隠し味、少々。

ようこそ。 このブログは 受け継がれる野菜を昔からの育て方に習い、家庭菜園を始めた元エステティシャンブログです。畑の日常や、それらを材料にした家庭料理を公開しています。           bizen.jpg          ☆インスタグラム☆⇒⇒⇒@michi.elegancestyle ☆HP☆⇒⇒⇒bizenjapan.com[既存客様専用通販サイト]

2021年08月27日

歩き始めた母。

収穫.jpg

本題の前に・・・
少しづつ収穫時期に入った実たちです。

これはハト麦。



あとは
こちら。

収穫2.jpg

これはインゲン科のお豆。

少しづつ
収穫が本格的になる反面
無残に散った
ピーマン、唐辛子、
トウモロコシ、ゴーヤ、スイカたち。

葉野菜もね、チーンたらーっ(汗)

今年は家庭菜園を始めて
2回目の夏ですが
畑をやるセンスがないのかと
落ち込むもうやだ〜(悲しい顔)

そこへ
お豆たちは
連日の雨にもへこたれない。

むしろ
すくすく成長中で
私の気持ちはまた上昇するのでしたグッド(上向き矢印)

お豆って
収穫すると
一粒一粒が
本当に小さいのに
粒に対する株は
大きい。

落花生の広がりも
物凄い勢い。

お豆たちのように
自分の人生も
マメでいられたらいいなあわーい(嬉しい顔)

さてと
本題ですが
先ほどインターホンが鳴りました。

朝、6時前。

飛び起きて
液晶を眺めると
そこには私の母exclamation×2exclamation×2exclamation×2

そもそも母は
今年春まで
普通に車の運転をして
歩くなんて無縁の生活を送っていましたが
今は車の運転をしないので
歩いてきました。

なぜ車生活だった母が
わざわざ歩いてうちまで来て
インターホンを鳴らすことが出来たかというと
きっかけは今年春に起こした骨折でした。

自宅の納屋で
物につまずいて
右の手首を骨折しまして
重症。

1度転んで
その数日後に
また同じ手を2度。

もうね、それは酷い状態で
本来なら外科へ連れていくべきで
ただ
うちの母は大の病院嫌いで
たぶん連れて行ったら
脳の血管が切れてしまうくらい
平静を保てなくなる。

なので自宅療養です。

そのため
見るも無残な状態で
ハンドルすら
握れない。

本当にひどい状態でしたが
それ以前に
実は母は
小さな単独事故を
立て続いて
起こしていました。

半年たたない間に
駐車場での接触事故を2件。

いずれも相手方にも母にも怪我一つないのが
幸いだったのですが
壁をこすってしまう単独の接触を含めたら
一体何度起こしているだろう。

さらに、ここ5年に広げてみると
1台自家用車を
廃車にしました。

それはそれとしても
仮に、車があっても
たまには歩いて気分転換しようとか
健康な身体作りのために歩こうとか
その手はまったく無頓着な母。

こうした事故の連続と
骨折も無理やりひっぱって
省りみるきっかけに促していたのですが
なかなか、ね。

実はほかにも
まるで
事故の予兆とも取れる
言動の
違和感もありました。

活舌は悪くて
私はうまく聞き取れなかった。

また、会話していて
頷いているので
理解していると思ったら
何度も何度も
同じことを聞いてくる。

たとえば
掃除してきれいになった車内を眺めながら
「車買ったんだね。」なんて言ってみたり。

お休みが月曜と水曜と
伝えているのに
月曜に一緒に出掛けると
仕事休んだの?って聞いてくるし。

簡単な道すら
覚えられない。

身体的には
常に足腰が痛かったらしく
それをかばうように
いつも引きずるように歩いていたし
立ちっぱなしだと
ふらついてしまうので
必ず支えが必要になった。

あとは
お酒一升瓶を支えられず
落として割ってしまったり
小さめのスイカでも
落として割ってしまったり。

重いもの、
2キロ物すら
さげられなくなっていました。

そこへ、車の運転操作の誤り。

自分の母ながら
あまりの悪化というか
衰えというものかのか
変わっていく様は
悲しすぎて
見ていられなかった。

見たくなかった。
だから、会わないでいたかった。

でもそんな母を
ほおってはおけるはずはなく。

自分なりに
母の症状を調べ
母に似たような症状の方の
回復に向けてしたことなどを
調べました。

何が良くて
何が悪いのか。

なぜそれが悪いのか、などなど。

それら得た知識を
食習慣や生活の見直しへ試みますが
母にとっては
今までのように
行きたいところへ
行けないし
食べたいものも食べられず
自由を失ったようなもの。

ならば
退屈しのぎにと
買い物にたびたび連れ出すのですが
バターふんだんのパンや
ギトギトのお菓子を
籠に入れる。

「ごめんね。これ血が詰まりやすいらしいから却下。」

その手の物が
大好きなんですよね。

でも、いかんもんはいかん。

それいかん、これいかんと
わがままを
ぶった切っていきました。

代わりに
バターフリーのパンを勧めたり
母の好きそうな
お菓子や総菜を
手作りしまして
頻繁に渡すようにしました。

野草茶も
これ一日1本は飲んでと
お願いしたり。

加えて、先週から
それはとてもまずい漢方を勧めまして
いくら身体のためだとしても
好きなものを止められ
まずいものを食べさせられる
母の身になったら
そりゃあ怒れるよなあ。

一体何度喧嘩したことかしら。

さすがに喧嘩は
お互い
楽しいわけはなく。

そもそも私はどうしても
自分の物差しで考え
それを相手に押し付けてしまう言い方や
考え方をもってしまうので
意識して気をつけるようになったのも
この時期からかなあ。

時に母の心のシャッターが
閉まっていくような
音がして
これではいかんと
反省をしまして
そっぽむく母へ
最終的に
分かってもらえなかったら
仕方ないと諦める気持ちを
意識して持つようにしました。

なんというか
母を通して
自分と向き合うように。

こうして
数か月が経ちましたら
少しづつ母が
変化し始めてきました。

もちろん
こっそり好きなものを食べていると思うけれど
私のいうことを
受け入れてくれる姿勢が
現れてきました。

こうして
骨折の状態もよくなり始め
ようやく山場は越えれたかなあ
なんて思っていましたら
再び運転を再開したいという
母の意欲も蘇ってきました。

気持ちは分かる。
でも、運転は危険すぎる。

もし、以前の様がぶり返し
今度こそ
事故の相手が車でなく
人になってしまったら・・・。

もちろん母だけが
特別だと思っていません。

ハンドルを握れば
私だって同じ。

ただ、とっさの判断が鈍くなったり
危険をある程度
予測した行動ができなくなってしまった運転は
凶器でしかない。

なんて話を
何度も何度も
し続けたら

「歩いてお買い物に行きたい!」と
なりました。

信じられなかった。

母から
そんな一言が出るなんて
私を喜ばせるための
冗談だと思った。

でももし、本心であるなら
きっと続けられる。

なので
歩くときは必ず
かかとのある靴と杖ね。

そして
距離は無理せず
少しづつ距離を延ばそうね。

暑すぎる日や
雨の日、
また大雨の翌日は
控えようね。

歩くって常に転倒の危険と
隣り合わせだからそんな意識を
いつも持っていようね、とか。

するとまずは自宅周辺の散歩から
コツコツと始め
やがて距離を伸ばしはじめ
で、今朝となったわけです。

自ら考え
動くようになった。

これが私には
物凄い変化に思えました。

あれだけ雪崩落ちそうに
階段を降りていたのに。

あれほど足をひきづっていたのに。

活舌が悪く
うまく聞き取れなかったところもあったのに。

今朝の母は
サクサク降りているし
杖がいらないんじゃないかと思うほど
ぴんとした姿勢で
表情も明るい。

私の問いにはっきりと
受け答えし
会話が成り立っている。

う〜〜〜もう嬉しくってもうやだ〜(悲しい顔)

これが続くと
いいのになあ。

ちなみに母の足で
徒歩30分まで
歩けるようになりました。

70歳超えて
身長が10センチ以上縮んで
骨と皮くらいに痩せてしまっても
生活習慣を見直し
試みれば
たとえ独学でも
なりに回復する見込みって
あるのかもしれない、そう感じました。

もちろん、失ったものは取り戻せない。
過去には戻れない。

人の気持ちや
生活習慣は
そうそう簡単には
変わらない。

必ずしも
望む結果が訪れるとは
限らない。

でも、コツコツと
毎日の小さな積み重ねで
変わることもあるんだと
知りました。

きっとまだまだやれる新しいこと、
やり足りてない未知なこと、
逆にいいと思っていても
実は不要なこと。

いろいろあるとは思うけれど
一先ずは
母の表情が明るいうちは
こんな感じで
続けてられたら
いいのかなあと思っています。

私も
畑まで
歩き始めようかなあ。



ぴかぴか(新しい)家庭菜園、手料理はInstagramからも配信中ぴかぴか(新しい) @michi.elegancestyle
次項有ビゼン公式HP次項有 bizenjapan.com コスメティック販売小売店
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
Powered by さくらのブログ