ビゼン「新」ブログ

2019年06月21日

”怒り”とうまく付き合う在り方って?




主人の連休を利用して3日間遠出をしていまして、
一昨日無事に帰宅しました。

どこへ行っていたかと言いますと
四国一周の車の旅〜でございます。

私は今岡崎市在住ですから
ここから出発したとなると
実に約2000キロの旅!

もの凄く遠かった!

県外出張が入る主人の仕事上、
私も便乗をさせてもらえる出張時は
ついていくこともあるのですが
その中でも、四国へは中々縁がなかったと言いますか
なので、連休だから思い切って四国へ走らせてみよう〜
と本当に軽いノリで実現したわいいですが
とても遠かったので旅ごたえは大きかったなあ。

楽しかった旅模様は
後日、当ブログで公開したいと思っています。

さて、今日のブログは、
旅とはまったく違い
日々の暮らしに当たり前にある
”怒り”について美しい在り方の軸に考えた
ブログを更新したいと思います。

私のお友達の中に
怒り、という感情と
私が思うに
とても上手に付き合っている人がいるのですが
そのお友達と
いつの日か地元店トランへランチに行ってきました。

いいお店だったので
ちょこっと紹介します。

1.jpg

このお店、
ホールを担当していたご主人は
パッと見、タイ人かと間違えてしまうほど
おっとり〜な雰囲気の日本人だったのですが
奥様がタイ人で調理担当。

お友達一押しタイ料理店だけあって、
お店の雰囲気も居心地もよかったです。

日本人の口に合うように
調理してくれているのでしょうか。

お料理は1品1品丁寧に作られていて
どれもちょうどよい量。

2.jpg

大好きなので、タイ風焼きそばを選びましたが
ナンプラーとお酢の酸味がマッチしていて
とても美味しかったです。

最後に、手作りアイスまでついて
確か900円しなかった。

大満足で
リピート間違いなし。

お店の紹介は、ここまでにしまして
私は彼女がなぜ”怒り”と上手に付き合えているのか
彼女と話しをするたび
勉強させてもらっています。

そもそも、”怒り”は喜怒哀楽の一つ。

”怒り”もあるのが人というもので
感情が正常に機能している証。

日々生活していますと
理不尽な扱いをされた。
理由なく怒られた。
無理難題を虐げられた。
明らかに迷惑をこうむった。

このようなことって、
普通に感じませんでしょうか?

カチンときた、も
怒りに含めてね。

「それはおかしい。」
「それは違う。」
と思うのは
自分と考えが違うためなわけでして
こうして”怒り”になります。

よくよく掘り下げてみますと
自分は間違っていない、自分は正しい!
と自分主体ですから
これは自己肯定にあたります。

つまり、
自分は間違っていないの!
私の思った通りになって!
という我でして
自分の思いを押し通すあまり
声を張り上げ、身体でもって表現するため
”怒っている”となるわけです。

スーパーで見かけますね。

幼い子どもが、お腹を出して
「これ買って!!!」とママへ泣きじゃくる。

たとえ親は子が、
自分の思い通りにしようと
体当たりでぶつかってこようと
自分のわがままで思い通りにならないこともあることを
教育として示していく。

時に、怒りも必要とも言えます。

ところが、大人になっても
子どもとまったく同じ表現をする輩がいます。

大人だと手に負えず、怒りは肥大していき
大変な事態を招く可能があって
怒りのコントロールは
出来るに超したことはありません。

中には、怒りでもって
人をコントロールしようとする輩がおりますが
それも置いておいて
そもそも”怒れちゃう”は
相手の考えを改めさせようという
我欲であることをしっかり頭に叩き込みたい。

となると怒りの対象は、
ほぼほぼ”人”にあたりますでしょうか。

ペットに対して怒る人は居ますから
正確には命ある生き物が
対象になりますでしょうか。

つまり、怒りとは、
自分の傲慢さ、そのものです。

感情の理解やコントロールは
自分でしか出来ないからこそ
教育なのか、傲慢なのか、
冷静に判断できる自分でありたいものです。

では、怒らずすむ方法はないものか?

かといって、怒りの感情に蓋をすることは
これまた違いますが
あくまで感情的にならずに
自分と他者との考えを冷静に見据え、
淡々と思いを伝えることさえ出来れば
例え、理不尽に相手が怒っていたとしても
自分が取り乱すことがなければ
感情のコントロールの理想とも言えます。

明らかに
自分に非がないと思うような理不尽な事態や
迷惑をこうむることを
被害者のように捉えればそれはそれで楽なのでしょうが
それも発展は乏しい。

ともあれ、原因はさておき、
しっかり理解しておきたいのは
”怒り”は紛れもなく怒り、に違いありません。

こうして、怒りの仕組みを理性を働かせて
理解できたとしても
やっぱり人ですから
時に腹が立つことは立ってしまう。

そこで、機転をきかせまして

理不尽な扱いをされるきっかけが
自分にはなかったのか?

理由なく怒られたとしても、
相手の虫の居所が悪かっただけなのか?

無理難題を虐げるが、相手はその先
何を求めているのか?

自分がなぜ迷惑だと感じているのか?

そもそも相手は
怒りの感情のコントロールができない人なのか、
感情のはけ口にしているだけなのか?

と頭をひねって自分の頭で考えられるようになりますと
たとえ、怒り狂っている人を目の前にしても
たとえ、自分自身が怒れて仕方ない事態でも、
じゅわーっと心が静まっていくこともありますし
そもそも自分がぶれることはない。

たった自分の考え方(在り方)次第で
発想の転換ができ
新しい何かを学べるきっかけにもなり得る
と考えますと、転換って賢い生き方ですよね。

中には
人と自分は違って当然であり、
自分が間違っているかもしれないし、
すべて自分の思い通りになることはない、
という前提が元々自分の中に備わって在る方もおられます。

そういった方は
自分と他者との距離感が人として元々あるので
人付き合いがとてもお上手です。

一緒にランチしたお友達は
私から感じるに明らかに後者でして
こうして発想転換型の私との在り方の違いに
目を向けるきっかけになっています。

さらに彼女は、人を非難しているところを見たことがありません。

かと言って、すべて同情、同調することもなく、
自分の考えと相手の考えが違っていると感じた時には
穏やかに
「私は違うと思うな。」と
言葉で伝えますし、
自分が間違っていた、ということに気づいた時は
改めようと努力をします。

その表情には、話相手の考えを改めさせようという
押しが全く感じられないからこそ、
話していても威圧感や、窮屈感を抱かせませんし
なので、こちらが近況を話したとしても
へんに同情や感化せず冷静に聴いてくれるので
私の信頼できる中の一人です。

誰に対しても
対等にコミュニケーションができるって
美しい在り方を自分の中に持っている人だなあと
素敵だなあと素直に感じます。

お友達の場合、そんな彼女ですら
「も〜怒れちゃってさあ。」
と時々ぼそっとこぼしてくれるので
人らしさがまた魅力的。

”美しい在り方”の軸を持つ人と出逢えて
こうして友達付き合いができ、
私は恵まれているなあとつくづく。

後日、四国一周の旅、更新します。





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posted by Michi at 23:22| Comment(0) | 穴場なグルメ店
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