元エステティシャンが送るオーガニックよりなブログ

2020年02月27日

まさかを前提に動ければ恋も成熟できるよ、きっと。

桜 5.jpg

岡崎市にある桜中では
開花し始めている木も出現し始め、
この花は梅かと思いますが
春の訪れを思わせてくれるようです。

ドライブデートしたくなるシーズンですね^^
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posted by Michi at 08:10| Comment(0) | アラフォー婚活

2020年02月02日

「恋は盲目」脳が錯覚している状態だけど・・・

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「恋は盲目」って微笑ましい症状だなあと
虹の画像を見ながら、ふと思いました。

相手の欠点を見ようとしなかったり
いい面だけを見て距離間を縮めていく恋愛。

確かに、
だめ男さんや危険な男ほど
ほってはおけないオーラを少なからず漂わせているし
分かっているけど好きなの!くらいが
たとえ大人の女だとしても恋は確実に盛り上がる。

言葉は良くないけれど
自分をも落ちぶれてしまう魔力は蜜だと
私の経験上、確かだと捉えています。

むしろ、そのくらい恋愛が盛り上がらないと
結婚すら近づかないのかもしれません。

いや、お相手の条件で結婚出来る方にとっては
盲目は論外なので、ある意味強者なのかも。

私は、その生き方に一時片足つっこんでみたけれど
気持ちがついていかなかった。

ともあれ好きになっていくほど
脳がバグるような状態になるなんて
納得せざるを得ないと言いますか
これぞ言い当て妙で、愛らしさすら覚えています。

そうなると結婚のコツって
盲目中にするべし、とも言えますでしょう。

たいていのことは大らかに許せるはずだし
逆に欠点ばかりが目につくようになってしまったら
前に進まないなんて、実に悲しい。

私は、一昨年の5月に那覇市から岡崎市に嫁いできて
始まった新しい生活で
予測していなかった家庭の事情が、ポロポロと落ちてきました。

すべては一緒に生活してから分かったことで
私の想定外。

もちろん、相手からしたら異色の考えを持った私も同様で。

にしても一時はもう
何がなんだか、ひっちゃかめっちゃか。

かと思いきや、
パニックしかけているにも関わらず
私は気持ちは冷めていく一方だったのが
自分のことながら不思議でした。

主人への愛情ではなくて
物事に動じる感情でして、
その経験のおかげで冷静さを養えるようになったので
幸いとしか言いようがない。

話は戻しまして、
盲目中に私が冷静にこれらの事情を予測出来ていたのなら
この人と結婚していた?と聞かれたら
答えはご想像の通りです。
(主人とはこのネタで話し合い済みです。(笑))

大事なところは、そこではないと思っています。

結婚生活には、考えの違いが幾度も訪れます。
時に落ち着いて話していられない。

たかが食事の好みですら
塵も積もれば大きなストレスに
お互いなり得るわけでして。

些細な意見の違いが引き金になって
喧嘩勃発、へと発展しうるわけで、
そうなる前に、どちらかがじっと我慢すれば
大事にはなりませんが
それも違う。

ともあれそんな時、どちらともなく話し合いを設け
危ない言葉を口走ばしろうとも
家を飛び出して1晩帰ってこなくても
テレビのスイッチをちゃんと切って向き合い
お互いに気持ちのリセットをして
これから夫婦にとって居心地のいい暮らしのために
改善していけるかどうか。

どれだけ傷つこうが、取り乱そうが
間違っても、問題に蓋をせず、
折を見て向き合えるかどうか。
せめて、試みることができるだろうか。

これが再婚者が結婚生活3年目に実感した
盲目中、もとい恋愛中にお相手を見極めたい大切な秘訣・・・。

結婚相手が誰になろうと
元は赤の他人が一緒に生活するわけですので
この状況はどのカップルにも起こり得ているのでは。

恋の盲目中に
片方の頭では冷静にお相手を見極めていれば理想で
そのひとつにデート中、
なにか不都合が生じた時や
失礼な扱いをされた時の
ふとした瞬間。

じっくり観察すると
その片鱗は、必ず姿を現しています。

もちろん自分も逆からしたら同様でございます。

「この女性、信じられない」
と思われなくもないことを肝に銘じて
婚活って、まさに人間力が問われてしまう。

ちなみに、私は盲目中の成婚で3年目に突入しましたが
相手選びには、まったく後悔していないので
恋の盲目について
ブログにしてみました。






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posted by Michi at 15:11| Comment(0) | アラフォー婚活

2020年01月23日

アラフォー婚活チャンスを広げたなら。






結婚?
事実婚?

結婚の在り方が選べるって、今の時代はありがたい。

お互い自立した者同士の事実婚ならば
この風潮はうまく活かせるはず。

私はひそかに、
AV男優のしみけんさんとはあちゅうさんご夫妻を拝読しています。

はあちゅうさんが直筆する和やかなイラストには
彼らの考える事実婚の在り方が散りばめられていて
数々の葛藤を乗り越えこられたご夫婦の例が
実に考え深く、
ついでに、おさるさんのイラストでとっても癒されるという^^

せっかく縁あって惹かれ合ったカップルが
相手の仕事が特殊過ぎて親族の理解が難しかったり、
相手に子供さんがいたり、
資産を分けたかったり、
家柄の格差だったり、
相手の取り巻く環境の扱い方が分からないことが原因で
何組のカップルが破綻していったのだろうと思うと
事実婚はまさに救世主、とも受け取れる。

’アラフォー世代の10人中2人は未婚女性’

近年のデータだと伝え聞いたことがあるけれど
結婚の在り方に
自分さえ柔軟になれれば
アラフォー婚活のチャンスの幅は広がる、はず。

どっちにしても
アラフォー婚活にとって、どこまで自分が冷静になれるか、
ここが一番難しい。

さらに突き詰めるなら
誰を選ぼうと、自分との’環境の違い’がない人は、そもそも’居ない’と
私は思う。

かく言う、私こそが
環境が違って当然だと
時間をかけて頭の中を切り替えながら
アラフォー婚活に向き合ってきた。









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posted by Michi at 07:17| Comment(0) | アラフォー婚活

2020年01月21日

新しいアラフォー婚活のカテゴリー。

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来年素敵な男性との出会いが訪れるのなら
今私は何をするだろう?

痩せるべき?
交流している人を変えたほうがいいの?
結婚相談所で活動を始めるべき?

そんなことが頭の中をぐるぐる巡る。

お友達誘って、おしゃれして、
美味しい食事をして、気を紛らわせたり、
なんなら、おだててくれる男性とも食事したり。

でも、帰宅すれば、また部屋に私一人。
気づくとだんだんお友達とも会わなくなっていった。

自分を好きになれなくて、
自信を無くしているはずなのに、張っぱられるように意地が強くなっていく36歳の私に
「数年後に素敵な出会いが必ず訪れるから」
ともし伝えられたなら、
私はあの時、どんな選択をしていたかなって。

アラフォーで婚活した私は
41歳で出会った男性と半年で成婚をしました。

この先、結婚相談所を始めようとか
カウンセラーを目指しているとか
まったくその予定や目的はないけれど
私の経験がアラフォー婚活真っ最中のお役に立てるなら・・・と思い
今日から新しいカテゴリーを増やして
書いていこうと思います。







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posted by Michi at 08:27| Comment(0) | アラフォー婚活

2019年02月24日

アラフォ同志の結婚の極み。


生活空間へ、春を呼び寄せました。

4-1.jpg4.jpg

私事ですが
ちょっとした区切りがあり
とあるアラフォ女の結婚記とします。

前編:出逢い

一昨年の夏に
’初めまして’と顔を合わせた私たち夫婦ですが
「自分は一生結婚しないだろう。」と
特定の女性とのお付き合いを敢えて10年絶ってきた主人が
初めてのデートで私との将来を築こうと
静かに心を固めた、と言います。

男が心を固めるって
何がきっかけで心が動くのか
純粋に興味を持った。

出逢った時、私は那覇に住んでいて、
主人は岡崎市に住んでいた。

岡崎市は、私の実家の隣町で
それぞれの生まれが他県でもないし
実は地元民同士の出逢い。

なので、後々に
周りには共通の知人友人だらけだったと
分かったのですが
私たちがなぜこれまで顔を合わせてこなかったのか、
それとも1度会ったことある?
と、不思議なくらい
近しい距離にお互いの存在があった。

チャンスは実は目の前ある、
という定説が
私たちのケースにはぴったり当てはまった。

でも、生活環境は、会いたくてもすぐに会えない
沖縄と愛知との立派な遠距離恋愛。

なんだか、へんてこな距離感だなあと思いつつ
その距離が逆に背中を押すかのように
関係はすぐ深くなりました。

なにせ私たちは
私、41歳で主人は一つ下のアラフォど真ん中。

人の本質に自然と目がいってしまう
人生の酸いも甘いも
それなりに味わってきた者同士。

相手との確かな感覚を
互いに嗅ぎ取ったせいか
婚姻届けのサインには大した抵抗もなく
いってみれば自然な流れ。

数年間、関係を温めるのが世間一般論なら
出逢ってから会った日数が1か月も満たず入籍に至った
私のケースは
世間とは逆を走っている。

こうしたケース、実は
私たち夫婦に限らず、私の周りの夫婦にも
いるにはいるアラフォ婚スタイル。

事の進み具合があまりにスムーズで
入籍はあくまで社会的なルールに則っただけのことで
まるで川の流れに順応しているかのよう。

ただ、結婚に伴う責任もそれなりに捉えていて
若気の至り、ともまた違う。

感情はたいして高ぶらず
動作は淡々と。

というのが分かりやすいたとえなのかもしれない。

主人との出逢いは、
共通の友人の紹介でした。

私と紹介者の間柄は、兄貴的な存在で13年の付き合い。

主人と紹介者の間柄は、紹介者が営む飲食店に
主人がお客として行ったのがきっかけから
友人関係に発展し5年の付き合い。

主人と出逢う2ヵ月前。

たまたま紹介者とのたわいもない会話から
男性の条件はないのか、と聞かれ
「20代でない健康な方ならどなたでも。」
と伝えた結果、主人が挙がった。

年収〇円以上とか、
仕事がどうとか、
立場がどうかとか、
大した条件は伝えなかった。

結果的に、主人は
会社を経営する社長だったのですが
(実は紹介者も知らなかった)
もし同世代の女性に
「年内には結婚したいけどどうしたら?」と相談されたら

「条件は一先ず置いておいて、人間性を重視したいと在り方を持てれば結婚は近いのでは。」って
今の私なら、迷いなくこう言うだろうな。

紹介の場合、
まず自分自身が
紹介者の第三者フィルターを通る。

つまり自分がどんなタイプの人間なのか
自分以上に客観的に見られているということ。

実年齢に合った聡明な女性でありたい
と心の底では務めているつもりでも
今日明日着飾ったからと言って
そんな敷居の高い自分を演じられるほど
器用にできるものでもないし。

まさに、紹介とは
信頼関係の末に繋がる縁、とも言えるし、
もっといえば、日頃自分がどんな人たちと交流しているか
自分の未来を色づけているといってもいいほど大事。

だからこそ、自分の居住まいは常に正し、
人付き合いも冷静にありたい。

主人を紹介した沖縄の知人男性が
「彼のような掘り出し者、よく見つけたねえ。」と
男視点からのコメントが
私には妙にくすぐったかった。

たぶん、普通に生活して
偶然主人と出逢っても
まず関係が深まる可能性は薄い。

そのくらい、お互いに
癖のあるタイプだと自覚を持っているから。

私は女なので
100%男心は分からない。

ただ、仮に自分が男で
それなりに社会経験を積んできて
それなりに日々の生活を営んでいる立場にいて
女性を選ぼうとしたら
どう考えても40超えた年増より
ぴちぴちの20代を迷わず選ぶだろう。

だって、これが生理的な男の本能だから。

男性が若い女性を目で追いかけてしまうのは
雄の本能からきているもので、
ある意味仕方ないというか
男として健康の証。

つまり、敢えて本能に逆らってもらい
感情ではなく理性を超えて頂けなければ
アラフォ女が選ばれるのは年齢だけ取っても
かなりのリスクを背負っている。

なので、自分に縁が巡ってきただけでも
御の字。

安くない化粧品にお金をつぎ込み、
プロの手を借りてメディカルやエステに通い
美の努力を影ながら積んできて、
「40には全然見えないよね。」と
周りに称賛されても
実年齢は年齢だという事実は
冷静に持っていたい。

私は自分がその歳になって
世間の目から見た自分という現実を
ひしひしと感じ、身の丈を知った。

そう考えると、
’結婚相手の条件’
なんて口に出す事が恐れ多くて
「紹介」という話題が自分の前をちらついただけでも
恵まれていると心底思った。

ようやく、目の前に表れた相手に対して
したたかな付加価値には目もくれず
ただただ人間性だけを実て
自分の心を真っ新にするように務めた。

これって私が特別でも何でもなく
これこそがアラフォ女性の賢い強みではないだろうか。

相手を知り、相手に寄り添う。
私はそこを自分なりに活かし
こうして1度目のデートは
ただシンプルに質だけを重視した。

条件って、
自分が一番良く分かっているもので
結局は、自己主軸なわがまま。

仮にお金が条件の一つなら
結婚してから、夫婦で築いていっても全然遅くはないし、
この条件だけは譲れないの!と走ると
実は、多くのチャンスが
自分の目の前から通り過ぎているのかもしれない。


後編:結婚生活

新しい出逢いが実を結び、
無事入籍したら、それからは結婚生活が始まります。

結婚は綺麗ごとでない毎日の生活で
結婚が人生のゴールインではなく、
まさに幕開け。

なので私は
恋愛と真逆な結婚が始まり、
避けられない責任が伴う、というブログを過去に更新しました。

私自身、この10か月間の結婚生活で
「すべて自分の行い次第。」
と心から納得するようになってから
ささやかな生活に
温っかい幸せをかみしめられるようになりました。

結婚っていいな、と。

なので
真の結婚は綺麗毎では語れないと
思っています。

さて、昨年5月ですが
私は那覇での花の一人暮らしを終え、
主人の実家へ引っ越してきました。

恋い焦がれ、燃え上がるような恋愛を
飛び越えてしまったような
新婚とは、かけ離れた現実への突入です。

今までまったく違う生活スタイルを送ってきた者同士が
一つ屋根の下で
ある日突然生活を共にするわけで
さらに私たち夫婦の場合、二世帯住宅でもなく
狭い一軒家に義親夫婦との4人の同居生活の突入。

(結婚生活は旦那の親との同居、というケースで
以下記事は進みます。)

洗剤好みや皿の収納の仕方ですら違う。

目玉焼きは、醤油派?ソース派?

小さいことだけど
たったこれだけでも
夫婦のすれ違いになる可能性を秘めているし
そこに義親が加わって、さらに複雑。

ここで、改めて気づいたことは
一人一人がそれぞれが自立しているからこそ
同じ屋根の下で穏やかに生活できる
大人としての思いやりであって、
生活をうまく成り立たせるために
個々の自立は外せない責任とも言える。

そもそもなぜ、配偶者と言うか。
一人でも、責任の意味をはき違えていたら、
周りに迷惑をかける。

私はまず目の前の主人を第一に考え、
だからと言って100%主人の好みに
合わせるほどの窮屈さも持たない。

基本的には主人の好みに寄り添おう
程度にとどめていて、
今のところ問題なく夫婦生活が送れているので
この在り方で間違っていないと
自分なりに感じています。

そして、綺麗ごとでは語れない
どの夫婦も向き合う金銭感覚。

お財布が夫婦一緒の家庭もあれば
まったく別々の家庭もあって
人の数だけ夫婦の在り方がある。

お財布が夫婦一緒だった場合、
独身時代に思う存分自分のためだけに使えていたお金も
結婚したらそうはいかず、
お互いにお金の使い方は
冷静にならざるを得ない。

必要か、不要か。

シンプルに取捨できるのが理想だろうけど
なかなかそうもいかないのが現実。

そうなると
「何のためにお金を使うか、何のためにお金を貯めるか。」
その軸を夫婦でいつも話し合い、
着地点を合わせることを私は大切にしている。

ここがずれてしまえば、小さなずれが、
やがて大きなひずみを生んでしまうから。

私なりに紆余曲折しながら
結婚とは?
夫婦とは?
と本気で向き合うようになってから
「親は親の人生、子は子の人生。」
シンプルにここが夫婦の守るべき優先だと
滾々と主人に伝え続け、
私が嫁いだ当初は義親との同居が前提にあっても、
結果的に、
私たち夫婦はその家を出るに至っている。

おそらく、二人が生きておられる間
家に戻ることはない。

感性豊かな方であれば
その理由を言わずして
なぜ家を出たのか理解されていることでしょう。

結局、家族であっても
甘え頼りきる在り方は責任転嫁な甘えであって、
まず周りに迷惑をかけてはいけない。

今の生活水準は
これまですべて選択してきた自分の責任であって
足りないからと誰かに頼るのではなく、
先を見据え行動しながら身の丈の中で生活する。

これが人の道というものだと
深く考えさせられた。

相手を責めても何も生まれないし
大切なことは、感情ではなく、理性でどう動くか
他の誰でもない
自分自身を試されているような
義親との同居は、私にとって結婚試用期間を
無事終えたような気分です。

結婚とは、まさに日々の生活の積み重ねで
現実は、ここにあって
出逢いから結婚生活のアラフォ同志の結婚、万歳!の極みとして
締めくくりたいと思います。

きっと主人以上に
私の中だけが持つ静かな区切りなのかもしれませんが
「春を迎えよう。」という
厳かな気持ちです。

ほんの一輪に過ぎないけれど
今回ばかりは
梅華の存在感が春を歓迎してくれているようで
私の思いは一塩です。

私に限っては
主人との恋愛話はネタが乏しいため語れませんが、
結婚の現実は語れます。はは。



補足:

先週、無事終えました。

これも、私の中の
春の歓迎の一面にもなっているわけですが
それにしても痛かった。汗。

臓器の内部を針でぐさっと刺されたような痛みが一瞬走り、
「先生、こんなに痛いもの?ちょっと止めてもらえますか?」
と言ってしまいましたもの。汗。

とにかく一瞬の激痛でしたが
有難いことに
仲良くしているお友達が
たまたま最近、同じ病院で検査を受けた実体験を聞いていたので
前回、検査を見送った時とはまったく違う
おおらかな気持ちでいられただけでも
私の緊張感は実は
さほど深刻ではありませんでした。

気持ちのもちよう、とはこのことですね。

私だけでなく、主人も懸念していた
妊娠しにくい体質かどうか。

今回の検査によって、
問題ありませんよ!と太鼓判を押され
安堵したわけですが
検査の後。

自分の下腹部に何か遺物が残り
歩行すると張るような違和感が身体に残っている状態だったので
仕事中の主人に「夕食の準備をせず身体を休めたい。」と
連絡を予め入れておきました。

しかし、違和感のような痛みは
時間が経つほどにゆるやかになり
「疲れて帰ってくるのだからせめて簡単なものを用意してあげよう。」と
ボタン1回押すだけで出来る
焼き魚を準備しました。

「焼き魚もいらない。とになく横になっていて身体を休めていて欲しい。」
と主人の優しさに触れた時はさすがに、
私の身体は、すでに私だけの身体ではなくて、
子作りって夫婦で向き合う大切な課題なんだなあと
温かい気持ちというか、
穏やかな気持ちが
自分の中に広がっています。

向かうべき道は将来であって、
捧げるべき労力や金銭も
他者ではなく、自分の将来であって
あくまで身の丈の中で貫くこと。

だからこそ地に足をつけた
生活を送れるわけであって
向かうべき道が他者に、
捧げるべき労力や金銭が他者に向かっていた場合、
たとえ身内でも身の丈を超え、
周りに迷惑をかける。

夫婦として生き抜くために
自分は何に目を向けるべきか
考え、行動し、発言し、
その本質を間違っていないか?

立ち止まり、考える、の日々繰り返しですが
もし、よい方向であるなら
川の流れのように
優しく自分の背中を押してくれるものかもしれないと
あれほど引っ越しを避けてきた主人が
今では穏やかな表情で引っ越しを受け入れている姿から
私のかすかな手ごたえになっています。

アラフォ同士の結婚、人それぞれかと思いますが、
私には合っているようです。






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posted by Michi at 09:33| アラフォー婚活
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