2019年09月10日

自分の中の引き出しを増やしていきたい。

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今日日中の愛知県三河地方、最高気温37度だなんて9月とは思えない。

炎天下の中、今日も往復2時間のウォーキングを達成したけれどこの際、綺麗事は言ってられない。とにかく、くそ暑かった。

でも、この暑さ、もう長くないと思うと、来週にはこの暑さも和らぐようなので名残惜しい。

ウォーキングの醍醐味と言えば、何だろう。
減量、健康維持はもちろん景色を見たり、植物を楽しんだり、好みの異性とすれ違いを意識できたり。

景観を楽しもうとすると、車を運転していると難しい。

個人的にはウォーキングを始めたおかげで、岡崎市天下のカクキューさんが身近な存在になり、いつか、見学にいかないとね。

私は、マンションや一軒家を眺めながら、ここに住む人が日頃何を考え、どんな人生を送りながら暮らしているのか想像を巡らせるのが楽しい。

住居って、面白くパターン化できる。

ガーデニングを楽しんでいるような手入れの行き届いた家や
自営をかねているのか庭に無造作に資材置き場にされている家や
何枚も同じ政界のポスターを貼っている無機質な家や
ただ建っているだけの生活感を感じさせない家まで、実に様々。

一軒家に限らず、賃貸だろうとこの様は変わらない。

朝7時台に歩いていると、ついうっかり玄関先で住居者と出くわしてしまう事があるけれど、ここでも、私の中に、あるパターンができあがっている。

ガーデニングを楽しんでそうな住居者は、見ず知らずの私に挨拶を交わす。
そうでない家の住居者は、みな無反応。
すべてではないけれど、おおまかにこうだ。

この違い、興味深い。

偏見とか、先入観で分けていることではなくて、私はリュックしょって、サングラスして、首や顔にタオル巻いて、汗だくになって歩く単なる通行人にすぎず、その通行人の私にさりげなく挨拶を交わし、その方にどんなメリットがあるのだろう。

そうそう、一昨年、沖縄に移住している頃、よくすれ違うご婦人がいらした。
いっつも笑顔で、見ず知らずの私に挨拶をする。

単なる挨拶で始まったコミュニケーションがいつしか、世間話まで発展し、私が沖縄を発つ時には、お別れの琉球グッズプレゼントまで下さった。

そこも、手入れが行き届いたガーデニングを楽しんでいるような華やかな家だった。

人は、自分にとってメリットのある事だけに行動を起こすよう、皮肉にもそうプログラミングされていると言う。
もしこの仕組みが事実だとしたら、居住地の治安によって変動するだろうけれど、見ず知らずの人に挨拶をする人としない人がなぜ別れるのか、自分はどうするか、考えてしまう。

たががコミュニケーション、されどコミュニケーション。
何のメリットもないようなコミュニケーションの違いがそのまま家の扱い方にリンクしているような気がしてならず、くそ暑いウォーキングのはずなのに、私の経験則の引き出しがまた一つ、増えている。









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