元エステティシャンが送るオーガニックよりなブログ

2019年01月31日

今、私ができる精一杯の事。

頂いた梅干しを
より食べやすいように
梅肉和えとして、ただいま調理中です。

私は、香りを嗅ぐだけで
唾が出てきそうな梅干しに
かつお節とお砂糖でさらに漬けて
甘くした調理した梅肉和えが好きです。

実はこの味で育ったところもありまして、
実母のレシピです。

大変ありがたいことなのですが
大量に漬けられた梅干したちの瓶詰を頂きますと
梅干し好きにはたまらないほど
そのものだけでも美味しく頂けるものかと思いますが
中には酸っぱさだけ際立ち、
私のように甘めの梅漬けが好きなタイプとしては
そのままだと中々手が伸びません。

そんな時。

タッパに小分けしまして
私は’てんさい糖’を使用しますが
その甘味料を結構量入れまして
ひたすら混ぜ混ぜします。

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こんなかんじのピュウレ状になったら
かつお節をさらに大量に入れまして。

37.jpg

ある程度、種から果肉が取れた頃、
網を使って、さらに、種にまだ残っている果肉をそぎ取るようにして
種だけを抜き、一定期間保管して、ようやく食卓に並べます。

いい箸休めになりますし、
お弁当、おにぎりだけでなく
生野菜の即席漬けの元として使えたり、
茹でた鶏肉の上に乗せれば、
いいおかずになります。

夏であれば、やっこもさいこうです。

今、主人の実家に一時的に住んでいますが
嫁いだばかりのとき、
この梅干し5Lくらいの瓶詰が4本ほど
まったく手が付けられない状態で放置されていました。

「酸っぱくて食べられないの。捨てようかと思っていて。」
という義母とは逆で
私には食材の宝庫に見えてしまい。笑。

今では、甘い梅肉和えに姿を変え、
私たち夫婦の大切な食のお共です。

目をギラギラして生きている方と過去、
’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’
という話題に、なぜか避けられず、
話合いの席に半強制的についてしまった事がありました。

そのときの話題の一例です。

「偉大なあの人が貢献に微力ながらも自分が支えになれたらと誇り高いことです。だから私はその人に尽くしています。」
と胸を張って言われるので、
「その偉大な人はあなたとはどういったご関係ですか?」
と返答しますと、失礼だと激怒されました。笑。

「偉大な人の貢献が冊子になっていて、これを買うことそのものが立派な社会貢献になるので、あなたにも買ってほしい。」
と言われるので、
「社会の貢献って、そもそも収入を得ていれば、必然的に住民税だって納めていますし、一歩外へ出てお買い物すれば、消費税を納めているわけだし、逃げたくても逃げられない税金ですから、敢えて動かなくとも、立派に社会の貢献を自然にしているものですよね?なぜさらに買うことが社会貢献なのでしょうか。」
と返答しますと、鼻で笑われました。

「この記事には素晴らしいことが書いてあるから、だから、自分で買って、読んで欲しい。」
と言われるので、
「今の時代、本屋へ行き、立ち読みできます。それは買う前に、ある程度中身を見てから、買うかどうか決めるために試し読みができるわけで、例え、本屋が扱っていなくても、インターネットで無料で見られるだろうし、わざわざ買わなくても目は通す方法ってありますよね?素晴らしいことだと言われますが、自分の心で感じ取るからこそ素晴らしいことであって、第三者が押し付けることってずれていませんか?」
と返答をしますと、にんわり笑って、何も返答してこなかったり。笑。


’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’

その方は自分なりに考え、
尽くせることとして一貫しているようでしたが
明らかに私の返答に対して、
穏やかな表情ではなく、
ひきつり、
さいごは怒りの表情でした。

通常、人との会話は、
自分の考えと違うと相手が言われても、
「そういった考えもあるのね。私は自分で経験してきたからこそ、こう感じ、こう思うわ。」
という、あくまで自分の人生経験が自分の考えの軸となり、
その上で新たな考えの理解を広げるような
穏やかな会話へと発展していくものかと思っていますが
目をギラギラさせる方と
同じようなシーンになりますと
自分の人生経験の自分の考えの軸が
偉大な人に置き換えられていて
ちょっとずれていませんでしょうか、と
そこをじんわりつつきながら
私は私なりに冷静に穏やかな表情で伝えたつもりなのですが
相手は明らかに冷静さを失っておられました。

その姿からは、
悲しいかな悲壮感しか漂わず、
何を言っても駄目かもしれない、と
私は口にチャックをしました。

前述した梅肉和えは
そもそも、
私が目の前のすべき優先順位を家事にしようと自分で決めているので
「さあ、作ろう」となっています。

それは、主人のためであり、
結局は自分の生活のためです。

仮に私が生活を第一に考えず、
つまり、自分の生活以前に
第三者を支えることに主軸を置いたら?

きっと、
家を掃除したり、
家族の為に食事したり、
住まわせてもらっている地域の活動など
自分の生活にほとんど手をつけず、
第三者のためにお金も生活も
すべて何もかもを投げ出して優先していくでしょうし、
私のような相手の気持ちを逆なでるような人とはぜったいに関わらず、
同じ考えの人とだけと交流し、生きていくと思います。

だって、それが
’人のために尽くせること。社会のために尽くせること。’
自分の考える尊いことだから。

ギラギラした目の方と
過去の自分の在り方をリンクさせながら
冷静に振り返ることがきっかけになり
ようやく今になり、
その心の仕組みを自分なりに理解しつつあります。

今、自分ができる精一杯の事。

あくまで人生の主軸は自分であり、
そこさえずれず、その1つの道をひたすら貫いていけば
自ずと自分で答えが導きだせるのでは
ないでしょうか。

自分の人生の責任は、自分ですから。

それを第三者にしてしまうことで、
自分で自分の人生を歩んでいると勘違いしたまま
右にも左にも分かれてしまい、
どこかのタイミングで
それに自分が気づければ起動修正はできるもので
そこすら目を向けられず、気づけず、そのまま年を重ねてしまったら?

やはり、私は
たとえ酸っぱい梅干しでも
網を使って丁寧に自分の手でこしながら
美味しく食べられる方法を見つけ、手間をかけ、
ささやかながらも幸せや豊かさを味わえる
人生に活かしたい、と改めて心から強く感じました。

さあ、梅肉和え、沢山できたので
周りの大切な方におすそ分けしよっと。








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posted by Michi at 10:15| 主婦の無添加家庭料理
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