隠し味、少々。

ようこそ。 このブログは 自然栽培での家庭菜園で育てた野菜で作る家庭料理や、暮らしの中にひっそり佇む美に触れたあれこれを元エステティシャンが綴っているブログです。           bizen.jpg          ☆インスタグラム☆⇒⇒⇒@michi.elegancestyle ☆HP☆⇒⇒⇒bizenjapan.com[既存客様専用通販サイト]

2019年01月26日

プロフィール1

※2020年1月26日加筆。

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初めまして、の皆様へ
ようこそ私のブログへ
辿り着いて下さいました。

そして、いつもブログをご覧下さっている皆様へ
御覧下さりとても嬉しく励みになっています。

どなた様も
ありがとうございます。

さて、私の自己紹介をします。

私は、1970年代生まれです。

桜が美しく咲き誇る春
生まれも育ちも地元で
のびのび育った両親の元で
生まれました。

4つ上の姉、8つ下の弟がいる二女です。

三河湾内に面した
大きくもなく
小さくもないそれは美しい
海と山に囲まれた穏やかな田舎地方です。

大した夢も抱かず私は
公立高校家政科に入学し卒業。

在学中に
管理栄養士を目指しはじめ
4大と併設している専門学校の試験を受験し
内定を無事頂きました。

その通りのレールを走れたのなら
今頃は管理栄養士になっていると思います。

あとは入学式を待つだけだわ。

なんて舞い上がっていましたら
なんと直前で父の強い希望で
自営に入らざる得ない状況が訪れました。

一企業、一団体に1人程度しか就職できない
狭き職種は
たとえ資格を取得しても
就職できる保証が低いから。

もっともな理由なので
反論の余地はなかったわけですが
であるなら、受験する前になぜ止めてくれなかったのか。

というより
それで入学を断念したので
私の熱意はその程度、ともいえるのでしょうね。

にしてもショックだった。

こうして2年間、父の会社を
正社員として入社しましたが
父は脱サラして起業したばかりで
幸いなことに
朝は早くから
夜は遅くまで多忙を極めました。

その時期に手伝えたのは
いやいやではありましたけれど
親孝行できたかなあと
今では振り返っています。

その後、少しあこがれていたOLになったり
職を転々とした後
24歳でエステティシャンの扉を開きました。

4年間
現場での実務経験を積んでから
20代後半にその職種で独立をしました。

独立したばかりの頃は、
友人や親族など狭い範囲で営業をしていましたが
半年して東京都内へ拠点を移し
新天地での営業を始めました。

はじめは、究極のリラクゼーションに
メニューを定め
世田谷区尾山台に居住地を移し
田園調布を中心に営業を試みました。

生活できるほど収入を得られるような
甘い世界ではなく
紆余曲折しながらなんとか細々営業を続けながら
’ぷる肌小顔’から’リフトアップ小顔’、
そしてブライダルエステに
メニューのリニューアルをして
ターゲット地を表参道に定めました。

居住地を渋谷区へ移し
こうして、表参道青山で
私にとって人生初の実店舗を賃貸し
独立の波に乗りました。

なんて聞こえはいいかもしれませんが
私は人生で一番、自分にとって大きな
大きな借金を抱えたのでした。

充実した毎日を送りつつ、
4年後に都内の営業を終了し、沖縄那覇市へ移住しました。

美しい海と鮮やかな花々に囲まれた温暖なリゾート地は
私には異国の地でしたが
那覇市金城のデザイナーズアパートを賃貸し、
そこでプライベートサロンを再開しました。

スタッフを雇用しなければこなせないくらいお店が忙しい時期もあり
逆に生活もままならない時期もあり
私の商売の波は激しかった。

けれど、そのたびに
別収入を得ながら大まかな借金も返済し、
生活を立て直しつつある頃に
ある男性と出会いました。

ここまでが、起業時代の私のストーリーです。

その男性とはお互いアラフォーのいい大人同士で
自営業者ということもあり
遠距離恋愛でしたが短い期間でとんとん拍子に事が進み
出逢って半年した41歳の春、入籍しました。

その過程をかなりかなり、長文更新しておりまして
読み終えるのに疲れさせてしまいますが><
お時間あればご一読に挑戦して下さいませ。

独立してから29歳で故郷を飛び出してから
14年ぶりに故郷に出戻ってきて
改めて地元三河に縁があるんだなあと
振り返る今日この頃です。

今は愛知県岡崎市民となり
地元でエステティシャンを再開しています。





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posted by Michi at 08:00| 告知・自己紹介
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