隠し味、少々。

2021年08月27日

歩き始めた母。

収穫.jpg

本題の前に・・・

家庭菜園ネタします。

画像は
収穫時期に入ったハト麦です。

お茶にしたり
剥けたら麦として食せたり
するイネ科です。



あとは
こちら。

収穫2.jpg

インゲン科のお豆。

こうして
本収穫に入る野菜たちも居れば
無残に散った野菜たちもおります。

ピーマン、唐辛子、
トウモロコシ、ゴーヤ、スイカたち。

葉野菜もたらーっ(汗)

失敗の大きな原因は
10日以上続いた雨と
あとはうちの土壌も問題か
もしくは種子の生命力かと
理解していますが。

いずれにしても
今年家庭菜園を始めて2回目の夏だというのに
この状態なので
家庭菜園に
むいていないんじゃないかと
落ち込んでいますもうやだ〜(悲しい顔)

がしかし
逆にお豆たちは
励ましている。はず。

連日雨だったというのに
へこたれず、むしろ元気。

おかげで
私の気持ちは
また上昇するのでしたグッド(上向き矢印)

お豆って
収穫して一粒を手に取ってみますと
本当に小さく、一粒一粒を
実らせる株は
粒からすると相当大きい。

地上に成るお豆と
地中に成るお豆。

お豆を一括りにしてみると
地中に成る落花生の広がりも
これまた凄い。

お豆たちのように
自分の人生も
マメで居られるのが理想ですわわーい(嬉しい顔)

さてと
本題です。

先ほどインターホンが鳴りました。

朝6時前。

普段、起きない時間なので
飛び起きましたよ。

液晶を眺めると
なんとそこには私の母exclamation×2exclamation×2exclamation×2

お母さん、どうしたの!

てな具合です。

そもそも母は
今年春まで
車運転者。

歩くなんてもっての外。

なぜ車生活をしていた母が
わざわざ歩いてきたか。

そのきっかけは
今年春に起こった母の骨折です。

自宅の納屋で
物につまずいて
そのはずみで身体を支えようとした
右の手首を骨折。

その当日
つまり怪我から6時間経っていないタイミングで
偶然に実家に立ち寄っていまして
弱弱しく「やっちゃった」と母。

か細い下腕から手先にかけて
3倍に膨れているんじゃないかというほどの状態。

大事扱いされる事を恐れ
「対して痛くない。だから大げさにしないで。」と
服で隠す有様。

腫れからして
複雑骨折だと理解し
週末になると帰郷する弟との外出を
とても楽しみにしている母に
「今回ばかりは絶対安静!外出はダメ!弟に迷惑かかるで!」と
口を酸っぱく伝えました。

大げさに扱おうとしている
私の表情を察知し
母は逃げていきました。

その2日後。

予感的中。

弟の買い物についていったようで
なんと、
左手に買い物袋をもって
エスカレーターに乗ったようで
動き出してから
身体がよろめいたのか買い物袋ともども転倒。

身体をかばう様に右手をつき
たぶん痛みで支えられず
右目眉横を投打。

で出血。

エスカレーターは動いたままなので
あたりは騒然としたようです。

別行動をしていた弟は
アナウンスで呼び出され・・・。

という様子は母の会話と症状から
察したのですが
これもたまたま騒動の翌日に実家に立ち寄った際
今度は泣きそうに
「ごめん、やっちゃった。」という母の表情から
今度こそただごとではないと判断。

それはもう目も当てられないほどの
酷い状態でした。

本来なら外科行き。
いや、救急車を呼んでも然るべき。

ですが
母は大の病院嫌いで
たぶん無理やり連れて行ったら
脳の血管を切ってしまうんではないかというほど発狂するだろうし。
※大発狂は過去にあり。

平静を保てなくなり、
想像するだけでも恐ろしい。

なので、自宅療養せざるを得ない。

骨折はこんな感じですが
それ以前に
母は小さな単独事故を含め
車の事故が
絶えませんでした。

半年たたない間に
第三者を巻き込む接触事故は2件。

さらに、ここ5年に遡ると
自家用車は2台廃車。

壁をこすってしまう、
駐車を失敗するなどの単独を含めたら
一体何度起こしただろう。

明らかに行動がおかしかった。

今思うと予兆とも思える
母の異変は
いろんな場面で起こっていたわけですが
詳細は
後日まとめたいと思います。

自分の母ながら
衰えと捉えるべきなのか
病と捉えるべきなのか
あまりに変わっていく様が
悲しすぎて
見ていられなかった。

見たくなかった。

会いたくなかった。

でも、ほおってはおけなかった。

自分なりに
母に似たような症状の方が
どんな生活を送っているのかや
回復に向けてしたことなど
ひっくり返すように調べまくりましたわ。

何が悪い原因として
考えうるのか。

そして、何が良いのか。

私はもう手探りで言動を変えるように心がけ
反面、母は
私から生活の自由を奪われたような気に陥り
いつも喧嘩、大喧嘩・・・。

会うのも嫌になってしまった。

でもほおっておけないの繰り返しを
自己療養と共に数か月送りましたら
母は少しづつ
本当に緩やかですが
変化の兆しを迎えます。

まずは、骨折の痛みは消えました。

気持ちも前向きになっている様子。

そして、あれだけ皮肉に満ちた喧嘩が
「車の運転はもう怖くてできない。」と
自らを受け入れ、
次への行動に活かせるようになったこと。

そして
「自分の足で歩いて自由にお買い物したい!」と芽生えた野心。

正直この母の変化は
私を喜ばせるための冗談だと
思えてならなかった。

しかし、母はこっそり
自宅周りの5分程度の歩行訓練から始めていて
徐々に距離を伸ばしていたのです。

で、母はずいぶん歩けるようになったらしく
ある日、うちのインターホンを鳴らしたのでした。

「あなたのことだから冗談だと受け取られそうで。本当に歩けるようになった証明をしたかったの。」

う〜〜〜もう嬉しくってもうやだ〜(悲しい顔)

こうした母の変化は
私には重い意味を持つのでした。

あれだけ雪崩落ちそうに
階段を降りていたのに。

あれだけ足をひきづって歩いていたのに。

あれだけ活舌が悪くて
うまく会話が成り立たなかったのに。

今は違う。

70歳超えた今まで
人生で一度もウォーキングなんて
したことなかった母なのに
徒歩30分かと思っていたら
なんと1時間も歩けるようになっている。

私は学びました。

失ったものは取り戻せません。

外科にかかっていないので
手首はひん曲ったままだし
右手の中指、薬指、小指は丸まってしまい
伸ばせないまま。

背中は曲がったままで
身長は10p以上は縮んでいます。

こうした骨格を元には戻せません。

人の気持ちや
生活習慣は
そうそう簡単には変わりません。

今でも奪い取るくらいしないと
バターギトギトの総菜パンや
アイスやチョコレートを
食べようとします。

好きなものは好きだから
仕方ない。

ただ、なぜそれらが良くないのか、
それらを食した場合
こんなことが言われているという症例を伝えるわけですが
自分は医師でも学者でもなくあくまで独学なので
説得力にいまいち掛ける。

でも、私も信じるしかないわけで
「私を信じ、お母さんついてきて。」と
言うしかない。

ところが
たとえ、良かれと思い変えた生活習慣でも
必ずしも
望む結果が訪れるとは限らないと肝に銘じつつ。

コツコツと
途方も暮れるようなコツコツでも
毎日の小さな積み重ねは
たとえ70歳超えても
たとえ骨と皮くらいに痩せてしまっても
その方法が体質に合っていたのなら
それなりの回復は訪れるんだと
直面し、学びました。

もちろん
まだまだやれるはずの知り得ていないことや
逆に良い信じている内容が実は不要、無駄なことなど
あるでしょうが
一先ず母の表情が明るく
動けるうちは
こんな感じの生活を貫けたら
何より健康であることを
母自身が一番に望んでいるのなら
それが母にとっての幸せなんだろうなと
受けとめています。

歩き始めた母に習い
私も
畑まで歩き始めようかなあ。



ぴかぴか(新しい)家庭菜園、手料理はInstagramからも配信中ぴかぴか(新しい) @michi.elegancestyle
次項有ビゼン公式HP次項有 bizenjapan.com コスメティック販売小売店
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