2019年08月29日

カテゴリの新陳代謝。




エステティシャンを続けて15年以上が経ち、職場の変化と共に自分の生活環境も大きく変化した。
環境の変化は、関わる人も変わる。

世間様だろうと、パートナーだろうと、人との関わり始めは何かと気苦労がつきもの。
自分の親兄弟ですら、ほんの些細な考えの違いで衝突するし。

ついでに、自分の頭では整理出来そうもないあれこれも度々訪れる。
それも、その時は辛くとも、一歩引いてみると、案外淡々と過ぎてくれることがある。

せっかくなら一歩引いた様を「私の考える美の在り方」としてカテゴリ設定し、ブログでまとめようと試みた。
月日は経ち、ようやく今になり、着地点のような分岐点に立ち、そろそろカテゴリの新陳代謝の時期だと思う。

美の在り方って何だろう。
具体的には何を指すのだろう。
指した先に何があるのだろう。
そもそも美を意識すること自体、邪道だったら?

意味のないような問いの答えを求め、きっと暮らしの中にヒントを潜めているはずだと照らし合わせてきた。

行き詰まりも行く先がなくなると、
すべてを投げ出し自虐に走るか、
すべてをなかったことだと忘れるよう務めるか、
人それぞれだろうけれど、私の場合、平凡でもいいから毎日を穏やかに暮したい、と本気で願った。

自分の気持ちが乱れさえしなければ、正直なんてことない。
極論、問題や悩みは自分が勝手に作りだしているもの。

だとしても、もし理不尽に迷惑をこうむることが続けば、悠長にはしていられない。
世間様ならこういったケース、どう対応しているのだろう。

黙ってみてみぬふり?
とりあえず、手を加えてみる?
真っ向から、ぶつかる?

一筋縄でいかない。だから簡単じゃない。
感情論だけは何があっても避けたい。となると、感情に蓋をする選択肢がまず考えられる。沈黙は金、の如くじっと我慢だ。

ところが、我慢は、自分の身体にとって悪いストレスとして働くことがあり、そうなると長い時間をかけ、自分を蝕んでいく。

であるならば、適度に蓋をしつつ、もっと賢くなるための方法って何があるのだろう。
どう自分の頭を切り替えれば、理性が感情を超えてくれるのだろう。
そして、どう受け止めれば、渋い経験を糧に出来るのだろう。

そんなことを美の在り方にあてはめ、考えていたら、ある理論に辿り着いた。

そもそも体の働きによって、人の感情や行動は決定付けられている。
残酷な言動を起こしてしまう元々の働きすらある。
そして注目すべき点は、人間には、理性を働かせる選択肢があるということだった。

なんとまあ!

ここを軸に、毎日の暮らしを当てはめて考えてきたら、私の中にあったたいていの疑問や矛盾が解けた。
たどり着いた美の在り方の着地点が、意外な別のところだったという、こんな事実を今まで知らずに来てしまったなんて・・・汗。

ということで「私の考える美の在り方」カテゴリは新陳代謝をしまして「私にとって居心地のよさ。」に。
そして、「ほのぼの暮らし」が一部ダブってしまったので「ほのぼの」へ今日中にリニューアルします。







mail to当ブログの感想やご意見はメッセージフォームをご利用下さいmail to
=======================
=======================
posted by 美知 at 08:21| Comment(0) | 告知
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。