ビゼン「新」ブログ

2019年04月18日

縁の下の鍛え方。

冷える身体をほっこり温めてくれた暖房器具、
かたす時期ですね。

私は、寒さをしのぐには
エアコンの暖房より、断然灯油ストーブ派。

定期的に灯油を購入するのは手間で
小さい子どもが居たら管理はより大変になりますが
ストーブで燃焼される灯油の臭いは
火の温かさだけではない、
幼い頃に感じた家族団らんの温もりを
思い出させてくれます。

それだけでなく、
ストーブの上にやかんを乗せたり、
アルミホイルを巻いて焼き芋を作ったり、
煮込み料理のお鍋を乗せたり、何かと合理的。

そうそう、
私が育った三河地区の冬特有の郷土料理に
’モツ煮’があります。

赤味噌にたっぷりの砂糖と少々の酒で
下ごしらえをしたモツ、こんにゃく、大根、ゆで卵を入れて
くつくつ煮込むわけですが
何日も煮込むと、具材が黒いような真っ茶になり、
甘いお味噌の味と、モツの旨みが
いい塩梅になり、しっかりと染み込んで
お酒のつまみや、ご飯のおかずになります。

それをストーブの上に乗せれば、常時1品
維持できるわけですな。

母がしていた習慣を幼いながら記憶していて、
大人になった私が、
ストーブ活用法をちゃんと継承しています。笑。

この冬も大活躍だったストーブ内の燃料をすべて使って、
汚れをしっかり落とし、
電池を外し、包装まで、をしました。

あとは収納をして
次の冬の出番を待ちます。

7-2.jpg

季節ごとに当たり前にしていた親の習慣が
地味な生活の積み重ねが基盤で家庭は築かれていくんだなあ
と自分の事ながら実感していますが
そんな親はつい最近
一時ですが生活が荒れてしまいました。

私が沖縄へ引っ越した1年半後、
今から4年前の事。

母の体調が不良になり
元々痩せ形だった身体が
骨と皮ほどに痩せ細りました。

米一升すら持ち上げることが出来ず
家事の一切をしなくなりました。

一緒に住んでいる父が協力して
なんとか生活をしていましたが
父がもっとも嫌な掃除や片づけだけは
なぜかしませんでした。

当然の如く、父の食生活も一時乱れていて
家の中は荒れて
「あなたのせいで家が汚い。」と
父は母を責めてばかり。

その頃私は沖縄で独身生活を送っていたので
父は「実家に戻ってきてほしい。」と私に言いました。

「上手くいかないからって子を巻き込むのは間違い。
親は親の人生、子は子の人生だし、
自分が好きで夫婦になったんだから、
責めてばかりじゃなくて
嫌な事でも協力し合わないとダメだよ。」

と、父だけでなく、
横になっている母にも言い続け、
正直辛かったですが突っぱねました。

2年くらいかかりましたが
母の体調が良くなり、
家事も行い、今ではすっかり家庭らしく戻りました。

もし、あの時
親がしたくない事を私が変わりにやってしまったら・・・

泣いて、日に日に弱り、枯れ果てていく親を
可哀想だと同情し、
私が肩を持てば、私も、父も、母も、弟も
一時は穏やかになったのかもしれません。

もっともらしい正論ばかり並べる父を認めてしまったら
益々わがままになっていくだけですし、
何か問題が起こるたび、
子を頼りにし、それを繰り返す堂々巡り。

辛い気持ちから逃げまどい、
生活改善する努力を怠り、
夫婦で乗り越えるべきチャンスを
私が奪ってしまうことになっていたでしょう。

甘えを甘えである、と厳しく正し、姿勢を示せないようでは
加担している側も、甘えを認めた甘えの塊だと
子どもの頃、親が私に学ばせてくれた教えが
大人になった今、こうして私の中でしっかり活きています。

家庭の基盤を築く縁の下の力持ちは
家事を担当する人(母)だと
暖房機器の片づけをしながら
自分の事ながら思い出しました。

なんだかんだあっても
温かい家庭がいいな。






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posted by Michi at 09:39| 美容・旅/居心地いい暮らし
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