束という相手の在り方を確かめてみよう。
そして、約束をやぶったら、どうなるのか、先の見方をどう捉えているかも
確かめてみよう。

後者も同様です。

もし、
自分を否定する人が目の前にいたとしたら、
私ならこう考えています。

相手の肯定はだろう?逆に私の肯定は?
なぜ今、このタイミングで相手は否定しているのだろう?
私を否定したことで、相手は何を得るのだろう?
このやり取りの先には、何が待っているのだろう?

上からも下からも横からも
中からも、多方面からとことん、考え、
冷静に質問を投げます。

相手が感情的になっていたら、中々、冷静になれませんが、
相手の本質は何かをじっと向き合おうと、痛みと向き合います。

あくまで主軸は自分にあるので、
相手の主軸との相違を確かめるんですね。

しかし、主軸が第三者の受け売りだった場合、
自分の意図しないトラブルには
指南書と脱線するため、相手が悪い、となってしまいます。
だって指南書はこう記しているから。との如くに。

当然と言えば、当然なのですが
第三者の在り方は、あくまで第三者の経験値から見出された在り方であって、
必ずしも自分と同じとは限りませんので、
相手が悪い、としかと捉えられなくなるのは、ある意味、
自然な感情なのかもしれません。

しかし、確実に、
人生の落とし穴にはまり、抜けられなくなっている状態とも
受けて取れます。

誰かに叱れたり、
自分を否定された時、
そこから目を向けず、心を傾けず、無視して痛みを避けるより、
自分の非を受け入れ、認め、痛みと向き合うことは
人生で何より、難しいことだと
これまでの経験からはっきりしました。

それから、
’好きか、嫌いか’
’心地よいか、心地悪いか’
自分の感情に素直に心を傾けようと切り替えたことで
自分自身にも鮮明になりましたし、
私の周りで、人生の落とし穴にはまって動けなくなっている人がとても多いことが
浮いてくるように見えてしまい、実は驚愕としました。

これは私の中の在り方であって、
人それぞれ感じ方が違うように、人の数だけ、そのスタイルがあり、
だから、人と違っているのは当然ですから、
敢えて、口にはしません。

心の中で、余計なお世話ながら、
もっと、楽に生きればいいのに、と遠目で見ています。

結局は、
目の前にある仕事なり、人間関係なり、健康管理なり、恋愛なり、
自分が好きでその道を選んでいるのか、
感情を殺して打算的になっていないのか、
それとも嫌だと感じているのか、
まずは、自分の素直な気持ちが何なのか
自分の中でオープンにすることがとっても大切なのかと思います。

周りを見渡し、「情の深い人だ」と言われる人たちは
主軸は自分の道を貫いて生きている人たちです。

第三者の指南書をそっくりまねることを良しとして
疑わない姿勢は、ある意味、とても真面目な方なのかもしれません。

自分の中に、しっかりこびりついた第三者の固定概念の縛り、
殺してしまった感情。

これを取り除くには、新たな習慣を自分に取り入れ、
毎日少しづつ習慣を変え、淡々と積み重ねていくことでしか解けないんだと
実体験から、私は胸を張って、それは正しい在り方だとお伝えできます。

しかし、どこかのタイミングで、
自分が身動きが取れなくなっていると気づけたほうが
もっと自分らしく、気持ちよく、過ごせるのになあと
感情にしていた蓋を外したからこそ、ようやく、思えるようになりました。
そして、今の私はほんと、気楽に在りますし、
他人との相違は自分の想像を超えますので新しい発見の連続。
いろんな意味で、感動の連続です。

まるでしょっていた鎧をひとつづつ、脱いでいるような感覚と言いますか。

身大の正々堂々とした自分の軸をもった姿がどんなのか分かったことで
自分の道が1本に定まり、
私の考える美の在り方へ
自然に目を向けられるようになりまして、
こうして、ブログを活用して
整理するという今日に至っています。

素直に好き、という感情が
どれほど大切なことなのか。

感情を殺さず、蓋をせず、
好きという気持ちに素直になったらこそ、
何度かこのブログでも紹介していますが
ようやく人生で初めて、
豊かってこういうことかな、
幸せってこういうことかな、
と感じられるようになりました。






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posted by Michi at 06:13| 美容・旅/居心地いい暮らし
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